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英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

名人戦考察 ~こちらとの距離感を見切られていた(行方八段)~ 【その1】

2015-06-03 23:23:53 | 将棋
先日の記事「羽生名人、防衛(第73期将棋名人戦、通算9期)」で、Stanleyさんから、
「名人戦終局直後、「羽生名人と対戦して何を感じたか」と問われた行方は、しばしの沈黙の後に、「こちらとの距離感を見切られているなと感じた」と答えられたそうです。この「距離感を見切られた」、とは少し分かりにくい表現ですね。具体的にどういうことを言っているのか、英さんはお分かりになりますでしょうか?もし可能でしたら具体的な指し手など引用して、英さんの感想やコメントを再度わかりやすく書いていただければ有難いです。(最終局でいえば、▲2七銀、第3局の△5八馬などでしょうか?)」
というリクエストを頂きました。

 何となく行方八段の言わんとすることは判るのですが、「具体的な指し手など引用して、英さんの感想やコメントを再度わかりやすく」……ですか…難易度高すぎです。


 今回の七番勝負、短絡的に「距離感」「見切られた」という言葉に結びつけて表現すると、
 第3局は、相手の攻めをかわして切り込み追い詰め、致命傷を与えるべく狙いを定めた切っ先の▲2七香だったはず。しかし、羽生名人はふんわりと△5八馬。斬りつけられる前に斬りつけるのではなく、≪その切込みなら何とか踏みとどまれそう。持ちこたえたら、今度は行きますよ≫という手であった。
 第4局は、羽生名人の攻めを鋼鉄の縦で跳ね返し続けた。ようやく受け切ったかと思ったところで、堅固に思えた鋼鉄の縦に金属疲労が表れ崩れ落ちてしまった。
 第5局は、鎖鎌のような攻撃を浴びせ続けたが、△2七銀打で鎖鎌の扱い手である飛車が羽交い絞めに遭い頓挫。


 届きそうで届かない羽生名人の懐の深さ、そんな距離感を行方八段は感じ、「距離感を見切られた」……自分の攻撃の射程距離や盾の強度を見切られていたと感じたのではないだろうか。


 図は上述した第3局の▲2七香。馬取りと同時に、羽生名人の玉頭にも狙いを定めており、57分の長考で着手された。行方八段としても、勝利を確信する手ごたえがあったはずだ。

 馬取りなので、馬をかわすか、馬取りに匹敵する厳しい手が要求される。
 まず、目につくのは先手玉の懐に入り込む△6九馬(変化図1)。
 次に、△7六歩▲同銀を利かせての△5八馬が有力とされた(変化図2)。
 しかし、羽生名人の指し手は、そのどちらでもなく、△5八馬(第2図)であった。


 変化図1は馬が先手玉の守りの要の7八の金や8七の玉頭に狙いをつけている。また、変化図2は馬が7六の銀当たりになっている。両図とも第2図の△5八馬より先手玉に肉薄している。
 馬をかわせば、2七の香の利きが後手玉頭に直射してしまい、先手から▲4三歩△3二金▲4二金や、▲3一銀△同玉▲2三香成や、▲4三銀△同金▲4一角成など厳しい手段が見えているので、後手としてもより厳しい手で迫りたいはずだ。
 しかし、変化図1の△6九馬は▲6八金打と固められて後続手段に乏しい。以下△2九飛と攻めの継続を図っても▲4三歩△3二金に▲4一銀が効果的。後手の馬が質駒になっているのが大きいという。
 また、変化図2を目指す△7六歩もこの瞬間に▲2五香と馬を取られて、△7七歩成と銀を取っても▲7七同玉で先手良し。

 羽生名人も予定は△6九馬だったらしい。
(この周辺の変化は、『将棋世界』7月号大川慎太郎氏観戦記による)


 このぼんやりとした△5八馬、行方八段も意表を突かれたが、ありがたいと思ったはずだ。
 しかし、意外と難しい、はっきりとした寄せが見えない。行けそうだが、怖い変化もある(第2図周辺の変化はこちら「第73期名人戦第3局」)……61分の長考、選んだ指し手は▲6八金打。

 この手自体は悪い手ではなく、リードを維持する手であった。しかし、▲2七香での57分の考慮とは方向転換……振り上げた刀を降ろす守りの手であった。この方針変更における心の消耗と時間の消費(残り32分)が勝敗の大きな分岐点だったように思う。


 第3図では△4九馬と香取りに逃げる手も考えられたが(行方八段は△4九馬が読みの本戦)、羽生名人は△7六歩と攻め合い、以下▲5八金△7七歩成(第4図)と進む。

 この△7七歩成に行方八段は▲7七同玉。
「▲7七同玉がポカで、指した瞬間△6九飛(第5図)に気づいて呆れました」(局後のインタビュー・行方八段)

 この▲7七同玉の考慮時間は0分。ノータイムとは限らないが、フラフラと取ってしまったのではないだろうか。それ以前の変化で≪△6九飛は大丈夫≫という感触が残っていたということも微妙に影響していたらしい。

 ▲7七同玉では▲7七同金が正着だった(詳しくははこちら「第73期名人戦第3局」)が、ポカというほど致命傷ではなかったように思う。
 この点については、大川氏も行方八段に疑問をぶつけている。
「▲7七同金が最善なのは疑いはないが、▲7七同玉でも形勢を損ねたわけではない。実際は95手目の▲7六銀で苦しくなり、▲7一銀が致命傷になった」と。



 これに対し行方八段は
「▲7七同玉以降は勝ち目がない。第6図で▲3六銀は△1三桂でダメ。先手玉は△7六歩▲8八玉(▲同玉は△6五銀)に△9六歩で受けが難しい」

と答えている。
 しかし、継ぎ歩で後手玉を釣り上げた手順は、却って後手玉を安全にし歩を与えただけのように思える。
 第5図では、7六歩の筋もあり銀を渡すのは怖いが、▲3一銀△同玉▲2三香成と迫った方が良かったのではないだろうか。
 形勢の是非はよく分からないが、「▲7七同玉をポカ」「それ以降、勝ち目がない」と断じた精神状態が、真の敗因だったのではないだろうか。
 そして、行方八段をそこまで追い詰めたのが△5八馬だった。


「その2」へ続く。 
コメント
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