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流出雑記 

2011/10/25

2011年10月24日 | Weblog
明日から東京。
明日の夜、高速バスで向かう。
今月の初め、会場下見で東京に行ったときは片道3000円くらいの、とにかく安いバスにして、やはり疲れた。
私などは小柄だからまだいいものの、男性にはやはり窮屈そうだ。そんなわけで今回は奮発して5500円の、足が伸ばせるタイプのバスを選んだ。飛行機のビジネスクラスと同じ座席、なんていうバスもあったがやはり値段が高かった。

今回滞在期間は5日程。その間の化粧水、クレンジングクリーム等のこまごましたものを小分け容器に移し、石鹸を必要な分切り取り、1回分の洗濯粉をジップロックに測って入れる。

夫は明日の昼にクロネコに持って行ってもらう機材類の荷造り。小梅が箱に入りたがる。

今日、京都での最後の稽古。
通しをとある演出家に見てもらった。悪くない反応だった。








2011/10/20

2011年10月20日 | Weblog
起床。晴天。夏用の敷物をしまう前に日にさらす。
仕事は2時過ぎからで、1時半に家をでればよく、余裕があったのでパンを焼く。
ヘーゼルナッツとドライフルーツと思ったがレーズンもクランベリーも切らしていたのでヘーゼルナッツをごろごろ入れた。
昨夜鍋で蒸してかぼちゃプリンを作ってみた。すが立つ程ではなかったが、火が強かったか、火を入れすぎたか、なんとなく固茹で卵を思わせる。理想はゆるく固まっている状態である。卵は火の入れ方でまったく味も食感も変幻自在だ。卵はすごい。

自転車で家を出る。
今日はストールはいらなかったかも知れない。暑いと感じるくらいだった。

母校の高校でのクロッキー。
初めて裸婦を描く1年生たちの授業。
そういうときには特に体の形を捉えやすいポーズにすることと、複雑すぎず、出来るだけ何かの動きの途中でふと止まったような自然な体でいることを心がけている。
初めて描いた裸婦というのは印象に残る。私も未だに覚えているが今思えば、あまりポーズが上手くなかった。不慣れなモデルさんだったのかも知れない。人の裸体を描くということの衝撃はあったが、ポーズ自体に魅力を感じることがなかったからだ。
高校生のあいだに裸婦を描ける機会は何度もないので、1回1回出来るだけ収穫がありかつ楽しい時間にしてほしい。という個人的思い入れをこめた仕事をする。

指導に入っていたよく知っている彫刻の先生が、2年前に作った私の首を展覧会に出したと、案内をいただいた。この先生は50代くらいだろうし見た目も年相応なのにいつも少年のように見える。

仕事を終えて帰る途中、出町柳、升形商店街のスーパーに寄ってみた。
心は決まっている。今日は鶏と里芋を煮たい。
里芋が安いような気がして行ってみたが、海老芋しかなくしかも高い。そのかわり鶏が2枚入りで安かったので鶏だけ買って里芋は別のスーパーで買う。

帰宅して下ごしらえ。
里芋の土を落として皮を剥いて水につけ、20センチほど残っていたゴボウも剥いて酢水につける。あと人参1本。鶏を切って強火で焼き色がついたら、切ったものを入れて酒、水、砂糖、沸騰してアクすくってみりんで醤油。
味を染み込ませるには煮上がったあと冷まさないといけないが、夕食までにそれほど時間がなかったので、今日は小さめのだけ鉢に盛り、頂き物の鯵南蛮漬けにメインなってもらった。
煮物はやはりまだ味が浅かったが、里芋のねっとりしたのが食べたかった、そうそうこれ、と思った。里芋の下ごしらえの手間を惜しまなくてよかった。隣にあった京芋に妥協しなくてよかった。

食後、覚えなければならないテキストを書き写す。
もともとひとつの文章だったが昨日の稽古で抜粋されて文と文とのつながりが変わった。自分で繋ぎ直さないと頭に入らない感じがしたので書いてみた。
ノートに縦で字を書くのは高校の国語、古典以来じゃなかろうか。それに何かを書き写すということが久しぶりだった。字を書くのが、ボールペンが紙の上をすべってゆく感じがたのしい。
写経とか結構たのしいんだろうなと思った。

2011/10/19

2011年10月19日 | Weblog
6時50分に起きなくてはならないので、昨夜は1時前に床についた。
おかげでちゃんと目が覚めた。
朝からの仕事はしばらくなかったので、こんな時間に起きることがなく、目が覚めるかどうか不安だったが、案外すっきり目覚めた。
太陽礼拝 のち かぼちゃプリン。

このかぼちゃプリンはうまく出来ていたが、オーブンで湯煎焼きにするより、蒸した方がなめらかに仕上がるかも知れない。

8時前に家を出る。晴れ。

登校中の小中学生。空色のランドセルを背負っている子をふたり見た。どちらも女の子だった。

地下鉄で竹田まで、そこから近鉄で高の原へ。
何度か来ている仕事場なのに駅からの道を真逆の方向に歩いていて、この辺だと思ったところには見知らぬ団地が建っている。慌てて逆方向に走り、5分前に会場に滑り込む。朝から何やってんだろうと思う。

年配の方数人の穏やかな絵画の会。5分くらい遅らせて始めてもええよと言ってくださる。

会場が少し寒かったが、空調の冷房と暖房の切り替えが公民館全体でされる仕組みらしく、まだ暖房が使えなかった。仕事を終えると手足が冷えて服を来ても寒い。外に出て日向に立つと蘇る心地だった。

今日は稽古がない。
この仕事のあとは何もないので、久々に煮込み料理でもしたい気分だった。牛肉の塊を赤ワインとトマトでほろほろになるまで煮たのを、焼きたてのパンと一緒に食べたい。でも筑前煮もいいな、と思いながら帰りの電車に揺られる。

輸入食品店でフランスパン用の小麦粉、トマト缶、オリーブオイル、赤ワインなど買う。
下鴨に塊の牛すね肉がいつも安いスーパーがある。
松ヶ崎まで帰って来てそこまで肉を求めて走る。

帰って、肉にワインをかけ、ハーブソルトを揉み込んでおく。
パンの材料を計って、捏ねと一次発酵までホームベーカリーに任せ、その隙に夏布団のシーツなどを洗って、干してあった洗濯物を入れ、たたみ、シーツを干し、肉に焦げ目を付け、玉ねぎを1個半薄切りにして炒め、圧力鍋にそれらと、大きめに切った人参2本、トマト缶、ワインを注いで、調味料を適当に入れ、ローリエを乗せて加圧30分。
その隙に、掃除機をかけ、居間の敷物をホットカーペットに変える。
パンの生地を取り出して丸め、ベンチタイム、楕円に形成、2次発酵。
ピンが下がった圧力鍋をあけて、コーンスターチで少しとろみをつけ、トマトの酸味が少し気になったので、牛乳を足す。
2倍に膨らんだパン生地をオーブン250度予熱。生地を入れたら220度に下げ25分焼く。その隙にブロッコリーを固茹で、湯を切って熱いうちに軽く塩とバターを少しまとわせる。8分の1玉残っていた白菜をそのままフライパンで焼く。ただ焼く。焼き白菜。全ての面に焼き色が付くまで。焼けたら塩をふる。完成。
牛肉は大きめに切ったのに、煮ているうちに少しソースに溶けてしまった。スプーンで切れるほど柔らかい。この煮込みは明日の方がさらに美味しくなっているだろうふふふ。

2011/10/16

2011年10月16日 | Weblog
よく眠って目覚める。
ここ数日よく降っている。昨夜も強い雨が降り続いていたが朝はからっと秋晴れ。
とりあえず濡れた靴を外に出しておく。
いつもなら何もお腹に入れないで、まず太陽礼拝を始めるが、今日はなんだかその力が沸かず、それよりまずなにか食べたかった。
冷蔵庫から生かぼちゃプリンを取り出す。「生」とついているのは要するに、中までちゃんと火が通っておらず、半生状態だからだ。焼いて冷蔵庫に入れ、冷えたところでさあ食べようとスプーンを入れたとき、ようやくそれに気がついた。ふちのあたりは固まっているが、真ん中から後半にかけて甘い冷製かぼちゃスープ状になっている。それでもおいしいのだが、あきらかにミスっているので、夫には出さなかった。

甘いものを口にすると元気がでた。
体をほぐして身支度。
先週末、夜行バスで東京に行って帰ってきたあと夫は風邪をひいてしまった。
リーディングの本番も近いし寝込む手前で食い止めねばならないし、うつされてもられない。
昨夜は生姜をたっぷり擦って入れただしに、ネギと豚肉、白菜、小松菜などの風邪に勝つ鍋にした。
そのだしが残っていたので、そこにうどんを入れてお昼に食べた。

午後から仕事。
うちから自転車で5分ほどで行ける集会所。最も近い仕事場でのクロッキー。
立ちポーズ固定。固定ポーズは久しぶりで、足がこんなに疲れるものだったかと思った。
最近一日の終わりに左膝の裏側に疲労痛が疲労痛が残っていることが多い。

仕事を終えてそのまま近所へ買い物。
空を見て、こういうのをいわし雲というのだったかなと思う。
たまごかけごはん専用ふりかけというのを見つけた。
パックンチョのパンプキン味をレジの横で見つけてしまい、仕方なくカゴに入れた。ハロウィンの近いこの時期、普段はお目にかからない「かぼちゃなんとか」が巷にあふれ、かぼちゃ好きを弄ぶ。パスコのサンドロールにもえびすかぼちゃというのが出ていた。
今夜は鶏だんご鍋にするので、鶏挽き肉、ごぼう、など買う。

帰り道。道路の工事が終わってすぐの、出来立てのアスファルトの油臭い上を通り、おでんの大根と練り物の煮える湯気をくぐり、黒猫に横切られ、帰宅。

夫の風邪は治りがけのようだった。鼻にきている。
だめ押しにと鶏だんごに生姜をたくさん入れてやり、鍋のだしは、かつおだしにウェイパーも少し、コチュジャンと白味噌、生姜とおろしにんにくも入れた。

食後はコーヒーにしようと用意していたら、チャイがいいとのリクエストがあった。最近チャイが多いので飽きたかなと思っていた。

かぼちゃプリンリベンジ。
カラメルを作っている最中に原因不明の腹痛に襲われる。

茹でたかぼちゃ120g、牛乳200cc、砂糖25g、卵2個。全部ミキサーに入れる。
うちでは蓋付きの湯のみがちょうどいい容器になる。4個分、液を分けて余熱無しオーブン150度湯煎35分。
今度はたぶんうまくいった。







強行夜行東京

2011年10月13日 | Weblog
夜行バスで新宿着。6時20分。

最寄りのマクドは同じくバスで方々からやってきたキャリーバッグを引く若者で溢れかえっていた。
あまりの混みようだったので、大学に入る前2年東京に住んだことのある夫のナビゲートで少し離れたマクドに移動する。
新発売のツナマフィンを食べた。夫はメープルシロップ風味の甘いパンにソーセージの挟まったマックグリドルというのが好きだが、私は甘いのと塩っぱいのは別々で食べた方がいいと思う。

今月29日にやるリーディング公演の会場下見に来ている。
屋外で、大体の上演時間に合わせて夕暮れ時に見せてもらう予定なので、それまでかなり時間があった。
写真美術館で畠山直哉の展覧会を見ることと、昼は恩師のカレー屋に行く予定は立てた。
カレー食べに行きますとメールを送ってみると、すぐさま電話があった。
今日ダンス公演の本番があり、聞けば出演ダンサーは恩師を含め興味深い方が多数。公演は2時から。昼食後の予定も決まる。

写真美術館の開館は10時。
8時を過ぎた頃、マクドに居るにも限界を感じ、早々に写真美術館のある恵比寿に移動。
当然早すぎてガーデンプレイスもまだ閉まっている。そのなかで開店していたスタバに入り、外に向かった硝子の前のソファに座って外を通り過ぎる人を眺めながらうとうとしたりしていると10時になった。

写真展。
鉱物の採掘場、バルビゾン派の風景画がよぎるようなフランスの風景、山の稜線、煙、写真家の故郷、被災後の陸前高田市。
採掘場でダイナマイトを仕掛けて爆破するところを連写して並べた写真。地面から立ちのぼる砂埃と飛び散る石の破片。岩肌に見える地層の、気の遠くなる歳月をかけて堆積した風景が一瞬にして砕け散るその一瞬。どこか冒涜という思いもありながらも、しかし緻密な絵のように写しとられた暴力的な瞬間に魅入ってしまう。
そして地面の振動によって波によって壊された陸前高田の街。
かつて街並をつくっていた家々を構成していた木や鉄、用途を失った家財道具たち。用途や機能を失って、もはやうまく名乗れないようなものの残骸が見たことの無い風景となって、それ以前は延々続くかに思われた日常の、文字通りひっくり返った姿としてあらわになっている。単にこれが被災地か、といって片付けられない、名前を失った風景のありさま。
それを美術館に陳列する写真で見ている私。
家族も友人も家も仕事も、私を囲うものを失わなかった私。
私が安心して私然としていられるのは、外側に塗りかためられたものによってそうなっていて、それも絶対ではなく、いつ崩れ落ちるとも知れないものではないか。崩れ落ちたときに残っている私はなんだろう、などと考えた。
生きているならば、体は残っている。残らざるをえないもの。
それだけは確かだと思った。

美術館を出て、ミュージアムショップでそれぞれ本を買い、ちょうどお昼時。
恩師のカレー屋は恵比寿から思ったより遠く、日暮里で2時から公演を見ることを考えると移動が難しかったので、それはまた次回ということにして、恵比寿でカレー屋を探した。検索して惹かれた店2件とも前まで行ったがふられて3件目、居酒屋だが本気のスープカレーやってます、という店のスープカレーを食べた。夫チキン私アサリ。どちらも具沢山で少ないように見えた米の量でもお腹いっぱいになった。

日暮里に移動してダンスを見る。
169分、大まかな構成はあるがダンスと音楽の即興公演。
寝不足だったがよくも悪くも起こっていることから目が離せなかった。見ながらひたすら考える、何をおもしろいと感じるか、うまくいっていないとはなぜそう思うのか、体の開いている、閉じているの差、自由って何か、寛容とは何か。 でも一点、間違いなく、即興は「定型のない形成への傾倒」でなければならないということはあらためて確信した。

リーディングの会場下見の時間が迫っていたため、最後の40分を残して席を立った。

池袋に移動。
地下で制作担当の方と待ち合わせ、会場となる百貨店の屋上に向かった。
16階でも電車や、地上でやっているお祭りの音は案外よく聞こえた。
実際の場の距離感、声がどれほど届くか、など検証。見る方は普段より防寒しないと冷えるだろうと思う。

2時間ほどして会場を後にし、今回のテキスト使用のことなどでお世話になっている方のご自宅に伺うことになった。
思ってもみないご馳走を用意していただいた。たくさんあるから遠慮せずと言われ、そのうえ何もかもおいしい。このところ魚中心の食生活をしていた夫の皿には骨付きラム肉の骨の山ができていた。料理をなさるイメージがあまりない方だったので、手料理のもてなしを受けた驚きと喜びもひとしおだった。

ワインで適度に酔い、帰りの夜行バスに乗った。
ぐっすりと思っていたのに、高速に乗ると私の横の窓枠ががたついて、ゴムパッキンが擦れ、鳥のさえずりのような耳に障る音がどうやっても止まず、気になって寝付けない。諦めるしかなかった。聴覚に諦めを浸透させつつ、気休めにティッシュを丸めて耳に詰めてどうにか少し眠ることができた。

夜行バスで行ってその日の内にまた夜行バスというのはやはり強行だった。

2011/10/7

2011年10月08日 | Weblog
小梅の首まわりにほわほわの冬毛が生えてきた。
居間の敷物はまだ夏用だが、夜になると冷えるのでデロンギのヒーターを出した。
台所で使うお湯の温度をあげたら、水仕事のあとは手に油気がなくなる。
季節が移り変わってゆく。
残っていた焼酎に残っていたショウガと残っていたレモングラス、ハイビスカスを入れてショウガ酒を仕込んでおいた。足元が冷えて眠れなくなる頃、これをお湯で割って飲む。

最近我が家は和食党。
先月公演で家をあけていることが多かったのだが、その間自炊していた夫は、だし巻きを焼くのが得意になっていた。今朝のネギ入りもジューシーに焼き上がっていた。
その他、魚を皮目がパリパリになるようにグリルで焼いたり、ピーマンや小松菜でおひたしを作ったり、厚揚げを香ばしく焼いてネギとショウガ醤油で食べるなど、主夫レベルを格段にアップさせていた。
スーパーで今日の青ものはどれにするか、生魚にするかそれとも干物かとふたりでうろうろしている。

寒くなってくるとおいしいコーヒーが飲みたくなる。
豆が切れていたので、うちからいちばん近いコーヒー豆を売っている店に初めて入ってみた。
その店では、豆を好みに合わせてその場で焙煎してくれる。豆の種類を選び、生の豆を機械に入れてポップコーンのマシーンのように豆を踊らせる。徐々に色づき香ばしいにおいがしてくる。3分ほどでコーヒー豆らしい色になった。そのあと風の出る冷却器で熱を飛ばして袋に詰めてくれる。
それを家で挽いてドリップする。その間に部屋を満たすにおいがコーヒー自体より好きかも知れない、と思うくらい魅力的だ。

明日は鞄を秋冬物に変えて、カーペットを敷こう。

『庭みたいなもの』 横浜跡

2011年10月02日 | Weblog
横浜公演無事楽日を迎え、京都に戻った。

ハイクオリティな楽屋弁当と中華街での中華な日々を経て、今は空前の玉子かけごはんブームが来ている。
玉子かけごはんの醤油が流行ったころなどは、炊きたてごはんに玉子かけるなぞもったいなくて出来ないと思っていた。ごはんに玉子かけてしまった後、他のおかずはどうする、と。
今はおかずを差し置いてでも玉子かけごはん。例の醤油を試したくてしょうない。

劇場は中華街のすぐそばだったので打ち上げも中華街。
エビチリのエビ1匹のサイズが普段見るエビチリのエビ2.5匹分くらいの大きさのエビのエビチリが出てくる店。
横浜滞在中も中華街のなかで比較的安い店を探し、無数にある中華屋のなか店2件ほど行ってみた。どちらも美味しかったが、この店はそれらとは一段次元が違っていた。
沢山は呑めないが紹興酒の魅力も知る。

閉店後は出演者たちと朝方まで関内の飲み屋にいて、かぼちゃのブリュレを食べた。始発で宿に帰り、水圧で痛いシャワーを浴び、3時間ばかり寝り、もったりもたれた胃と共に宿を出た。

昼迄に楽屋に干してある衣装を梱包して京都に送り返す最後の仕事が残っていた。
不慣れなセキュリティカードで出入するのもこれで終わり。
KAATはまだ新しい劇場で、赤と白にカラーリングされた楽屋はキューブリックの映画のセットのようだった。

小屋に入ってからは初演の劇場、アイホールとの反響の違いで、音と声が重なると言葉が聞き取れないなどの問題点が出て、その調整をしていた。
何をしていても常に音を聞き、隙間に差し込むように声や音を発する。

舞台と客席が遠くなったぶん体の意思伝達率を上げることが必要になる。それは単に声を張るとか動きを大袈裟にやればいいということではなかった。
むしろ自分の体に対する集中と、耳をすまして今どの言葉や音を観客席に届けるべきか、そのために自分はどのタイミングで声や音を出すべきかを厳選すること。
言葉の出どころは体であり、声や動作の動機は体の外にある。

今回は伊丹での初演時と比べると、出演者の持ち味、個性といったものより、個々の発するものは全体のバランスの中で配され、作品を支えるものである、という感覚が強くあった。そのなかで、伊丹で引っかかっていた、私が扱う「私」から少し距離をとることができると感じた。

約4ヶ月の熟成期間を経て、山口県 YCAMでの再演の機会が残されている。再現するとき、また新たに発見できるものがあるだろうと予感する。

そして次はF/Tでのリーディング。ひたすら読む稽古。

先月は公演が続き、アウトプットに徹していた体にあらたなテキストが染みいる。それをきちんと言葉として外に出せるように。言葉として。