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流出雑記 

今日で3月終わりか。早い。桜もいつの間にやら結構咲いてる。

2008年03月31日 | Weblog
春眠不覚暁に甘んじている訳ではないが、朝起きるのが異様に辛い。
今日も携帯の目覚ましを5回くらいセットしてなんとか目覚めた。

大阪の雑居ビルの中にある画塾で午後から仕事。
初めて行く仕事場だった。

人当たりがよく活気に溢れた女性の先生に迎えられ、午前は木炭デッサンをして、粉が舞っているのでエアコンが使えないからストーブ2台でやるけど寒くない?と聞かれる。
今日は少し冷えるがすきま風のない建物なら大丈夫。

床にはブルーシートが敷き詰められ、広くはない一室に15人ほどの高校生たちがお昼に各々カップラーメンやおにぎりを食べている。
ブルータスやトイレットペーパー、林檎、サランラップなどの3点モチーフのデッサン、着彩、色彩構成などの作品が壁に貼られ自分の高校、大学受験前を思い出す。
私が通った画塾ではモデルクロッキーなどなく、本当に受験対策の課題をこなすだけだったので羨ましい。

皆パステルを使って思い思いに描いている。
週に一度は着衣、月一でヌードクロッキーをやるそうで、回数を重ねている生徒さんはかなり上手だった。

最初のポーズの途中でやたらと餃子のにおいがして、お昼ご飯の残り香かと思っていたのだが、徐々に強くなり、しばらくするとトントンと包丁の音が聞こえてきたのでどうなってんだろうとポーズが終わって振り返ると片隅で女の子がひとりニラを刻んでいた。
聞けば今日はクロッキーのあとに謝恩会をするのでそこで焼くチヂミの下準備だそう。
石膏像や画材や裸婦の空間に鮮烈なニラのにおいが充満しているという状況はなかなか稀である。

描き手が若いとき、ポーズのバリエーションの中に、背中を抱いたり、俯き加減のアンニュイ~な感じのを入れたくなる。
それはどこか陰りのあるものに心が惹かれがちだった高校生の頃の自分が描きたかったような質感なのだと思う。
でも特に若い女の子がいる所ではそういうポーズを引き出されることが多い。
歳を重ねた女性にもそういうものを触発されることはある。

クロッキーの時に例えば今日なら20分から3分までいろんな長さで20ポーズくらいしたが、その場の雰囲気、モデル台と描き手の位置関係などによってポーズはその都度考える。
考えるというより反射的に決まってくる。
立・座・寝のバリエーションとバランス、顔の向き、角度、ニュアンス、左に体重かけすぎたから次は右にかけようとか体の使い方が偏らないようにも気をつける。
からだの癖はポーズの幅にも影響し、無自覚にやっていると変に凝ったり疲労が残るので良くない。

うずくまっている所から膝立ち、中腰と徐々に立ち上がる流れをポーズにすることもある。
工夫しすぎたポーズが多すぎるのも良くないし、定型ばかりもつまらないのでやはり一定の時間の中での緩急がリズムと場の空気を作る。そういうバランス感覚はこの仕事の職人技的な所で、面白みでもある。

ポーズ時間が長ければ安定感のあるもの、短ければ少々無理してもいけそうな、ひねったり反ったポーズを、そんな感じでやる。
固定ポーズの場合はできるだけ同じ型を再現しなければならないのでまた少し違うのだが、この仕事の即興的で、生身であることを常に体感できるところがやっぱり好きだなと思う。


それにしても若いっていいね 
年齢層の高い仕事場では私に向かってそういう言葉が投げかけられるが、今日は反転した状況であった。
それほど年齢差がある訳でもないようで、10と20 学生とそうでない を分かつものはハッキリある。

ハタチまでは化粧水はともかく乳液なんかの必要性も感じなかったのよ。
いつの頃からか食べ物の嗜好に体に良いという下敷きが挟まるようになりました。
あと、傷が治りにくくなったり。
ぶつぶつぶつぶつ…なるべくしてなってなったことだろうし別にいいのだが。

今年25歳になりますって文字にすると怖いっす。

小梅の春

2008年03月28日 | Weblog
私は猫のサカリがどんなものかよく知らなかったのだが、突然何かに憑かれたかのような豹変ぶりに驚いていた。
寝てる間以外はほとんど落ち着かず、いつもよりごろんごろん甘えてかわいいが、ダックスフンドみたいな姿勢で1日中唸っている。
植物が一気に新芽をふき、つぼみを膨らませるのと同じことが起こっていた。
小梅のからだに春が入って来たことがよくわかる。
春は力の強い、強引なまでの歓喜だと思った。

本やネットで調べると、交尾の相手がいない場合のサカリの期間というのは猫にとっては結構なストレスになるので、避妊手術をすることを勧めているのだが、そうは言っても気の進むことではないので踏み切れずにいた。

人間の都合で自然の摂理である生殖能力を奪う事などしていいはずがない という意見をもつ人もいるし、飼う ということ事態がそもそも不自然なのだから、その状況下で考えれば去勢・避妊はすべきだ という人もいる。


夜中になるとさらにエスカレートし人間の赤ちゃんの鳴き声で叫び、周辺に住む猫の声も聞こえてくる。
そしてついに明け方近くうちの玄関のすぐ前まで何処かの猫が来て、家から出た事の無い小梅とドア越しに呼び合っていた。
ドア越しの交信を目撃してしまい、せつなかった。
でも開けることはできない。
ごめん  

その日の内に動物病院に問い合わせ、すぐにできますということだったのでかかりつけの獣医さんにお願いした。
赤いキャリーバックに小梅を入れてダーリンと自転車で病院へ。
天気はよいがまだ肌寒い。

獣医さんは狸に似ている。
バックから出され、体重を量られ、鎮静剤を打たれてすぐに緊張した様子から弛緩し小梅はふにゃんとなった。
手足を紐で括られている。
後はしておきます  と言われ、退院は明日になるが、終わったら電話をくれるという事で おねがいしますといってふたりでそろそろと病院を出た。

帰り道、近所の神社のまだ咲かない桜並木を通りながら、これが正しい選択とも言えないし、しないままほうっておくことが正しかったとも思えない、と話しながら歩く。
ずっとひっかかり考え続けるしかない とふたりとも思った。
家に帰り着き、お昼を済ませて程なく手術が終わったと連絡が来た。おどろくほど早い。
血尿が出ていたそう。家ではなかったので恐らく環境が変わったり怖かったりのストレスだろうということだった。

翌日、私は朝から夕方まで滋賀県で仕事だったので病院へはダーリンが迎えに行く。
休憩の度にメールでどうやどうやと送って届いた写真を見て少し安心する。
でも元気が無いらしい。
昨日の今日だしなあ。

帰宅する。
小梅は二階のいつも寝てるベッドの場所にいた。
ピンクのおなかにばんそうこ貼られて。

しゅんとおとなしく、触ったらとても静かで 静まり返っていてまるで留守のようだった。
つい昨日までざわついて仕方のなかった充血が急になくなったのだから、この落差を埋めるのには少し時間がかかるだろう。
春がからだから居なくなった。
季節をひとつ落とした小梅のグレーの色合いがいつもにまして濃く見えた。

手術後3日ほど経つ。
食欲がないけど、少しずつ元気になり始めている。

寿司の翌日

2008年03月23日 | Weblog
午後から奈良で仕事。
朝から胃が重い。
昨晩、いつもより少し良い寿司を食べに行った。良いと言っても廻っているのだが。
ダーリンの仕事終わりに待ち合わせ、私が先に店に着き予想通り土曜なので少し込んでいる。名前を書いて待つ。
ほどなくやたらでかいビデオカメラと三脚を携え仕事用に髪をぴっちりセットしたダーリンがやってきた。

5分ほどして席に通される。
いろいろ食べてみたいので、一皿とってふたりで一カンずつ食べる。

最初にダーリンが甘海老を取った。

金色の皿に乗っている。
それが一番高い皿だった。
わぁ値段見てなかった!と初っぱなからの贅沢チョイスにドキドキしつつ、甘海老は甘かった。
いつも行く所は皿の値段が均一なのだ。
油断ならねえなと言いながら、鮪鰹鯵鮭焼き鯖鯛の皮などなど

寿司の合間にケーキやシュークリームも廻る。
小さい頃は寿司よりそっちを食べたかったが、家に甘いものはあるからダメと言われ続けて育った。

もはやいきなりケーキ取っても怒られない我々は大人になったのだねと言いながらしみじみと回転と共に回想し、ガリだけは遠慮なく食べた。

食べ過ぎることはなかったが、胃が重い。贅沢したからか。
回転寿司が贅沢の部類に入るのだから世の中に我々を喜ばせるものはまだまだある訳で、貧乏もなかなか幸せである。
回転寿司なんか寿司じゃねえと言える日がいつか来るだろうか。

重いままの胃と共に近鉄で京都から終点の天理まで揺られる。

何度か来ている所だが、駅に着いて目を引くのは往来する人々の中に、背中に大きく「天理教」と書いた法被を着ている女子高生が結構いて、普通にコンビニに入っていったりしている。
その姿はここでは特に珍しいものではないらしい。

小学校の頃、家が天理教の集会場だった女の子がいた。家の前に天理教ナントカ教会と書いた木の札が掛かっていた。
お母さんに天理教って何と尋ねた憶えがあるけれど、そういう宗教で怪しいものではない、ということくらいしか答えてもらえなかった。その時にうちは浄土真宗と教えてもらい、普通だ、思った。
とてもおとなしい子で、夏に一緒に公園で遊んでアクエリアスのレモン味を飲んだことだけよく覚えている。
4年生くらいの時に彼女は静岡に転校し、その後は何度か手紙のやりとりをした。
そんなことを思い出す。


去年の夏にしたポーズの完成した絵を見せてもらったが、私より他のモデルで描いた絵の方が素敵に思えた。

夕方仕事を終え、京都へ帰りつつまだなんとなく胃が重い。
今晩はあっさりしたものに。
ここ最近のベトナムブーム以降にやってきたのは、だし茶漬けブームだ。
お世話になった大学教授に連れて行ってもらった豆腐料理屋でしめに出てきた鶏飯(けいはん)という、ごはんの上に蒸し鶏と数種類の漬物や海苔を乗せて、熱いだしをかけるお茶漬けがおいしかったのでそれを家でも真似をしてやっている。
鶏を蒸して細かく裂いておき、ごま昆布、高菜などは買って後は残り野菜を適当に浅漬けにして冷蔵庫に常備してある。
味付けしていない蒸し鶏は梅ちゃんも食べられるのでかりかりのフードがささみ入りになってうれしそう。
そんな我が家のお嬢も生後9ヶ月を迎え、春の気配とともに何やら今までに無い衝動を感じるらしく夜な夜な人間の赤ちゃんのような声で叫ぶようになった。
相手がいるならいいが、小梅は家猫なので辛そうに聞こえる。
避妊手術をした方がストレスがなく猫にとっていいとは聞くが、悩む。


行方はすぐ

2008年03月20日 | Weblog
血がのろく流れる体温がどうにも居心地悪く、笑いにくく、それも、腹立たしく、心臓をもっと、充実、はやく、何、なにしてんねん、足りんどころか、何もなく、そのくせ重いこれだけ、輪をかけて更に愚鈍に、夜中、省みず、走る。

家いえイエ

2008年03月17日 | Weblog
夕方実家に帰る。
これといった用でもないのだが、母が祖母と親子で一泊出雲旅行だそうで、妹はその間ひとりになるのがさみしいのと起こしてくれる人がほしいらしいので召喚されたのだ。

前日に母からメールで留守をヨロシクと冷蔵庫にある食材リストが送られてきた。
ケーキ屋で働いている妹は、早朝出ると帰ってくるのは夜の9時、10時で料理などの家事をする余裕がない。
電車の中でリストを見ながら何を作ろうか考える。
いろんなものが残っているので買い足さず、何ができるか腕試し。

電車を降りて薄暗い畑と民間の隙間、地元道を通り咲き始めた沈丁花をしばらく嗅いだ。

実家を出てはじめてひとりで暮らしたところは木造築年数不明のいかにもナントカ荘という感じのアパートだった。
古くはあったが、奥まった玄関までの細長い通路にはずっと白の沈丁花が植わっており、春先には毎日その香りに送り出され迎えられ、なんて贅沢なことだろうと思っていた。
季節が終わるのが残念で、その前に花を摘んで酒に漬けてみたが、咲いているときの香りとは違うものになり、さらに私はアルコールが不得意であったから、重たさに負けて引っ越す際に捨ててしまった。
沈丁花の足元には、三つ葉なんかも生えていて、卵焼きなどに刻んで入れたりしていた。
その他にもビヨウヤナギ、ホトケノザ、ニワゼキショウ、ハナニラ、など花の名前を図鑑で調べるのがひそかな楽しみであった。

全部で6部屋あり、一階の角部屋だった。
隣人とは挨拶をする程度の付き合いだったが自然食品の店で働く若い女性。
豆乳のパックやかぼちゃの種が干してあったりしたので、ナチュラリストだろうなと思っていたらある日入ってみた店が勤め先だったのだ。
ナチュラルかつ大雑把な性格らしく、買ってきた観葉植物をよく枯らしていた。
バジルを玄関先で育てていたがあまりに放任主義なので、水やりは私がやっていた。
引っ越して間もない頃は外人の恋人がいたようでプライバシーを保護するには薄すぎる壁越しに聞こえてくる声にすっかり慣れてしまうほどしょっちゅう部屋に来ていたが、ある時期から彼はノックをしても彼女の名前を読んでも部屋に入れてもらえないようになった。

沈丁花の香りを嗅ぐとそんな頃のことを思い出す。

実家 といっても今日帰った家で私は暮らしたことがない。
父との別居を決めた母と妹が4年前から住んでいるマンションで、正月などはこっちに帰ってくる。
重いガラスのドアを開け、オートロックを解錠してエントランスに入るのが馴染みないせいか毎回たのしみだ。
303号室。白い壁、フローリング、畳の部屋もひとつ。

育ちの家と今住んでいる家とこのマンション。
3つ行き来できる家がある。

フローリングの床には雑巾掛けをしたくなる。
一通り拭き掃除をし、料理。
山芋とブロッコリーの明太子サラダ 胡瓜と大根のピリ辛黒酢漬け チンゲン菜と豚バラのトウチジャン炒め を作る。
あとは冷蔵庫にあった切り干し大根。

10時半に妹帰宅。
売れ残りの苺のシャンパンムースケーキを連れて。

店長になってしまい仕事が忙しすぎること、辞めるに辞められないこと、妹が行きたいアメリカのこと、私が行きたいベトナムのこと、最近面白かったこと、コイバナなど、風呂に入りながら話す。
明日5時半に起きねばならないのじゃなければよかったが、1時を過ぎたので妹は寝た。
ここは馴染みはないけれど安心感と清潔感のあるぬくぬくした所だ。この安らぎがどうも怖くなるのであまり長く居座ることはできない。

妹が寝静まった後なにをするでもなく起きていた。
このマンションの中には上下左右に同じような間取りの部屋が幾つも連なっていて、それぞれの家具や洋服や子供のオモチャや食器や明日の朝食べるパンなんかがあるのだろう。
そして、ベランダから間違いなく朝日は昇り、目覚ましが鳴り、お母さんは家族を起こし、コーヒーメーカートースター、お父さん方は仕事へ子供たちは幼稚園へ、月曜日が揺るぎなく始まる、そんな確証を感じる場所だと思った。

フェイクファーのリアリティ

2008年03月14日 | Weblog
「フェイクの持っているリアリティをつきつめないことには私達がやっている仕事の意味は無い」

湾岸戦争があった頃、環境保護団体の抗議などもあってファッションデザイナー達が毛皮を使う事を自粛した時期があるらしい。
その後フェイクファーが流行り、これはその中で山本耀司が言った言葉だそうだ。

この言葉を読んだ時、舞台でも同じ事が言えると思った。
フェイクファーは、演じる者、また上演そのものの時間、空間のことと置き換えられる。

フェイクの持っているリアリティとは何か。

如何に本物に近いものを作る事が出来るか、という事がある。
忠実に 再現された そっくりの にせもの
にせもの
似せたもの

いくら厳密にやったとしても似せたものであるということはひっくりかえらない。

ではそのどうしてもひっくりかえらないものを抱えたもののリアリティとは何か。

フェイクの持っているリアリティとはそれが「フェイクである」という事。

ただそれはどんつきの結果ではなく始まりであるように思う。

夢から覚めた 更地 

そこからはじまるフェイクは
そのフェイクは何かをひっくりかえしはしないだろうか。

例えば似せるという事でなく、それとは真逆の方向へ進んで行って同じ様相に遭遇してしまうような。
パワーズ・オブ・テン のように顕微鏡で覗き込んで行った細胞と望遠鏡で追って行った宇宙空間が気の遠くなる地点で同じもに見えるというような。
そういう果てでの関係を希望と呼びたくなる。

舞台に置けるフェイクとは既にあるものの型にはめ込んでつくるものではなく、フェイクである事をどう扱うかということに掛かっているように思う。 

  

感想の出入口

2008年03月10日 | Weblog
「恋する虜」というダンス公演をみた。
公演を見たのは昨日で、今日は出演ダンサーと関係者によるシンポジウムがあり聞きに行った。

まじめそうな顔をして座ってはみたが、シンポジウム等の催しはどちらかと言うと苦手である。
いつも聞きながら気付けば配布された資料にひたすら落書きをしている。
ただ聞きながらは座ってられないのだった。

それでも足を運んだのは、昨日から茫洋とした感想を携えているからだ。

このシーンのこの部分が好きだったという言いかたはできるのだが、核心的な所で言葉が浮上してこないというか、掴みきれなさを感じていた。

作品の印象は焼き付いたというような跡ではなく砂の上の足跡、肩に積った埃のように残っている。
触れられそうなこの身に近い所にありながら、揺さぶりをかけてくるものでなく、うっすらと残っている。
掻き立てられた訳ではない。  ただ積ったのだ。
しかしそれがなかなか払いきれず、むしろ埃は水分を含んで染入ってくるのではないかと思われる。

積極的な作品の観かたと解釈、饒舌なオーディエンスの感想を聞きながら、埃の脅威に包まれた私はその場にいながら参加できず石仏のような心持ちでいた。

終わって、家に帰り蓮根のサラダを作った。
明太子とマヨネーズとハーブビネガーで和えるのだがビネガーを入れすぎて酸っぱいのをなんとかしようと砂糖を足したりしたがどうしても効きすぎ。

 


 


第2土曜は鼻の日

2008年03月08日 | Weblog
今日は香水の学校の日。
月に一度の授業だが丸一日、朝から晩まで。
午前中はその月によって、ポプリ、アロマテラピー、ハーブなど香りに関するいろんなことを教わる。

今月は料理だった。
料理と言っても皆で作るのではなく、調香師の先生が作ったものをいただくというかたちで、教室の二階には広いキッチンがありレストランのようなテーブルに花がふんだんにあしらわれ、最高の素材と鼻によって創作された料理を味わう というお勉強。

和の創作家庭料理風全18品、20人分。
それも買い出しからすべての工程をひとりでされるというから信じがたいがそういうことをやってのける魔法使いのような先生なのだ。
前日1日がかりで仕込まれた料理の数々が少しずつ皿に盛られ、それをひとくちごとに味わいつつ分析する。

鼻が利くということは同時に味覚も鋭いということ。

何を食べてもすごくおいしい。
そのおいしいは、例えばおばあちゃんが作る煮物の田舎っぽくて味の濃いご飯が止まらないような「おいしい」とはまた別のものである。

バランス、味にブレがない。

切り干し大根の辛子味噌
鯖の高菜巻き
若ゴボウ煮
柚豆腐さきいか添え
タコと玉葱のサラダ
海老のゼリー寄せ
など
辛子味噌和えの絶妙な加減や何気ない小松菜の煮浸しがこんなに品のある味だったかと思わせられる、洗練されたという言葉が似合う料理。
味を付けるというより素材に味をまとわせるという感じでどの料理も調味料によるごまかしがない。
大葉、柚、三つ葉などの和のハーブと野菜をふんだんに使ったお惣菜の数々は胃にじっとりと居座ることなく食後速やかに消化されたくさん食べたのに体が軽やかである。

食事は人を良くする事と書く。 疎かにするなといつも言われる。

午後からはひとつの香水の成分をひとつひとつ嗅いで、どのような割合で調香するとバランスがとれるのかを学ぶ。
夜はそれぞれ作って来たものの発表と添削。
先日仕上げた水仙の香りを見てもらう。
自分の感覚ではバランスがとれているつもりだが、くせのある素材を多用したのでどう捉えられるかと嗅がれている間はいつもの事ながら緊張して待つ。

しかし思いのほか高評をいただく。
水仙を作るにあたりけっこう取っ組み合った甲斐あり。

ほめられて伸びる質なのん。

時には動きます

2008年03月08日 | Weblog
夕方、大阪の上本町で仕事。
地下街にはいかにも大阪らしい雰囲気の常連客が集まるような飲み屋がひしめきあっている。
なんか茹で蛸が食べたくなった。
地下鉄ホームは串揚げの油っぽいにおいがする。

会場は商店街の中にある古いビルの三階。
一階は典型的な町の昭和レトロな洋食屋。なのでこの建物も油っぽいにおいがする。

ここのクロッキー会にはもう何度も呼んでもらっている。
一番最後のポーズはムービングといって20分間モデルはゆっくり動き続けて描き手からストップがかかると体感60秒静止、また動きだすというのがある。

普段のポーズ時間ではできない無茶な姿勢、例えばものすごく反ったりいきなりはでてこないダンスの途中のようなフォルムだったりができるのでやってる方も発見がありおもしろくはあるのだが。

20分間伸び縮み体重を右から左、左から右へ移しながら流動的に動き続ける。
だいたい動きはじめて2~30秒程で声が懸かるが焦るのはなかなか止めてもらえないときだ。
そろそろマンネリ化してきたかしらと不安になり、まだ通ってない道筋や角度を探す。
とはいえ、あまり奇抜なのも違うだろうし、伸び縮みの中でバリエーションをこなす感じになる。

やり終えた後は一公演やったような妙な達成感。

さて打ち上げに一杯呑んでいくか!

とはならず、私はさっさと京都へ帰るのでありました。

3月6日のこと

2008年03月07日 | Weblog
なかなかうまく行かなかった水仙の香りが納得いくように作れた。
先月頭を打った日に淡路島からつれて帰って来た切り花の水仙はまだ元気にしている。

昨日からのコラージュ熱が冷めず素材集めに大学の図書館に行ってみたが休館だった。ガッカリ。

仕方なく古本屋を3件ほど巡る。
アラーキーと桐島かれんの「恋愛」という写真集がやたらある本屋があった。
「センチメンタルな旅」は見かけると必ず立ち読みしてしまう。いつか買おうと思う。

切り刻んでも惜しくない500円の色んな写真家の作品が載っている写真集買う。

このところ午前の仕事がないのですっかり夜行性動物に。
たまに早く起きないといけない日はちゃんと目覚めるか不安で仕方ない。
私の住んでいる辺りはゴミの回収が遅いのか、いつも11時頃に回収車が来る。
とてもありがたいことです。

今日もまた生春巻きを巻いた。
もう要領を得たのでかなりすばやくできます。
ピーナツバターをベースに作るたれがいちばん。
デザート、ゆでたかぼちゃにクリームチーズとシナモン、無花果のジャムのせたらおいしすぎた。
おいしいのは良い。

そういえば本屋にあったブリア・サラヴァンの「美味礼賛」という食に関する本の中で、新しいご馳走の発見は人類にとって新しい天体以上の発見である。
というようなことを書いていた。すごいことを言い残してしまったね。

今日もまたコラージュが5作ほどできた。
タイトルを考えながら夜が更けて行く。