小林紀子バレエ・シアター第96回公演『眠れる森の美女』(2)

  男性陣では、中尾充宏さんと冨川直樹さんが大活躍でした。中尾さんはリラの精のお付きの騎士、イングランドの王子(←マクミラン版では主にオーロラをリフト&サポートする)、長靴を履いた猫を踊りました。

  なんだかんだいって、中尾さんは頼りがいがあるよね(笑)。出てるとなんか安心する。長靴を履いた猫では猫の仮面をかぶっていたけど、仮面の下の顔が見えるようでした。仮面の下でもちゃんと演技してるなと分かります。

  萱嶋みゆきさんの白い猫とはいいコンビで、白い猫にちょっかいをかけ、脚をさわさわと撫でてはぴしゃっ、と白い猫にはねつけられる、その駆け引きが面白かったです。この小林紀子バレエ・シアターのいいところの一つは、ディヴェルティスマンのような、一見すると意味のあまりない踊りでも、ちゃんと演技して観客を楽しませてくれることですね。

  その究極の形が冨川直樹さんです。冨川さんは魔法の庭の精のお付きの騎士、インドの王子、狼を踊りました。中尾さんは舞台にいるだけで安心できますが、冨川さんは舞台にいるだけで笑えます。特にインドの王子は超笑えましたわ。でっかいターバン巻いてんの。冨川さんのあのとぼけた雰囲気によく似合って、それだけで大爆笑。そして、何気にちゃんと「インドの王子」の演技してるんですな。それが妙に笑える。

  狼と赤ずきんの踊りでは、冨川さんのエンターテイメント性が大全開でした。わざと大きな足音を立ててジャンプしては赤ずきんを怖がらせ、ぐわっと口まで大きく開けてました。ジャンプするときの姿勢も大仰でおかしかったです。赤ずきん役の宮澤芽実さんとのかけあいも面白かったです(特に赤ずきんにあっちにおいしいものがある、と騙されてそっちをしげしげと見るところ)。

  第三幕のゴールド、シルバー、ダイアモンドの踊りでは、ゴールドを踊った横関雄一郎さんが、去年よりもダントツに上手になっていて驚きました。ジャンプは高さがあるし、足元も崩れないし、踊り全体の動きが丁寧になりました。去年の公演では「ジャンプが高いだけのでくのぼう」とかひどい悪口を書いた気がします。ごめんなさい。今年は見違えました。

  青い鳥を踊った八幡顕光さんは、昨日よりも今日のほうが調子が良かった気がします。斜め横に高く跳ぶジャンプ、両足を細かく交差させる動きがすばらしく、最後にフロリナ王女を追って大きく跳躍して去るタイミングが、まさに私の求めるタイミング(舞台脇の幕の陰に姿が隠れる寸前)とバッチリで感動いたしました。

  さて、デジレ王子役でゲスト出演したロマン・ラツィック(ウィーン国立歌劇場バレエ団プリンシパル)。ぱっと見の印象は、背が高くて非常にスタイルが良い、ということです。腕と脚がとても長く、特に脚の形がきれいです。私の嫌いな、太もも前面にモッコリした筋肉がついているタイプじゃなくて、太ももがふくらはぎとほとんど変わらないくらい細い。かといって、下半身が異常に細いタイプでもなく、どの部位もほどよい肉づき。とにかく脚が超長くて形も良かったです。白タイツ穿いてあれほどバランスよく細いって珍しいかも。

  ラツィックが背が高い、と書きましたが、カーテン・コールで他のダンサーたちと比較確認したら、確かに180センチはあるだろうけど、190センチも2メートルもあるわけではないようです。背が高く見えるのは、これはラツィックの顔が小さいことによる錯覚らしいと結論しました。

  その小顔のラツィックのご容貌は、「あれ、この人、どっかで見たことあるよーな?」というくらいよくある一般的なお顔立ちでした。とりたててハンサムというほどではありません。でも、たいそう優しげな雰囲気の漂うお顔立ちで、王子にはぴったりと思われます。

  そうそう、第二幕でラツィックの王子が登場したときにね、つまり、それまでオール日本人キャストだったわけでしょ?その中に突然、背丈も体型も顔立ちも日本人とはぜんぜん違う毛唐(←すみません)が現れて、舞台の中であまりに激しく浮きまくりだったので笑っちゃったよ。マンガによくある、いきなり外人が出てきて、「HELLO, HAHAHA!」と挨拶するコマみたいで(ちなみにラツィックはスロヴァキアの出身らしい)。

  ラツィックは踊りもなかなか良かったです。すごく丁寧で端正。ガツガツ、セカセカしていなくて、鷹揚で余裕がある感じでした。「オレ様の凄い踊りを見せてやる」的雰囲気は皆無です。テクニックも安定していましたが、全体的に抑え目で品が良い。ポーズも非常にきれいで、特に半爪先立ちで両足を前後に着けて立った姿には目を奪うものがありました。半爪先立ちも高くて、土踏まずからかかとまでがほとんど床と90度。

  小林紀子バレエ・シアターに客演してきた外国からのゲストたち、たとえばヨハン・コボー、そして(あくまで現在の)デヴィッド・ホールバーグ、ロバート・テューズリーには及ばないと思いますが、エドワード・ワトソンとはいい勝負かも・・・いや、ワトソンには勝ってるかも。いずれにせよ、ラツィックは踊りも雰囲気も非常に好感の持てるダンサーでした。

  そうだ、第二幕で一人っきりになった王子が踊るソロがあるでしょう。あれはやっぱりマクミランによる改訂振付じゃないでしょうか。さっき、英国ロイヤル・バレエの映像版(アンソニー・ダウエル版)で確かめたら、やはり違っています。マクミラン版の王子のソロは、足技と回転の複合技が多く(←かなり複雑で難しそう)、更に同じ動きを左右逆方向にくり返すことが多いです。

  オーロラ姫は、5日は高橋怜子さん、今日は島添亮子さんが踊りました。高橋さんは、どうも去年よりもひどくなっていたような・・・。去年はあんなに不安定ではなかった気がします。今回は踊れているかいないか以前に、男性ダンサーによるサポート付きであっても、アラベスクやアティチュードで立っていることが相当辛かったらしく、軸足が常に震えていました。

  高橋さんが「ポスト島添」的位置にいるらしいことは分かりますが、正直なところ、オーロラは、今の高橋さんには能力的に無理じゃないのかな、と思いました。高橋さんが良くないダンサーだ、というわけでは決してありません。ただ、オーロラは、外国の有名バレエ団のプリマが踊ってもスベることがあるほど難しい役です。そういう役を無理に踊らせることはないのではないか、と思います。

  というのは、島添亮子さんは、去年よりも今年のほうが更にすばらしくなっていたからです。スタミナも万全で、途中で力尽きるということもありませんでした。島添さんはあのとおり小柄で華奢ですが、実は物凄い筋力の持ち主のようです。バランスを保持する力、ポーズをとっての静止、回転、跳躍、今年はどれをとっても完璧でした。去年から更に練習を重ねてきたのはもちろんでしょうが、生来の強靭な身体能力があってこそ実を結んだのだろうと思うわけです。

  そして、島添さんの豊かな音楽性ある踊りは、何にも勝る魅力だと思います。第三幕のグラン・パ・ド・ドゥは本当にすばらしかったです。腕や脚を動かす緩急の付け方やタイミングが、思わずため息をついてのけぞってしまうほど見事でした。余裕があるというのか、充分にためを置いて丁寧に踊ります。しかも、その動きのすべてが音楽にうまく合っているのです。

  グラン・パ・ド・ドゥのコーダで、王子役のラツィックが思わず素になった瞬間。コーダの最後で、オーロラ姫が王子に腰を支えられて回転をくり返すでしょう。そのときの島添さんが物凄かった。どこにそんな余力があるんですか、と聞きたくなるほどの目にもとまらぬ超速回転(しかも途中でいったん静止してまた回転する)をやってのけ、ラツィックがあわてているのが分かりました。あれですよ、「ヴィクトリア・テリョーシキナの超速回転にサポートの手が追いつかないウラジーミル・シクリャローフ」状態になったのです(分かりにくい喩えですみません)。

  これぞプリマの底力というか、島添さんはこれからもまだまだ進化していくんだろうなあ、と思わされた光景でした。てかマジで、あんなに速く回転できる女性ダンサーは稀有だと思いますよ。

  カーテン・コールでは、ラツィックが島添さんの手をぐっとつかんで引き寄せ、むちゅ~、とキスをしました。前の日にはなかったことです。儀礼的なものかもしれませんけれど、日本にもこんなすばらしいプリマがいたことに感動しての行為だと思いたいですね。

  東京ニューフィルハーモニック管弦楽団の演奏も良かったです。それから、指揮者のアラン・バーカーが超超超キュートなおじいちゃんでした 私の近くに座っていた女子観客たちも悶えていたぜ。私もバレエを観に来て指揮者でなごんでしまったのははじめてだよ。

  第一幕の後の休憩時間には、ほとんどの版で割愛されている(このマクミラン版でも削除されている)『眠れる森の美女』間奏曲がヴァイオリンのソロで演奏されました。よい試みです。この間奏曲は、レニングラード国立バレエ団の『眠れる森の美女』では、オーケストラの伴奏付きできちんと演奏されます。幕間、薄暗闇の中でこの間奏曲を聴くのもいいものですよ~。

  マイムも間奏曲も完備されていて、かつ衣装や踊りがベタな『眠れる森の美女』があるといいのになあ。 
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小林紀子バレエ・シアター第96回公演『眠れる森の美女』(1)

  昨日(5日)と今日の公演を観てきました。日ごとに感想を書くと時間がかかるので、まとめて書いてしまいます。結果、ダンサー同士を比較してしまうことにもなるかと思いますが、その点はご容赦下さい。みんな一生懸命に踊っているのは、もちろん分かっているんですよ。

  去年に引き続いてのケネス・マクミラン版です。初演は1986年、アメリカン・バレエ・シアターによって行なわれ、現在はイングリッシュ・ナショナル・バレエも上演しているそうです。

  美術は、衣装デザインはニコラス・ジョージアディス(←『ロミオとジュリエット』、『マノン』、『マイヤーリンク』など)で、装置デザインはピーター・ファーマー(←『真夏の夜の夢』、『三人姉妹』など)という鉄壁コンビ。

  振付、演出、美術すべてが、これぞベタでベーシックな『眠れる森の美女』という感じで、保守的すぎるほど古典的なおとぎ話です。カラボスが空を飛びまくったり、場所設定が東南アジアの熱帯雨林のどこかだったりする、現在流行の「新演出」などとはまったく無縁。登場人物の全員が、まるでトランプの絵柄か、絵本から抜け出てきたかのようです。奇をてらっただけの、中途半端な「新演出」だの「改訂演出」だのが大嫌いな私にはうってつけです。

  旧ソ連圏の『眠れる森の美女』ではほとんど削除されているクラシック・マイムも保存されています。これらのマイムが観られるのも、このマクミラン版では大きな楽しみです。マイムを見ていると、本当に話を交わしているみたいで面白いです。

  フロレスタン王役の本多実男さんは、去年は2着1万円の背広着て山手線に乗ってそうなただのオヤジだったのが、今年は演技に面白みが出ていた気がしました。王様らしい威厳ある表情、愛娘にめっぽう弱い父親の、鼻の下を伸ばした表情が良かったです。

  特に笑えたのが、王宮前の広場で編み物をしていた女たちに対して、あっさりと「殺せ!」と首を切るマイムをした後、王妃に懇願され、これまたあっさりと「ぢゃ、許してやろ!」と女たちを解き放ってやるマイムをするときの飄々とした演技でした。客席からも笑いが起こっていました。

  カタラビュット(式典長)役の井口裕之さんは、去年もコミカルな名演技を見せてくれたのですが、今年は更にパワーアップしていました。まず、メイクが美川憲一でした。このままガマーシュ役とかもできそうです。

  井口さんの演技もお笑い度が増していました。お堅い役職の割には、お調子者であわて者でうかつで、しかも優しい感じが出ていて、しっかりと存在感がありました。編み物をしていた女たちから編み針を取り上げて、それをあわてて王と王妃に見えないように隠す仕草が笑えました。怒り狂うカラボスを前にして、本多さんのフロレスタン王と深沢祥子さんの王妃が一緒になって、井口さんのカタラビュットに責任をなすりつけるシーンも面白かったです。

  去年以上にパワーアップしているどころか、この舞台で最強の演技と存在感を発揮していたのが、楠元郁子さんのカラボスです。見た目が黒いドレスを着たてんてん眉毛のエリザベスI世みたいに超強烈な上に、表情は憎々しく(笑)、また、表情、仕草、マイムが音楽と連動していて、その演技の実に巧みで雄弁なこと!オーロラに呪いをかけてあざ笑うシーンは非常に見ごたえがありました。懇願する妖精たちの踊りをクネクネとマネしてから、激しくどつく演技も見ものでした。

  5日にリラの精を踊った喜入依里さんは、演技、踊りともに頼りなく、演技ではカラボスの楠元さんに完全に食われていたし、踊りも不安定でした。こんなにひ弱で威厳のカケラもないリラの精に、なぜカラボスが負けるのか不思議でした。バレエ団の人材育成のためのキャスティングだったのかな。

  今日の公演でリラの精を踊ったのは大森結城さんでした。待ってました、という感じで安心して見ていられました。長身でポワントで立つと迫力があり、常に優しい穏やかな表情を浮かべながらも、カラボスに対しては厳しい表情になって、毅然とした態度でカラボスに対峙します。演技も踊りも凛としていて、リラの精はこうでなくては、と思いました。

  萱嶋みゆきさんは森の草地の精(プロローグ)、伯爵夫人(第二幕)、白い猫(第三幕)を踊りました。萱嶋さんは伸び盛りなのでしょうか。踊りがとても丁寧で安定していました。白い猫はもう当たり役ですね。コケットな仕草と表情が堂に入っていました。

  王子に思いを寄せているらしい伯爵夫人の演技も良かったです。さりげない体で王子に秋波を送り、王子にやんわりと拒まれた後、顔をやや上向けた権高な表情でさっさと歩きながら、去り際にちらりと王子を見て、それから乗馬用の鞭を苛立たしげにぴゅっ、と振る仕草が「わっ、この女プライド超高!」という感じでナイスでした。

  小野絢子さんは、5日はフロリナ王女、今日は魔法の庭の精を踊りました。小林紀子バレエ・シアターの団員というよりは、新国立劇場バレエ団の主役級ダンサーというほうが分かりやすい小野さんですが、やはり新国立の舞台で場数を踏んだ、そして主役を何度も張った経験がそうさせるのか、はっきりいって別格のすばらしさでした。

  出てくると思わず注意が向いてしまう輝きを持ち、落ち着いた微笑みを浮かべている表情は観ている側に安心感を与えます。そして、なんといっても踊り方が他の女性ダンサーたちとはまったく違いました。両腕の動きはしなやかで、見せ方を心得ているというか、緩急とメリハリを巧みにつけた両腕の動きが美しかったです。足や脚の動きもすばらしく、テクニック的に安定しているのに加えて、常に余裕を持って、充分にためを置いていました。それに、超美人です。

  私が個人的に応援している大和雅美さんも同様にすばらしかったです。大和さんは黄金の蔓草の精とダイアモンドを踊りました。どちらのヴァリエーションも見事でした。彼女はきっと音感の良い人なのでしょうね。小野さんと同じく、両腕の動きは角度的にもきれいだったし、また音楽のツボをきちんと押さえていました。

  鳴く小鳥の精を踊った志村美江子さんも、一歩間違うと阿波踊りになりかねないあのヴァリエーションをきれいに踊りました。私はあの踊りを見ると、あまりにおバカな振付に噴き出しそうになるのが常なのですが、志村さんの両腕の羽ばたきと両足の細かい動きが小気味良くて、今回ばかりは噴き出しそうになりませんでした。ほんとに鳥みたいで、なんとなくハチドリを連想しました。
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