小林紀子・バレエシアター「マクミラン・トリプルビル」まとめ-2


 「エリート・シンコペーションズ」

   音楽:スコット・ジョプリン 他
   美術:イアン・スパーリング

   ピアノ・指揮:中野孝紀
   演奏:東京フィルハーモニック管弦楽団(だよね?)

   カスケード:喜入依里(白にピンクの衣装)、萱嶋みゆき(23日、ピンクと緑)、真野琴絵(24日、同)、平石沙織(白に水色)

   ホット・ハウス・ラグ:後藤和雄、冨川直樹(23日)、上月佑馬(24日)、佐々木淳史、荒井成也(23日)、照沼大樹(24日)

   カリオペ・ラグ:喜入依里

   ザ・ゴールデン・アワーズ(恋人同士が照れながら踊るやつ):萱嶋みゆき(23日)、真野琴絵(24日)、後藤和雄

   ストップ・タイム・ラグ:

    高橋怜子(23日)、島添亮子(24日)、ジェームズ・ストリーター(23日)、アントニーノ・ステラ(24日)、
    後藤和雄、冨川直樹(23日)、上月佑馬(24日)、
    佐々木淳史、荒井成也(23日)、照沼大樹(24日)

   ザ・アラスカン・ラグ(背の高い女性と背の低い男性が踊るやつ):平石沙織、佐々木淳史

   ベセナ・ワルツ:高橋怜子(23日)、島添亮子(24日)、ジェームズ・ストリーター(23日)、アントニーノ・ステラ(24日)


  以前、ある方から聞いた話ですが、マクミランはこの「エリート・シンコペーションズ」を振り付けた同じ年に、あの『マノン』を作っているそうです。『マノン』が先で、「エリート・シンコペーションズ」がそのあと。重い内容の作品を作ったので、次は明るくて楽しい作品を作りたかったんではないか、というお話でした。

  この話を聞いて、してみると、マクミランはけっこうマトモな精神の持ち主だったんだな、と思いました。重い作品と軽い作品とを交互に作ることで心のバランスをとってたのなら、不健康で暗くて歪んだ作品ばかりを偏愛していた人物というわけではないですよね。

  装置と衣装はバーミンガム・ロイヤル・バレエから借りたそうです。ほー、バーミンガム・ロイヤル・バレエもレパートリーにしてるんかい。ジェームズ・ストリーターが所属しているイングリッシュ・ナショナル・バレエもそうなのかな。

  でも、アントニーノ・ステラが所属してるミラノ・スカラ座バレエ団は、さすがに上演したことないんじゃないか?イタリア人とラグタイム……うーむ、イメージ湧かない。マクミラン作品については、ステラは小林紀子バレエ・シアターに客演してるおかげで、良い経験積ましてもらってるよな。

  衣装が全タイなので、どのダンサーも身体のラインがばっちり出ます。ストリーターはガタイけっこういいです。ステラはやっぱり細身。島添亮子さんのボディ・ラインはすごくエロティックでした。島添さんは美しい脚を持っているのでマクミラン作品に向いている、と上演指導のアントニー・ダウスンが言ってたそうですが、こういう衣装でそれがよく分かります。同じ女から見ても激エロいっす。

  平石沙織さんと佐々木淳史さんが踊ったアラスカン・ラグが、とても楽しかったです。小柄でモテない男性が、勇気を振り絞って女性をダンスに誘う。その女性は、男性より頭一つ以上もデカい長身。小柄な男性はそれでも長身の彼女を一生懸命にエスコートし、彼女もときどき彼をエスコート(?)する。

  佐々木さんはわざとかがんだ姿勢をとり、背を更に低く見せていました。平石さんは身長がどのくらいあるのかは分かりませんが、確かに長身のようです。でも、標準身長のダンサーでも、舞台の上では大きく見えるものだからね。平石さんの堂々として自信に満ちた男らしい(笑)態度がよかったです。

  平石さんと佐々木さんの息はよく合っていました。平石さんが佐々木さんの頭上で脚をブン!と何度も高く振り上げたり、佐々木さんが平石さんをなんとかリフトすると、それが珍妙なポーズになっちゃったり。

  この踊りでは観客がゲラゲラ笑っていて、踊る側にとっては何より嬉しい反応だったろうと思います。私の近くに座っていた女の子たちもウケまくっていました。なんて素直な感性を持つ良いお嬢さんたちなのでしょう!彼女たちの笑い声を聞いた私もなんだかすごく嬉しくなり、声を立てて笑ってしまいました。

  ピアノは「コンチェルト」に引き続き、中野孝紀さんでした。今まで深く考えたことがありませんでしたが、一つの公演でまずショスタコーヴィチのピアノ協奏曲を全曲弾き、たった1時間の休みの後に、今度は1時間弱もラグタイムを弾きながら同時並行で指揮も行なうってのは、かな~りすごいことです。

  ポール・ストバートも、舞台上のダンサーたちに目を配りながら、まずショスタコーヴィチのピアノ協奏曲を全曲指揮し、25分の休みの後に1時間弱の『三人姉妹』でピアノソロ、やっぱり同時並行でギター・アンサンブルの指揮という激務ぶり。

  最も大変だったのは小林紀子バレエ・シアターのダンサーの方々です。振付の異なる3作品を連日踊ったのですから、疲労困憊だったでしょう。本当にお疲れさまでした。とても楽しかったです。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


小林紀子バレエ・シアター「マクミラン・トリプルビル」まとめ-1


  しつこい感想を書こうかと思っていましたが、感じたことは先週の感想であらかた述べてしまったように思います。そこで、この「まとめ」編はスタッフ・キャストの詳細と、なんか思い出したことがあったら付記する程度のものにすることにしました。


 「マクミラン・トリプルビル」(8月23、24日、於ゆうぽうとホール)

   監修:デボラ・マクミラン
   上演指導:アントニー・ダウスン  

 「コンチェルト」(音楽:ドミトリー・ショスタコーヴィチ)

   美術:デボラ・マクミラン

   ピアノ:中野孝紀
   演奏:東京ニューフィルハーモニック管弦楽団
   指揮:ポール・ストバート

   第一楽章:真野琴絵、上月佑馬
   第二楽章:島添亮子、ジェームズ・ストリーター(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)
   第三楽章:喜入依里(23日)、高橋怜子(24日)

   萱嶋みゆき、荒木恵理、廣田有紀、冨川直樹、佐々木淳史、杜海


  ロイヤル・バレエがこの作品で用いている衣装はオレンジ系と明るいのですが、小林紀子バレエ・シアターはブルー系です。私はブルー系のほうが好きですし、この作品、特に第二楽章の持つ雰囲気にも合っていると思います。

  明るく溌溂とした第一楽章、第三楽章とは異なり、第二楽章の振付は非常に静謐で幽玄な美しさに満ちています。でもどこか陰翳があって、死のような雰囲気すら感じさせます。この第二楽章を見ていると、「ソリテイル」と同じような、深くてほの暗い「底」みたいなものを感じます。孤独感のような物哀しさです。

  前の記事にも書きましたが、第三楽章でソリストが女性ダンサー一人だけな理由について、クレメント・クリスプがトーク・ショーで面白いことを言っていました。マクミランは1966年にベルリン・オペラ・バレエ(現ベルリン国立バレエ)の芸術監督に就任しました。ところが、当時のヨーロッパのバレエ団ではモダン・バレエが主流であり、ベルリン・オペラ・バレエも同様でした。

  ベルリン・オペラ・バレエのダンサーたちが、クラシック・バレエをあまり踊れないことに愕然としたマクミランは、この「コンチェルト」を作って踊らせることで、ダンサーたちにクラシック・バレエを基本から叩きこもうとしました。「コンチェルト」の振付がシンプルなのと、振付が音楽と分かりやすい形で密接に結びついているのには、こういう事情があったようです。

  第一、第二楽章と同じく、第三楽章も、本来は男女のペアがソリストを踊ることになっていました。ところが、第三楽章のソリストにキャスティングされていた男性ダンサーのほうが、初演を前に逃げ出してしまいました。直前のことで代役を立てる余裕がなかったため、マクミランはやむなく第三楽章のソリストを女性ダンサー一人だけとし、ソロを踊らせることにしたそうです。

  マクミランがベルリン・オペラ・バレエ芸術監督時代に振り付けた作品には、一幕版『アナスタシア』があります。現在の第三幕に当たります。第三幕の振付だけが完全にモダンでクラシック臭がありませんが、当時のベルリン・オペラ・バレエは、ああいう作品を得意としていたのでしょう。


 『三人姉妹』

   原作:アントン・チェーホフ
   音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー、ロシア民謡
   ピアノ用編曲:フィリップ・ギャモン
   ギター用編曲:トーマス・ハートマン
   デザイン:ピーター・ファーマー
   照明デザイン:ジョン・B・リード

   ピアノ・指揮:ポール・ストバート
   ギター:染谷光一郎、庄山恵一郎
   マンドリン:田中俊也、鳥居良次
   バラライカ:八田圭子、小林雄平

   オーリガ:喜入依里
   マーシャ:島添亮子
   イリーナ:高橋怜子

   アンドレイ:照沼大樹
   ナターシャ:萱嶋みゆき

   クルイギン:後藤和雄
   ヴェルシーニン:アントニーノ・ステラ(ミラノ・スカラ座バレエ団)

   トゥーゼンバッハ:望月一真
   ソリョーヌイ:冨川直樹

   チェブトゥイキン:村山 亮
   アンフィーサ:宮澤芽実
   メイド:荒木恵理
   将校たち:荒井成也、佐々木淳史、澤田展生、杜海


  下の記事に書いたので、付け加えることはあまりないんですが、トゥーゼンバッハ役の望月一真さんとソリョーヌイ役の冨川直樹さんが良かったことは、ぜひとも書いておかなくては。特に、冨川さんのソリョーヌイは短気で強引な性格なのがよく分かりました。冨川さんは個性が強いので、こういうアクの強い役に向いているんですね。ちなみに、このソリョーヌイの初演者はアダム・クーパーです。この11月に『雨に唄えば』で来日します。ぜひ観てね(←宣伝)

  トゥーゼンバッハ役の髪型は、あれが絶対条件なんかいな。望月さんは髪を真ん中からぎっちり分けて、びっちりとポマード漬けにして固めていたようです。眼鏡と演技と踊りだけで、トゥーゼンバッハの知的かつ優しい穏和な性格は出せると思います。ダンサーに無理にオールバックを強要しないでもいいんでは。

  マーシャ役の島添亮子さんは相変わらずすばらしかったと思います。印象に残ったシーン。ヴェルシーニンの前で、マーシャがちょっと変わった振付、片脚をゆっくりと上げながら膝を曲げ、片手のたなごころを顔に添えるようにする動き(ロシアの民族舞踊?)から始まる踊りを踊ったとき、表情が子どもっぽく、照れくさそうで、初々しいものになっていました。マーシャが「人妻」から「恋する少女」に戻り、ヴェルシーニンに対して素直に心を開いた瞬間です。好きな人に自分の踊りを見せてあげたい。自分の気持ちを知ってほしい。島添さんはさすがだと思いました。

  冒頭、酔っぱらったメイド(荒木恵理さん)が将校たち(荒井成也さん、佐々木淳史さん、澤田展生さん、杜海さん)と戯れるシーンでは、コミカルな振付に客席から笑いが起きていました。

  カーテン・コールで、ギター、マンドリン、バラライカの奏者の方々6名が姿を見せました。バラライカはかなりな大型のものと小型のものとが1台ずつでした。バラライカの実物を目にする機会はめったにありません。観客がしきりに感嘆していました。

  指揮と同時にピアノ独奏を担当したポール・ストバートの演奏はすごく良かったと思います。軽やかで流れるような演奏でした。ギター・アンサンブルの演奏も耳に心地よいものでした。大きなホールで、しかも舞台の奥で紗幕を隔てて演奏するので、アンプを使用していました。小型のホールで、『三人姉妹』の演奏だけを聴いてみたいと思いました。

  『三人姉妹』の装置と衣装は、英国ロイヤル・バレエからのレンタルだそうです。ストバートとギター・アンサンブルの方々も舞台衣装を着ていました。淡いカーキ色のロシア風シャツ、ズボン、軍帽です。ロシアの兵士っぽい感じでした。小型のバラライカを演奏した八田圭子さんは小柄な方でしたが、やはり兵士の格好をさせられていました(笑)。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )