3時頃に娘が鶏飯を食べに来て、そのままお茶を飲みながら話をして、4時過ぎに娘は風呂に入った。
コロナにやられたんじゃないかと気にしていたが、咳も出ないしやや下痢気味だということなので、大したことはなく熱い風呂に10分入れば治るよと云って入らせた。
僕は庭の樹の剪定を行った。
何だか膝の具合が良くなく脚立に乗って作業するのが辛いので、低木の椿2本とその他の低木を3本、東の生け垣になっている椿2本と山椒やヤツデやその他の木を切った。
風呂の入って出て来ると娘たちが枝豆を食べていた。
僕はカンパリソーダを作って飲んだ。
残念ながら娘は車で来たので飲めなかった。
タジン鍋、鯖の竜田揚げ、三種類ぐらいの葉っぱとミニトマトのサラダ、落花生、おかきなどを肴にティーチャーズのソーダ割を飲んだ。
娘は8時前に帰っていった。
1993年の皇太子の結婚式の時に映像に映っていた人を探して、今どうしているかを取材する番組を観た。
雅子さんて外務省にいた頃は滅茶苦茶美人で色っぽかったんだなあ。
当時は殆どTVを観なかったので良く知らなかったが、その後精彩が無く、改めて皇室の生活が馴染まなかったことを感じた。
9時前に女友達から小田原城をやっているとメールが来たが、偶然ザッピングをしていて小田原高校の裏にあった空堀を観ていた。
カンパリソーダの濃いのを作って飲みながら最後まで小一時間観た。
高校の校歌か応援歌に「関八州を股にかけ」という一節があり、大げさだなあと思っていたが、そうではないことを10年ほど前に知った。
支城というか出城が関東一円にあり、縁があって太田市の金山城の取材をしたときに、そこが小田原北条の城であったことを知り、大げさじゃなかったんだと遅まきながら認識した。
高校の頃にそれを知っていれば、もう少し大きな志を持ったのになあ、結局この程度の人間で終わってしまった。