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今年もやってるやってる~

あの試合から30年(WBCフライ級:1994年8月1日)

2024年08月01日 05時41分00秒 | ボクシングネタ、その他雑談

今から30年前の明日となる1994年8月1日、有明アリーナで行われた試合結果です。
WBCフライ級戦:
王者勇利 アルバチャコフ(協栄/露)KO8回3分6秒 挑戦者ウーゴ ソト(亜)

*安定王者の道を順調に歩んでいた勇利。真夏の東京のリングに、指名挑戦者ソトを迎え5度目の防衛戦を行っています。南米の雄ソトは、38勝(25KO)1敗2引き分け2無効試合という、指名挑戦者に相当な好戦績の持ち主。しかしそれなりの実力はある選手ではあるのですが、「最強の刺客」というと疑問符が残るレベルの選手です。

(勇利に挑んだ南米の刺客ソト)/ Photo: BoxRec

序盤戦は王者が、その代名詞ともいえる的確な左ジャブとシャープな右ストレートでリードを保ちます。回を追うごとに調子を上げてきた指名挑戦者も黙っていません。外(ソト)という名前に反し、接近戦が得意のアルゼンチン人は、重いパンチで王者に対抗していきます。

普段より至近距離での打ち合いを好むかのように望んでいった勇利は、ソトの土俵である中(インサイド)での打ち合いでも負けていません。接近戦で激しいパンチの交換をする両雄。真夏の大東京で死闘が繰り広げられていきます。

そんな中、中間距離でも至近戦でもパンチの正確さで挑戦者を上回ったロシアン・スナイパー。最後は8回、左のボディー一発でソトにテンカウントを聞かせてしまいました。

それまでは左ジャブと右ストレートが主武器だった勇利。しかしこの試合から、左ボディーという新たな武器が加わることになりました。防衛記録を5に伸ばすと同時に、世界王者でありながらも進化し続ける勇利。また一歩、安定王者としてその名を知らしめることになりました。

指名挑戦者としては少々歯ごたえのなかったソト。この試合から4年後に、WBA王座を獲得し世間を驚かせています。その王座は、初防衛戦で日本でもお馴染みのレオ ガメス(ベネズエラ)に奪われています。しかしその後も戦い続けたソト。2004年1月に、ホルヘ リナレス(ベネズエラ/帝拳)のデビュー8戦目の相手を務め大差判定負け。リナレスに初のタイトル(WBAラテン・スーパーバンタム級王座)を献上すると同時に、リングを後にしています。

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