29日 29歳。
夫は休みを合わせてくれ、一日をどう過ごすか考えた。普段行きたいと思いながら、微妙に距離があって行けないところへ行こうと思った。
宇治の黄檗という超ローカルなところに、なぜと思うくらい有名なたま木亭というパン屋がある。
母たちの住む木幡からは近いので、何度か買ってきてもらって食べたことはあった。そのときに食べた博多という明太フランスが、今まで明太フランスというものにほぼ無関心だったことを後悔するくらいおいしかった。
それ以来近所のパン屋で明太ナントカを見かけると買ってみるようになったが、明太ならなんでもおいしいという訳ではなく、あれが特別だった、ということが徐々に明らかになった。だったら他のものもそうなのだろうかと、バイクで黄檗まで行ってみることにした。
どうせ宇治まで行くなら平等院まで足をのばし鳳凰堂を見る、という予定も入れる。
この日は梅雨にも関わらず見事な快晴。気温は30度近くまで上がり、肌の露出部がじりじりする陽気だった。
北白川から蹴上、山科、外環状線を走って宇治方面へ。
黄檗の駅から少し離れたところ、住宅街の並びにまた木亭はある。噂どおりの狭い店内に昼時なのもあって人がひしめいている。そこへどんどん焼きたてのパンが運ばれてきてその度に、クリームパン焼きあがりました~とか言われる。どれもおいしそうに見えるので右往左往してついついトレイに乗せてしまう。滅多に来ないし誕生日だし、と気になるパンを網羅してレジに行ったら1700円分買い込んでいた。
どこか公園ないかなとしばらく走り回ったが、日陰のないカンカン照りの小さな公園しかなかった。夫が地図で見つけた古墳の公園に向かった。
古墳のまわりのお堀には、抹茶緑の水が淀んでいて、よく見ると小魚がたくさんいる。亀も浮いている。
たま木亭のパンは惣菜パンの具が豪勢。明太フランスも福砂やの明太子をしっかり使っているし、ジャガイモとベーコンのパンは、ブロックベーコンの角切りがゴロゴロ入っている。ソーセージパンもソーセージ自体がうまい。もちろんそれぞれのパンに合わせたパン生地もおいしい。このパンならこれくらいやるべきだというところまでコンセプトがしっかり反映されていて、どれも際立っている。ただ、どこから漏れてくるのかという量の油分で紙袋がぺかぺかになり、手がべたべたするのだけがなんとかなればいいのにと思う。
それから平等院。
入り口から入場券売り場は近代美術館のような雰囲気になっていて、併設の博物館もモダンな建築。境内のあちこちに蓮の鉢があって近くで蓮の花を見られる。
実は平等院、初めて訪れた。鳳凰堂は想像していたより経年劣化している。建立当時はお堂の中も外も極彩色だったらしい。お堂の壁面に掛けてある、雲に乗って楽器を演奏したり踊ったりしている雲中供養菩薩たちがいい。阿弥陀如来の台座と天蓋は平成になってから改修されている。そのとき黒ずんでいた阿弥陀如来の顔も金ぴかになり過ぎないよう頬のあたりの金箔が張りなおされたそうだ。文化財の改修というのは、当時の姿を復元するのではないし、色が褪せたり剥落したりという現在形の様を維持、保存するということだと思うが、現状維持と言ったときの現状というものを基準にした劣化度合いを今後も引き継いでいくのなら、それもなんだか妙な感じがする。かといって建立当時の姿に着彩しようものなら、テーマパーク化してしまいそうだ。自然な姿とはどういう状態なのだろう。9月から2年間くらい鳳凰堂の屋根の葺き替え工事がはじまるらしい。
順路を巡り外へ出て宇治に来たしと抹茶ソフトを食べて、わりと近くにあった天ケ瀬ダムにも行ってみる。
あまりダムを見たことがなかった気がする。そういう人間から見た天ケ瀬ダムはまさかと思う程の規模だった。くらくらする高さ。どうやってこんな巨大な壁こしらえたのか。
放水はしていなかった。職員の人に放水は定期的にするのですかと訪ねると、雨が降って琵琶湖の水位が上がったらします。ちょうど今は梅雨やからね、昨日まで放水してたんですが、一日遅かったですね。と言われほんとうに残念だと思った。
ダムいいね、日本でいちばん大きいのが見たい、黒部ダムかな、黒部ダムってどこにある? ナイアガラの滝も見たい、でも自然物と人工物の違いは…云々言いながらはしゃいでいた。
夜は家の近所のレストランを予約していたので左京区に戻る。バイクの後ろで必死で眠気と戦う。
一旦家に戻り、汗を掻いたので着替えて、ついでにアクセサリーもかえた。
ビストロパザパという最寄りのフレンチレストラン。
コースの料理前菜、スープ、メイン、選択肢が多いので悩んだ。全体的に凝りすぎない正統派フレンチ。いちばんおいしかったのは夫の頼んだオマール海老のビスク。
食事を終えてから、秋に結婚式を挙げる妹の招待状デザインを夫がすることになったので打ち合わせのため実家へ。妹の旦那がホールのチーズケーキを買って来てくれていた。そういえばずっとチーズケーキが食べたいとパパジョンンズの前を通る度に思っていた。それもあってかこのチーズケーキは今まで食べたなかでいちばんおいしいと感じた。
でもなによりサプライズだったのは父が1ヶ月前に煙草をやめていたことだった。もう一生やめられないだろうと思っていたのに、さては健康診断で何かあったかと聞くと、そうでもなくて、単に風邪をひいて煙草を吸うのが嫌になるくらい喉が痛くて吸わなかったらそのままやめられたそうだ。30年来の悪癖でもあっけなく縁を切れるものなんだと驚く。煙草代が浮いてよかったねと言いつつ、父のことだからそれもゴルフや服やパチンコに消えるのだろう。昔、向かいの煙草屋に、キャビンマイルドボックス一箱下さいて言ってきて、とおつかいに出されたことやニコレットが発売されてすぐ父の日か何かにあげてみて、一切開封しなかったことを思い出し、なんだかとんでもなく懐かしく思った。