小林紀子バレエ・シアター「マクミラン・トリプルビル」(8月24日)


  今日も特濃な時間を過ごして参りました。連日の鑑賞でへろへろになりましたが、ダンサーの方々はもっとへろへろでしょう。お疲れさまでした。

  疲れちゃったんで、簡単な感想っす。重箱の隅をほじくるようなしつこい感想は後日。

  「コンチェルト」は、全体的に昨日よりもよかったと思います。第一楽章は最初からソリストの真野琴絵さんと上月佑馬さんはしっかり踊っていました。群舞も動きが揃っていて、また動きの連鎖がきれいでした。

  第二楽章はバレエの神様が降臨してました。島添亮子さんとジェームズ・ストリーターが舞台の真ん中で位置に着いたとたん、舞台の空気がビシッと引き締まって、静寂と同時に緊張感が張りつめました。

  島添さんはストリーターのパートナリングに任せきりにするのではなく、基本的に自分で自分を支えているので、動きがこの上なく安定しています。少しばかり二人の動きがずれても、また軸が曲がっても、即座に修正してしまうのです。

  といっても、ストリーターのパートナリングは非常に頼もしいものでした。ストリーターのレパートリーは、ムッシュG.M.、ヒラリオン、ティボルト、カラボスなどだそうで、良い意味でアクの強い演技派でもあるのが分かります。ストリーターは昨日、「エリート・シンコペーションズ」にも出演しました。故デヴィッド・ウォールが初演したソリストの役です。

  デヴィッド・ウォールは晩年、イングリッシュ・ナショナル・バレエでずっと教師を務めていたそうですから、ストリーターも教えを受けたことがあるでしょう。現役時代のウォールも極めて優れた演技派でした。なんか不思議な縁を感じさせます。

  『三人姉妹』では、アンドレイ役の照沼大樹さんと、その妻ナターシャ役の萱嶋みゆきさんとの踊りが何気にすばらしかったです。あの動きは難しいだろうと思うんですが、照沼さんは細かいステップを踏んで飛び跳ねながら、手足をバラバラに動かして踊り、能天気な坊ちゃんぶりを踊りで好演。

  萱嶋さんは苛立った表情で、前に上げた脚の爪先を同じく苛立ったように細かく動かし、これまた踊り、しかも爪先の動きだけで、能天気で無邪気な夫に苛立つ、気の強い女性であるナターシャを表現していました。

  ナターシャは確かに悪役といえば悪役なんでしょうが、この作品の中では最もパワフルで生命力に満ち、現実に強く立ち向かっている唯一の登場人物ともいえます。他の登場人物は、みんな現実逃避してばかりでしょ。マクミランがもっとこのナターシャという女性を描いてくれるとよかったんですが。「家政婦は見た!」的な演出だけじゃなくてね(笑)。

  後藤和雄さんのクルイギンの踊りは、昨日よりも良かった気がします。昨日はなんかただ単に変わった振付の踊りにしか見えませんでしたが、今日は感情を露わにしようとしてもつい踏みとどまってしまう、クルイギンの不器用さが伝わってきました。クルイギンの初演者は、当時もう50歳に近づき、まさに円熟期にあったアンソニー・ダウエルでした。後藤さんはこれほどの難役をよく頑張ったと思います。

  チェブトゥイキン役は村山亮さんでした。椅子踊りは健闘していましたが、両日とも正直いまいちだったかな。今日よりは昨日のほうが上手くいっていたと思います。チェブトゥイキンの踊りは、英国ロイヤル・バレエ団のザ・レジェンド、デレク・レンチャー(当時60歳近く)に合わせて振り付けられたので、仕方ないです。

  アントニーノ・ステラのヴェルシーニンの役作りと踊りは大いに疑問です。初演者のイレク・ムハメドフの物真似をしろとはいいませんが、チェーホフの原作をちゃんと読んだのでしょうか?ムハメドフがほとんど無表情でありながら、しかしその踊りに非常な力強さと奥に込めた情熱のようなものを感じさせるのは、ヴェルシーニンが心の内の苦しみを押し隠し、最後までマーシャへの愛情を堪えたまま去ってゆく人物として描かれているからだと思います。

  一方、ステラのヴェルシーニンはまるでロミオでした。ヴェルシーニン役に必要なのは、分かりやすい「ミ・アモーレ~!!!」的なイタリア男の情熱ではなく、骨太なロシア男、しかも洒脱だけどどこか冷徹な軍人男性の情熱です。別れのパ・ド・ドゥで、ステラは荒々しく息吐いて踊っていて、そのムハムハした息づかいがなんだか不快にエロく、私はちょっと引いてしまいました(ごめんね)。

  ステラの踊り方も、あれはヴェルシーニンの踊りではないと思いました。もっと手足を伸ばして、大きく空間を切り取り、舞台をいっぱいに使って、キレよく直線的に、力強く踊らなくちゃ!これはテクニックの問題ではなく、踊り方の問題です。マーシャ役の島添さんと同じ動きで並んで踊る部分も、あそこは二人の動きをきちんと揃えて踊らないといけないと思います。マーシャとヴェルシーニンの気持ちが共鳴しているんですから。

  振付を勝手に(?)変えたのも言語道断。重箱の隅つついて申し訳ないけど、ヴェルシーニンが去っていく瞬間は、大きなジャンプ2回です。あのジャンプ2回も音楽にきちんと合わせて振り付けられたものです。でも、ステラはもうスタミナが切れたようで、ジャンプ1回と回転という振りに変えていたように覚えています。

  ステラはヴェルシーニン役に向いていない、と正直なところ思いました。ヴェルシーニン役のダンサーは、本家の英国ロイヤル・バレエから呼んだほうがよかったかもしれません。ネマイア・キッシュあたりでも、ステラよりはヴェルシーニンとしてしっくりくるでしょう。

  「エリート・シンコペーションズ」に、本当に島添さんが出ました(驚)。相手役はステラです。昨日は高橋怜子さんとジェームズ・ストリーターでした。甲乙つけがたいです。バトンを持っての女性の踊りと、ベセナ・ワルツのパ・ド・ドゥは、島添さんとステラのほうが良かったですが、その前に女性陣と男性陣が背中にゼッケン付けて踊るやつは、高橋さんのほうがなめらかだった印象です。

  今日は上月佑馬さんがソロ(ベセナの次)を踊りました。これが断然すばらしかったです。テクニックが強くて安定していて、見ごたえがありました。

  ところで、ベセナ・ワルツを聴くと、どうしても映画『ベンジャミン・バトン』を思い出してしまいます。劇中曲として使われてたので。『ベンジャミン・バトン』は時間を巻き戻すという不思議な内容の映画でしたから、その印象もあってか、ラグタイムを聴いていると、なんだか懐かしいような、もの哀しいような気分になりました。

  今日はこれでおしまい。

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