『オネーギン』を観てきました(2)

  本日29日のシュトゥットガルト・バレエ団公演『オネーギン』を観てきました。実は、最初に買ったのは今日のチケットだったんです。昨日のチケットは、先週『眠れる森の美女』を観に行ったときに会場で衝動買いしたものでした。

  オネーギンはジェイソン・レイリー、タチヤーナはスー・ジン・カン、レンスキーはマリイン・ラドメイカー、オリガはアンナ・オサチェンコでした。

  ジェイソン・レイリーによるオネーギンの人物像は、私にとってはあまり深みが感じられないというか、ただ単に傲慢な俗物に見えました。

  もちろん、オネーギンは「傲慢」で「俗物」なのだと思いますが、レイリーの演技は、いかにもお約束的に「傲慢で冷たい」オネーギンで、表面的に演じているようにしかみえず、深みがなくて底が浅い印象を受けました。

  ただ、レイリーのパートナリングには、昨日のイリ・イェリネクよりも好感が持てました。ちゃんと相手の女性ダンサーによく注意を払い、その体勢が整うのを待ってから、次のサポートやリフトに移っていました。

  ここでひとつ補足しておきたいことがあります。昨日のイェリネクについての描写を読むと、イェリネクがまるで演技だけのダンサーのように思われてしまうかもしれません。

  イェリネクは踊りも非常によかったです。ただ、「遅れてやって来た思春期パワー爆発しまくり」的な他の若い男性プリンシパルたちと比べて、派手な大技やテクニックを売りにしているのではないらしい、というだけです。少なくとも、英国ロイヤル・バレエ団の大部分の男性プリンシパルたちよりは、イェリネクのほうがテクニック的に全然上です。

  今日の公演で、私が最も注意を引かれたのは、タチヤーナ役のスー・ジン・カンでした。ほっそりした長い手足に白い肌、それがよく映える美しい黒髪を持っています。また彼女はとにかく演技がよく、特に少女時代のタチヤーナと成長してからのタチヤーナとでは、表情も雰囲気もまったく違っていたのには唸りました。

  タチヤーナがまだ少女である第一幕と第二幕では、スー・ジン・カンは自信なさげな、内気らしい、頼りなげな風情です。しかし、大人の女性となった第三幕では、落ち着いた態度で貴婦人らしい華やかな微笑を浮かべていました。第三幕の最後のパ・ド・ドゥでは、明らかに少女時代とは異なる、一人の大人の女としてオネーギンへの愛に悶え苦しむ表情をみせました。

  スー・ジン・カンの踊りもさすがの貫禄というか余裕というか、昨日タチヤーナを踊ったアリシア・アマトリアンほどの身体能力はないようですが、踊りに磨きぬかれたような輝く艶がありました。一つ一つのポーズや動きが安定していて美しく、安心して見ていられました。

  また、スー・ジン・カンは「サポートされ上手」、「リフトされ上手」でもあると思います。昨日のイリ・イェリネク&アリシア・アマトリアンのペアでは、イェリネクがアマトリアンを(時に強引なほどに)引っ張っている印象を受けましたが、今日のジェイソン・レイリー&スー・ジン・カンのペアは、ふたりの踊りのタイミングが合っていて、バランスよく調和している感じでした。

  第一幕最後の「鏡のパ・ド・ドゥ」で、ジェイソン・レイリーが駆け込んできたスー・ジン・カンを受け止めてそのまま振り回すリフト、第三幕のパ・ド・ドゥで、レイリーがスー・ジン・カンを投げ上げて落とし、彼女の両の脇の下に腕を差し込んで受け止めるリフトなどは、あまりの美しさに本当に息を呑みました。

  第三幕のパ・ド・ドゥでのスー・ジン・カンの演技は、非常に見ごたえがありました。威厳ある表情で机に座っていたタチヤーナが立ち上がり、その足元にオネーギンが倒れこんで、それから両腕を広げ、タチヤーナを包み込むように抱きしめようとした瞬間、無表情だったタチヤーナが目を大きく見開きます。

  タチヤーナは目を見開き、こわばった表情で、オネーギンを突き放しつつ踊りますが、次第に目を潤ませ、情熱的な笑いを浮かべて彼と踊るようになります。

  最後に、タチヤーナは自分の感情を無理やり押さえつけて、オネーギンに出て行くよう命令します。オネーギンが逃げ去った後、タチヤーナは天を仰いで、顔をくしゃくしゃにし、口を大きく開けて慟哭します。オネーギンがタチヤーナを失ったのと同じように、タチヤーナもまたオネーギンを失ったのだ、とよく分かる悲痛な表情でした。しかし、彼女は嘆き悲しみながらも、それでも両手のこぶしを固く握りしめます。

  レンスキー役のマリイン・ラドメイカーもよかったですが、彼の踊りを見て、昨日のレンスキー役だったフリーデマン・フォーゲルが、いかにすばらしかったか分かりました。反対に、今日のオリガ役のアンナ・オサチェンコは、昨日のオリガ役だったカーチャ・ヴュンシュよりもよかったです。オサチェンコが踊るたびに、彼女のポーズや動きは美しい、と強く感じました。

  今日はオーケストラの調子が昨日よりもよかったです。昨日も今日みたいだとよかったのですが。

  今日の舞台には、昨日ほど過剰に感動はしませんでしたが、やっぱり『オネーギン』はいい作品だなあ、ジョン・クランコはすごい振付家だなあ、と思いました。
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