駅に向かうのに自転車で坂を下っている途中道の真ん中に 跳ねられた猫だった 車はよけて走っていくが 轢かれそうなのでとりあえず移動しなければと自転車を止めて猫に近づく アメリカンショートヘアのような柄の黒とグレーの雄 口から少し血が出ている以外に体は傷ついてなく まだ毛並みにも生きているツヤがある
かばんに入っている大判の紙は次の公演のチラシだった それを猫の体の下に滑り込ませて 道の端まで引っ張って移動させた 紙越しに触れた猫の体はまだ温かかった 前に同じようなことがあったとき 市の連絡先をアドレスに入れておいたのですぐに掛けた 電話をかけると音声案内の声が この電話は30秒ごとに20円かかりますと余計なアナウンスをし それから人に繋がった 道で跳ねられた猫を見つけたのですがと告げると 住所を聞かれた うちから離れていないがここが何町か知らないと思っていたら 通りがかりのおばさんが泉殿町、泉殿町と教えてくれ 離宮道の坂の途中ですと言うと 公園は近いですかと聞かれ ちょうど向かいが公園だった
家に戻り段ボールとガムテープと紙と新聞とタオルを持って猫のところに戻る 猫の横で段ボールを組み立てていると バイクで下っていくさっきとは違うおばさんがバイクを停め降りてきた お宅の猫ですかと聞かれ 違います この辺の子だと思いますと答える おばさんは近づいて猫を見 ああ と痛い表情をした この子はよくそこの犬のごはんをもらいにきてた子やと言った 私もこの子にごはんあげてたんやと鞄からビニール袋に小分けにしたキャットフードを取り出した じゃあそれも一緒に入れてあげましょうとふたりで新聞紙を広げ おばさんは片手で猫の首を支え片手で後ろ足をうさぎ捕まえたみたいに持ち上げて新聞紙の上に乗せ 包むようにして段ボールに納めた 私が黄色い水玉のタオルを布団のように上からかけると おばさんはキャットフードを猫のそばに供えて もうお目々もとじ と少し開いていたまぶたを指で閉じてやった おばさんは猫の遺体に触るのに躊躇しなかった 私の躊躇は死んでいること自体への 血や体液への忌避だった 生き物の 死んでいることに 全然慣れていないなと こういうとき思う 遠ざけられているしそれに甘んじて遠ざけてもいることの後ろめたさ
あんたなんで轢かれてしもたんや これ今日も持ってたんやで あんたにあげよ思て 向こうでいっぱい食べや もうおなか空かへんからな もう痛いこともあらへんし 安心してお母さんお父さんのとこ行き あんた兄弟もいたんやろ 最後あんじょうしてもらえてよかったなぁ
おばさんは猫と私にそう唱えた ふたりで手を合わせてから段ボールを閉じ 美化センター連絡済 猫遺体 と書いた紙を貼り お互いにお礼を言って別れた 段ボールの向こうの稲刈りの済んだ田んぼにはスズメの群れが降りてきて もみ殻の上で弾んでいた
かばんに入っている大判の紙は次の公演のチラシだった それを猫の体の下に滑り込ませて 道の端まで引っ張って移動させた 紙越しに触れた猫の体はまだ温かかった 前に同じようなことがあったとき 市の連絡先をアドレスに入れておいたのですぐに掛けた 電話をかけると音声案内の声が この電話は30秒ごとに20円かかりますと余計なアナウンスをし それから人に繋がった 道で跳ねられた猫を見つけたのですがと告げると 住所を聞かれた うちから離れていないがここが何町か知らないと思っていたら 通りがかりのおばさんが泉殿町、泉殿町と教えてくれ 離宮道の坂の途中ですと言うと 公園は近いですかと聞かれ ちょうど向かいが公園だった
家に戻り段ボールとガムテープと紙と新聞とタオルを持って猫のところに戻る 猫の横で段ボールを組み立てていると バイクで下っていくさっきとは違うおばさんがバイクを停め降りてきた お宅の猫ですかと聞かれ 違います この辺の子だと思いますと答える おばさんは近づいて猫を見 ああ と痛い表情をした この子はよくそこの犬のごはんをもらいにきてた子やと言った 私もこの子にごはんあげてたんやと鞄からビニール袋に小分けにしたキャットフードを取り出した じゃあそれも一緒に入れてあげましょうとふたりで新聞紙を広げ おばさんは片手で猫の首を支え片手で後ろ足をうさぎ捕まえたみたいに持ち上げて新聞紙の上に乗せ 包むようにして段ボールに納めた 私が黄色い水玉のタオルを布団のように上からかけると おばさんはキャットフードを猫のそばに供えて もうお目々もとじ と少し開いていたまぶたを指で閉じてやった おばさんは猫の遺体に触るのに躊躇しなかった 私の躊躇は死んでいること自体への 血や体液への忌避だった 生き物の 死んでいることに 全然慣れていないなと こういうとき思う 遠ざけられているしそれに甘んじて遠ざけてもいることの後ろめたさ
あんたなんで轢かれてしもたんや これ今日も持ってたんやで あんたにあげよ思て 向こうでいっぱい食べや もうおなか空かへんからな もう痛いこともあらへんし 安心してお母さんお父さんのとこ行き あんた兄弟もいたんやろ 最後あんじょうしてもらえてよかったなぁ
おばさんは猫と私にそう唱えた ふたりで手を合わせてから段ボールを閉じ 美化センター連絡済 猫遺体 と書いた紙を貼り お互いにお礼を言って別れた 段ボールの向こうの稲刈りの済んだ田んぼにはスズメの群れが降りてきて もみ殻の上で弾んでいた