英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

『八重の桜』 第29話 「鶴ヶ城開城」

2013-07-21 22:30:04 | ドラマ・映画
未来の光(会津の子どもたち) と 過去の魂(会津の誇り「会津は逆賊ではねえ!」)

 攻撃力(兵力・火薬)、守備力(城は壊滅状態)、そして兵糧も尽き、城内の者、場外で戦う者、すべてが敗戦を覚悟し、全滅か幸福かの収束を迎えるのを待つだけという思いが満ちていた。

 その中で、城内の象徴的な気持ちが現れる事象が起こる。
被弾した山川大蔵の妻・登勢が息を引き取り、悲しむ山川一家のもとへ弟・健次郎が駆け付けたが、大蔵は敗走してきた健次郎を責め、自決を迫る。自決しようとした健次郎を母・艶が止める。
「もうよい……………もう十分だ。これ以上死ぬことはねえ!」
 おそらく、会津のすべての者の気持ちを代弁する言葉だ。
 いや、食料を調達に行った八重の父・権八の死は、遅すぎる降伏を象徴する出来事であると言えよう。

 そして、自決を迫った大蔵も、死の美学を重んじる会津の魂を象徴する行為である。


 容保は、会津の臣下、民の惨劇を知り、ついに「代々築き上げてきた会津の誇りまでも汚した」という決断(降伏)を下す。
 照姫も「会津の子どもたちの凧が揚がるのを観たい」と子どもたちの未来を慮って、容保の決断を支持。


容保「責めは我が一身にある。このうえは、この一命を以って、会津を、皆の行く末を守る。
   何があっても生き延びよ。最後の君命だ。生けよ!」
 家臣の未来を想っての君命だったが、これを、八重は全否定!
八重「お殿様は間違っておいでです」(せっかく、容保が決めたのに)
八重「何があっても、お殿様には生きていただけねばなりませぬ。
 天子様のため、公方様のため尽くしてきた会津が、なじょして「逆賊」と言われねばならぬのか。
 死んだ皆様は、会津の誇りを守るために命を使ったのです。どうか、それを無駄にしないでください。
 会津は逆賊ではねえ!……だけんじょ、それを証明できんのは殿様しかいねえのです。

 だから、何があっても、生きて下さいまし」


 確かに、会津の誇り、皆の気持ち、会津戦争の根本なのだが、容保未来を想って決断したというのに、八重過去(命を落とした者、会津の誇り)に拘って、容保の想いを否定、家臣たちも同調。
 主人公(ヒロイン)の主役特権の活躍かもしれないが、容保の立場なし!


 どちらかというと,

「戦に負けても、誇りは失っちゃなんねえ。きれいに渡さねば、会津の女子の恥だ」
という二葉の言葉の方が光っていた。

 颯爽と城内に踏み入る板垣退助の≪ありゃ、汚しちまったぁ≫という表情が面白かった。


【その他の感想】
・権八は命を落としたが、食料調達に成功したのは奇跡だ。敵の中を往復、しかも、帰途は米俵を載せた大八車である。
 それに、よく食料を集められたものだ。農家は早く勝ち目のない戦をやめてほしいと思っているはず。戦を長引かすための食料を供給するとは思えないし、そもそも、よくあれだけの食料があったものだ。
・秋月に降伏の嘆願の命を出したが、それを果たすことができたのも、奇跡だ。
 無事に嘆願が成し遂げられる可能性は低い。政略的意義は大きいかもしれないが、もし、秋月が討たれていたらどういう終息になっていたのだろうか?単に、白旗(降伏)を挙げたのかと思っていた。
・そう言えば、斎藤一も会津に居たんだった。
・「降伏」の文字、初めから照姫が書けばいいのに
・官兵衛はしぶといなあ

【ストーリー】番組サイトより
 籠城からひと月近くが過ぎた9月15日。八重(綾瀬はるか)の心配を受けながら、権八(松重豊)は補給路を奪還するために出陣する。新政府軍は鶴ヶ城に一日に二千発を超える砲弾を撃ち込み、天守閣は無残な姿になりつつあった。
 それでも最後まで会津の意地を貫こうと戦う家臣たちの姿を見た容保(綾野剛)は、ついに降伏を決意。使者として秋月(北村有起哉)を向かわせるが、降伏の嘆願が板垣(加藤雅也)ら新政府軍に受け入れられる前に、権八が敵弾によって倒れてしまう。
コメント (2)
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