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DAISPO WORLD BOXING EXPRESS

今年もやってるやってる~

あの試合から30年(スーパーバンタム級:1995年8月26日・その2)

2025年08月27日 05時21分45秒 | ボクシングネタ、その他雑談

今から30年前の昨日となる1995年8月26日、米国ネバダ州で行われた試合結果です。
スーパーバンタム級戦(10回戦):
辰吉 丈一郎
(大阪帝拳)TKO9回2分59秒 ノエ サンティジャナ(メキシコ)

*前年(1994年)師走に、名古屋決戦で薬師寺 保栄(松田)に敗れWBCバンタム級王座統一成らなかった辰吉。当時の日本ボクシング界のルールでは、網膜剥離に罹った選手は即引退。しかしスーパースター辰吉と、大阪帝拳スタッフの努力により、薬師寺との一戦は「負ければ即引退」という条件付きで許可が下りました。

その特例処置の恩恵に報いる事が出来ず、日本のリングでの活動が出来なくなった辰吉。再起戦を網膜剥離を含め、様々な疾患の先進国である米国に移し行うことになりました。

本場ラスベガスのリングに初登場となった辰吉。コンディションは良さそうでしたが、「倒そう、倒そう」という気が先だった感があり、いつも通りというのでしょうか、対戦相手のパンチを不用意に貰う場面もしばしばありました。

約9ヶ月ぶりの実戦に臨んだ辰吉の相手を務めたのは、15勝12敗という散々な戦績の持ち主サンティジャナ。しかし層の厚いボクシング大国メキシコで揉まれてきた選手なだけに、戦績以上の中々の曲者でした。

4回になると左ジャブを丹念につき始め、リズムが出てきた辰吉。しかし打たれ方が悪すぎるため、試合の流れを完全に把握するまでには至りません。5回になるとガードを下げたり、挑発したりと余裕を見せてはいまたものの、ズルズルと回を重ねている印象は否めません。

(左ジャブを丁寧に突き、ペース把握を狙った辰吉)/ Photo: ニコニコ

対するサンティジャナは勝敗ではなく、あくまで「倒されまい」というボクシングを展開。しかし辰吉のパンチを吸収(威力を殺す)ディフェンス力は異様と言っていいほど老獪。パフォーマンスも決行なのですが、辰吉はその辺を見習うべきでしょう。

試合も終盤に差し掛かり、「このまま判定まで勝敗が持ち込まれるのでは?」と思われた8回、辰吉はくせ者から2度のダウンを奪うことに成功。続く9回、メキシカンは必死に抵抗を見せますが、最後の最後に辰吉に捕まりゲームセット。主審を務めたリチャード スチール氏が両者の間に入り試合を止めています。

(終盤8回にようやくダウンを奪った辰吉)/ Photo: ニコニコ

辰吉の良い面も悪い面も随所に出た一戦。再起戦としては合格ラインを越えましたが、同時に課題点が浮き彫りになった試合でもありました。天性の攻撃力(特にコンビネーション)を持った辰吉でしたが、ディフェンスの悪さもまた天性のモノ。まるで相手のパンチに吸い寄せられるが如く、被弾率の高い選手でした。

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あの試合から30年(WBCウェルター級:1995年8月26日・その1)

2025年08月26日 05時05分59秒 | ボクシングネタ、その他雑談

今から30年前の昨日となる1995年8月26日、米国ニュージャージー州で行われた試合結果です。
WBCウェルター
級戦:
王者パーネル ウィテカー
(米)判定3対0(118-108、118-109、117-109)ゲリー ジェイコブス(英)

*この年の3月に、一階級上のWBA王者フリオ セサール バスケス(亜)を下し4階級制覇を達成したウィテカー。1995年春の時点では、シュガー レイ レナード(米)、トーマス ハーンズ(米)、そしてロベルト デュラン(パナマ)に続く史上4人目の偉大なる記録となります。

偉業達成後、本来のウェルター級に戻ったウィテカー。ウェルター級復帰後の初戦に迎えたのは、長らく欧州トップ戦線に君臨している少々変則的なサウスポー(左構え)ジェイブス。挑戦者がヨーロッパを代表する実力者とはいえ、ボクシング史上最巧の選手であるウィテカーにとり、少々(かなり?)物足りない対戦相手と言う印象は免れません。

(サウスポー対決となったこの一戦)/ Photo: Media Storehouse

そんなジェイコブスを相手にモチベーションが低かったのでしょうか、ウィテカーは消化不良気味の試合を演じてしまいました。シャープなボクシングを展開するウィテカーですが、この日の動きは全体的に重く、特に前半戦はパンチの的中率も異常に低い状態が続いてしまいました。

流石にそのままズルズルというウィテカーではありませんでしたが、この試合に関しては明らかに格下に付き合ってしまった感が否めません。試合終了間際、2度のダウンを奪いあともう少しでKO勝利に持ち込めた点が唯一の救いではないでしょう。

(最終回に2度のダウンを奪ったウィテカー)/ Photo: Media Storehouse

これまでに、既にフリオ セサール チャベス(メキシコ)やジェームス マクガート(米)、そして上記に挙げたバスケス等、同時代の超強豪たちを退けてきたウィテカー。ウェルター級の対抗王者フェリックス トリニダード(プエルトリコ)やアイク クォーティー(ガーナ)は将来的には危険度超大の選手たちではありますが、現時点(1995年中ごろ)ではウィテカーから見てまだまだヒヨッコボクサー。この試合頃のウィテカーは、何を目標に戦っていけばいいのか分からない時期に差し掛かっていたのではないでしょうか。

(勝者のコールを受けるも、浮かない表情のウィテカー)/ Photo: Media Storehouse

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あの試合から30年(WBAウェルター級:1995年8月23日)

2025年08月24日 05時46分43秒 | ボクシングネタ、その他雑談

今から30年前の昨日となる1995年8月23日、フランスで行われた試合結果です。
WBAウェルター
級戦:
王者アイク クォーティー
(ガーナ)TKO4回44秒 アンドリュー マレー(ガイアナ)

*世界王座を獲得する前から非常に評価が高かったクォーティー。世界タイトル獲得後も、一戦ごとにその評価を盤石とする安定したボクシングを披露し続けています。

クォーティーが3度目の防衛戦に迎えたマレーは、名伯楽エマヌエル スチュワート氏の指導を受ける長身サウスポー(左構え)。挑戦者はクォーティーのプレッシャーに飲み込まれないようにするためか、試合開始直後から必死で左右のパンチを振るい続けます。それに対し王者は、持ち前の固いガードからストレートのような左ジャブでマレーに迫っていきます。

(真夏のフランスで行われたWBAウェルター級戦)/ Photo: JO Sports Inc.

挑戦者が中々の好スタートを切ったこの試合でしたが、初回終了のゴングと同時にガーナ人の右がものの見事に挑戦者の顎を捕えダウンを奪います。マレーは、もしあと数秒あれば、そこで試合は終わっていたであろうほどの大ダメージを被ってしまいました。

(左ジャブで多大なダメージを与え、右で追い打ちをかけるクォーティー(背中))/ Photo: Youtube

サウスポー相手に左ジャブで追い詰めていくクォーティー。時折放つ右パンチは、一発で相手を沈める事が出来るほどの威力のあるもの。マレーも頑張っているのですが、両者のパンチの的中率と威力が違いすぎるため、秒を追う毎に挑戦者にとり不利の場面が増えていってしまいます。マレーからしてみれば自分のパンチが当たらず、しかしどの距離からもガーナ人のパンチが飛んでくるため、どうしようもなかったでしょうね。

最後は4回、クォーティーの右が好打したところでレフィリーは、マレーが左右の目尻を切っていたためにドクターにチェックを要請。少々早いストップに思えましたが、そこで試合は終わっています。

好選手相手にまたまた盤石な強さを見せつけたクォーティー。この時期、対抗王者としてWBCにはパーネル ウィテカー(米)、IBFにはフェリックス トリニダード(プエルトリコ)が君臨していました。安定では、クォーティーがウィテカーとトリニダードを既に凌いでいたと言って過言ではないでしょう。

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あの試合から30年(WBOジュニアフェザー級:1995年8月22日)

2025年08月22日 05時53分37秒 | ボクシングネタ、その他雑談

今から30年前となる1995年8月22日、米国テキサス州で行われた試合結果です。
WBOジュニアフェザー
級戦(スーパーバンタム級):
王者マルコ アントニオ バレラ
(メキシコ)判定3対0(119-106、118-107、118-109)挑戦者アガピト サンチェス(ドミニカ)

*破竹の勢いを続けるバレラ。この年の3月31日に、ダニエル ヒメネス(プエルトリコ)を相手に明確な判定勝利を収め世界王座を獲得。6月2日にはフランキー トレド(米)を2回で退け初防衛に成功。その試合から1ヵ月半後の7月15日には、30戦近くの経験を持ち、ダウンを一度も喫したことのないマウイ ディアス(メキシコ)を僅か2分50秒で仕留め2度目の防衛に成功しています。

ディアス戦から僅かに1ヶ月強、バレラは早くも次の試合を行うことになりました。この試合でバレラが迎えたのは、前年1994年10月にディアスにUSBA(全米)王座を奪われているサンチェス。ディアスを挟んでバレラとサンチェスを比較すると、王者の楽勝が予想された一戦となりました。

案の上、この試合はバレラが終始挑戦者を上回る形に。それに加えサンチェスは、初回と8回に低打のためにそれぞれ減点1を科されています。

(サンチェス(左)を終始圧倒したバレラ)/ Photo: Facebook

最終回、バレラがリング中央で足を滑らせたタイミングでサンチェスのパンチを貰ってしまいダウン。バレラにとり不運の形での失点となってしまいましたが、このダウンによるダメージはナシ。結局は大差の判定で、バレラが5ヵ月前に獲得した王座の3度目の防衛に成功しました。

驚くべき短期間で次々に防衛戦をこなしていくバレラですが、対戦相手のレベルは決して低いものではありません。バレラに王座を譲ったヒメネスは、一階級下げてバンタム級でWBO王座を獲得。トレドは数年後に、一階級上のフェザー級でIBFタイトルを奪取しています。ディアスはバレラ戦後に引退をしましたが、サンチェスに至っては後に今回挑戦したWBOタイトルを獲得。その後IBF王者だったマニー パッキャオ(比)と王座統一戦を行い、負傷引き分けを演じています。それらのすべてはこの試合後に行われることになりましたが、彼たちの活躍は同時にバレラの評価向上に繋がる事になっています。

(のちにWBO王座を獲得することになるサンチェス)/ Photo: X

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あの試合から30年(ヘビー級ほか:1995年8月19日・その2)

2025年08月19日 05時43分31秒 | ボクシングネタ、その他雑談

今から30年前となる1995年8月19日、米国ネバダ州で行われた試合結果です。
ヘビー
級戦(10回戦):
元統一王者マイク タイソン
(米)反則初回1分29秒 WBA7位ピーター マクニーリー(米)

*この年の3月に仮釈放されたタイソンが、1991年6月以来となるリング復帰戦を行いました。

(ついにこの男が帰ってきました)/ Photo: JO Sports Inc.

4年以上のブランクのあるタイソンの復帰戦の相手に選ばれたマクニーリーは、36勝(31KO)1敗という素晴らしい戦績を持った選手で、31のKO勝利の内21もの初回KO/TKO勝ちがあります。しかしそのレコードを紐解いてみると、対戦相手はどこの馬の骨だか分からない連中が名を連ねていますが...。まあ、元統一王者にとり格好の再起戦の相手と言っていいでしょう。

無冠戦ではありましたが、世界戦以上に注目を浴びたこの一戦。結果は長期ブランクがあったタイソンが約1分半の間に2度のダウンを奪い圧倒。最後はマクニーリー陣営が試合ストップ要請のためリングに入り、そこで試合終了。ネバダ州のルールではセコンドが試合中にリング内に入れば自動的に失格となり、消化不良気味の幕切れとなってしまいました。

先手を取ろうとしたのはタイソンの相手の抜擢されたマクニーリー。試合開始のゴングと同時にコーナーを飛び出ていきます。後手に回ってしまったタイソンでしたが、そこは冷静に対処し、右のカウンターでダウンを奪っています(この試合でタイソンが放った4発目のパンチ)。

(右ストレートで先制のダウンを奪ったタイソン)/ Photo: Youtube

その後、マクニーリーは攻撃の手を緩めませんが、有効な攻勢とは言えず。またそれを迎え撃ったタイソンも空振りが目立ちました。しかしそこはタイソン。最後はコンビネーションから右アッパーでライバルを再びフロアに送り、そこでマクニーリー陣営がリングに入ってくる形で試合終了。まあ、準備体操前のウォームアップと見れば良しとしましょう。

(マクニーリーに右アッパーを見舞うタイソン)/ Photo: Iconic Licensing

まだまだこれからが始まりとなったタイソンの復帰路線でしたが、興行としては大成功だった様子。この試合の前座には何と、世界ヘビー級戦が組み込まれていました。WBA王者ブルース セルドン(米)が、ネイティブ・アメリカン初の世界ヘビー級王者を目指すジョー ヒップ(米)にグラつかせられはしたものの終盤にストップ勝利。王座防衛に成功すると同時に、3流王者である事を証明しています。

また、東京 三太の名前で日本のリングにもその雄姿を披露したミゲル アンヘル ゴンザレス(メキシコ)もこの大興行に登場。自身の名前を売る大きな機会でしたが、下位ランカーのラマー マーフィー(米)に大苦戦を強いられ、大論議を呼ぶ判定の末王座を死守しています。

(無名マーフィー(左)に大苦戦を強いられたゴンザレス)/ Photo: Getty Images

先日お伝えした「サンタナ対ノリス」の第3戦と、「ジャクソン対テーラー」戦もこの興行の一部として決行されました。

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あの試合から30年(WBCスーパーウェルター級ほか:1995年8月19日・その1)

2025年08月15日 05時22分24秒 | ボクシングネタ、その他雑談

今からおおよそ30年前となる1995年8月19日、米国ネバダ州で行われた試合結果です。
WBCスーパーウェルター
級戦:
挑戦者テリー ノリス
(米)TKO2回2分9秒 王者ルイス サンタナ(ドミニカ)

*1993年末まで、パウンド・フォー・パウンドのトップに名前を連ねていたノリス。しかしそれ以前から懸念されていた打たれ脆さをつかれ、王座から転落。その王座は即再獲得するものの、今度は疫病神(サンタナ)につかれ、思わぬ2連続反則負けを喫してしまいました。

本来なら1994年11月に一蹴していたであろうサンタナと3試合続けて戦う羽目となったノリス。ここでようやく本来の段違いの実力差を見せつける事が出来ました。

初回から、軽快なフットワークとコンビネーションでサンタナに付け入る隙を与えなかったノリス。初回終了間際には、左フックからの連打でサンタナを棒立ちにさせています。

そして2回、見事なワンツーで一度目のダウンを奪うと、右ショート、連打からの右と立て続けに2度のダウンを追加。ここでレフィリーストップを呼び込みました。

(3度目の正直で、サンタナ(左)を一蹴したノリス)/ Photo: Round by Round Boxing

宿敵サンタナを退け、3度目の王座を獲得したノリス。思わぬ道草を食ってしまいましたが、サンタナ戦を経て本来の華麗なるボクシングを思い出した事は大収穫でしょう。

 

WBCミドル級戦:
挑戦者クインシー テーラー(米)TKO6回2分33秒 王者ジュリアン ジャクソン(バージン諸島)

*稀代のKOパンチャーとして知られるジャクソンが、NABF(WBCの北米下部団体)王者テーラーを迎え、5ヵ月前に返り咲いていた王座の初防衛戦を行いました。

ジャクソンのこの試合前までの戦績は51勝(47KO)3敗(3KO負け)と、そのキャリアのほとんどの試合をKO/TKOで終わらせてきました。対するテーラーも25勝(21KO)3敗(KO負けなし)と、ジャクソンには劣るものの素晴らしい戦績の持ち主。 ダウン経験がないタフガイで、ジャクソンが苦手としているサウスポー(左構え)です。

テーラーにとり世界初挑戦、しかも挑む相手は超強打者ジャクソンです。しかしそんな強豪を相手にまったく臆することなく見事なアウトボクシングを展開していきます。

挑戦者は4回終了間際、サウスポースタイルからの右ジャブからの左ショートフックで見事なでダウンを奪います。続く5回、激しい打ち合いが繰り広げられる中、テーラーのパンチがビシバシとクリーンヒット。ディフェンスが凄まじいばかりに悪いジャクソンは、左フックやアッパーをもろに貰う場面が増えていってしまいました。

(強打者ジャクソン(右)に打ち負けなかったテーラー)/ Photo: Youtube

6回、勝負を賭けたジャクソンがパンチを振るいながら前進。テーラーも肉体的に加え、精神的にもよく耐え抜きました。そして中盤過ぎ、左をボディーに持っていき王者の動きを止めます。そしてテーラーはその後の連打で遂にレフィリーストップを呼び込むことに成功。挑戦者からすれば、会心のパフォーマンスで王座奪取に成功。

敗れたジャクソンは、この試合後も戦い続けましたが、これが最後の主要団体での世界戦出場となりました。

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あの試合から30年(WBAフェザー級:1995年8月13日)

2025年08月13日 05時03分45秒 | ボクシングネタ、その他雑談

今から30年前となる1995年8月13日、福岡県田川市総合体育館で行われた試合結果です。
WBAフェザー級戦:
王者エロイ ロハス
(ベネズエラ/帝拳)判定3対0(116-111、116-112x2)挑戦者平仲 信敏(筑豊)

*この試合が行われた田川市は、福岡県の中央に位置しかつて鉱山の街として栄えていました。しかし日本国内から第一産業が衰退したため、田川市の人口は大激減。一時は10万の人口を抱えていましたが、この試合が行われた1995年には、ピーク時の約半数となる5万6千人にまで減少していました(2020年は4万6千人ほど)。

(今回の世界戦の開催地となった田川市)/ Photo: 福岡県移住・定住ポータルサイト

WBAジュニアウェルター級(スーパーライト級)王座を獲得した平仲 明信(沖縄)を実兄に持つ平仲は、兄と同様に沖縄ジムからプロデビュー。しかし1993年からは筑豊ジムに移籍。そしてこの日、「田川から世界へ」を目標にしていた平仲に、念願の世界挑戦の機会が訪れました。

平仲の挑戦を受けたのは、帝拳ジムのサポートを受けるロハス。1993年師走に、2度目の挑戦で世界を獲得。その後、日本(神戸)、タイ、韓国に赴き、強豪たちを相手に防衛記録を4まで伸ばしている強豪です。

試合は初回から、経験値で挑戦者を大きく上回る王者がペースを握っていく事になりました。見るからに固そうな左ジャブで試合を組み立てていくロハス。サウスポー(左構え)の挑戦者も、時折大きなパンチを放ちますが、如何せん狙いすぎの感がありペース奪取には至りません。

(左ジャブで試合を組み立てたロハス)/ Photo: Instagram

グイグイと前進を続ける挑戦者に対し、会場からは「平仲」コールが巻き起こります。しかし冷静な王者からクリーンヒットを奪うことは難しく、回を追う毎に点数差が開いていってしまいました。

時折いいパンチを放つ挑戦者ですが、その都度王者は左ジャブからのコンビネーションで試合をコントロール。4回には平仲のマウスピースを飛ばし、右目じりを切り裂いています。

6回開始早々に、ロハスがリング中央でスリップダウン。しかしこれが試合に影響を与える事はありませんでした。この回、ロハスの右強打が平仲を捕え始め、それを機にロハスは右左の逆ワンツーを多く放つようになりました。

王者のワンサイドマッチになりつつありましたが、地元の大声援を受ける平仲は意地を見せます。8回、平仲は左のパンチを起点に、最後は右のコンビネーションでダウンを奪うことに成功。しかしロハスはこのダウンからのダメージはほとんどなく、試合再開後は多彩なパンチで平仲を追い詰めていきます。

9回開始早々、平仲は右フックで再びダウンを奪いますが、レフィリーはスリップと判定。その後も何度もクリーンヒットを奪い、逆転に望みを繋げます。

(最後まで挑戦者らしく前進した平仲)/ Photo: asian boxing

その後も平仲の健闘は目立つものの、ロハスの手数とパンチの的確性が勝る形に。その代償として、挑戦者の右目が大きく腫れてしまいました。両者が最後の最後まで必死に手を出し続けた一戦は、中盤以降大歓声が止まない素晴らしい試合でした。お客さんの大声援に応える形で終わったこの試合。まさに最高の雰囲気の会場と言っていいでしょう。こんな光景、日本国内ではもう見れないのではないでしょうか。

試合を通し、「平仲コール」が続いたこの戦い。地力で大きく差を開けられた挑戦者でしたが、地元ファンに応えた、誇り高き敗者と言っていいでしょう。

この試合には、驚く事に当時の田川市の人口の10分の1にあたる5000人以上もの観衆が集まりました。また会場では団扇を扇ぐ人が多く見られ、かなりの暑さだったと見受けられます。もし2025年に同地で試合が開催されていたら、とんでもない暑さになっていたでしょうね。

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意見番(08‐07‐25)

2025年08月07日 05時10分04秒 | ボクシングネタ、その他雑談

*もし現在の日本ボクシング界に井上 尚弥(大橋)が存在していなかったら、どんなことになっているのでしょうかね。マイナースポーツ扱いにされているようで、考えただけでも怖いです...。

Photo: Amazon.co.jp

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京口 紘人が引退を表明

2025年08月01日 05時16分07秒 | ボクシングネタ、その他雑談

おおよそ一ヶ月前となる7月2日、ミニマム級とライトフライ級の2階級で世界を制した京口 紘人(ワタナベ)が、現役からの引退を発表しています。

3月に世界3階級制覇を目指し、アンソニー オラスクアガ(米)の保持するWBOフライ級王座に挑戦した京口。その実力を如何なく発揮し王者に迫るも僅差判定負け。惜しくもトリプルクラウンの栄光を勝ち取る事は出来ませんでした。

オラスクアガと演じた試合内容から、「京口はまだまだこれからだ」という声が多くありました。それだけに今回の引退発表には驚きの声と、引退を惜しむ声がいまだに聞かれています。

(現役からの引退を発表した京口 紘人)/ Photo: 大阪観光局

今回の「引退発表」を覆してほしいものではありますが、その充実した現時点での全キャリアを時系列にまとめてみました

2016年4月:大阪のリングでプロデビュー。2戦目はタイ、3戦目は再び大阪のリングに登場。

2017年2月:プロデビューから僅か10ヶ月後にOPBF(東洋太平洋)ミニマム級王座決定戦に出場し3回KO勝利。プロ6戦目で王座獲得に成功。

2017年7月:ホセ アルグメド(メキシコ)に判定勝利を収めIBFミニマム級王座を獲得。この王座は2度の防衛に成功後返上。

2018年大晦日:マカオのリングで実力者ヘッキー ブドラー(南ア)を粉砕し、WBAライトフライ級王座を獲得。世界2階級制覇に成功。

2021年3月:米国・テキサス州のリングで小兵アクセル ベガ(メキシコ)と対戦。メキシカンが突如拳の痛みを訴え、予想外の形で勝利を収めると同時にライトフライ級王座の3度目の防衛に成功。

2022年6月:敵地メキシコに登場した京口。自身から見て格下王者となるエステバン ベルムデス(メキシコ)に快勝し、WBA内での王座統一に成功。

2022年11月:WBC王者寺地 拳四郎(BMB)との王座統一戦に敗れ王座から陥落。

2025年3月:アンソニー オラスクアガ(米)の保持するWBOフライ級王座に挑戦。僅差の判定負けを喫し、世界3階級制覇ならず。現在の所、この試合が京口のラストファイトとなります。

終身戦績は19勝(12KO)3敗(1KO負け)。タイ、中国(マカオ)、米国、メキシコのリングでも試合を行い、そのすべての試合を規定ラウンド内(KO/TKO)で勝利しています。

実績、実力は申し分ない京口。本人次第ではまだまだそれらを上積みする事は可能ではないでしょうか。しかし現時点では「お疲れさまでした」と言っておきましょう。

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あの試合から30年(WBCバンタム級:1995年7月30日)

2025年07月30日 05時47分36秒 | ボクシングネタ、その他雑談

今から30年前となる1995年7月30日、愛知県体育館で行われた試合結果です。
WBCバンタム
級戦:
挑戦者ウェイン マッカラー
(アイルランド)判定2対1(118-110、116-113、115-116)王者薬師寺 保栄(松田)

*「名古屋決戦」として今なお語り継がれる辰吉 丈一郎(大阪帝拳)との激戦を制してから8ヶ月。薬師寺が指名挑戦者マッカラーを迎え5度目の防衛戦を行いました。

1992年バルセロナ五輪の銀メダリストであるマッカラーは、17戦全勝(13KO)という戦績を引っさげて真夏の名古屋に乗り込んできました。その素晴らしいレコードの中には、辰吉と2度の激戦を演じたビクトル ラバナレス(メキシコ)に勝利を収めた一戦も含まれています。

(指名挑戦者として薬師寺に挑戦した元銀メダリスト・マッカラー)/ Photo: The 42

戦績だけを見てみると、とんでもない強豪に聞えるマッカラーですが、そのボクシングはスタミナと手数で勝負するもの。決して安易な相手ではありませんが、世界ランカーとしてはざらにいるレベルの選手です。

試合は36分間に渡り激しいペース争いが繰り広げられました。アイルランド人がそのパンチを薬師寺の顔面をとらえれば、薬師寺はお返しにボディー攻撃で挑戦者の動きを止めます。どちらの勝利もあり得る内容で終えたこの試合。結果は2対1で新王者誕生となりました。

(一進一退の攻防を繰り広げた薬師寺(右)とマッカラー)/ Photo: 【忘れられた伝説】ボクシング不滅のレジェンドたち 

試合前の印象とは違い、強豪というより試合巧者という印象を残して日本を去っていったマッカラー。パンチを貰った際に必ずパンチを打ち返し、その回その回の失点を最小限に抑える胡麻化しの上手さが勝因ではないでしょうか。

この試合を振り返ってみると、私(Corleone)は「薬師寺が若干有利では」という印象があります。僅差でマッカラーというのもあり得たとは思いますが、いくらなんでも118対110というのはあり得なかったでしょう。

(「薬師寺の勝利では」と多く聞かれた一戦)/ Photo: Youtube

王座から転落後、薬師寺には一階級上のジュニアフェザー級/スーパーバンタム級での再起という話もありました。しかし結局はこの試合を最後に引退してしまいました。しかし見てみたかったですね、薬師寺がダニエル サラゴサ(メキシコ)やアントニオ セルメニョ(ベネズエラ)に挑戦する試合を。勝敗は別として、薬師寺なら両選手を大いに苦しめる事が出来たでしょう。

(階級を上げ再起が望まれた薬師寺でしたが...)/ Photo: Youtube

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