石原知事と猪瀬副知事、このコンビになった時「大男総身に知恵はまわりかね、小男の身にまわる知恵は知れたもの」と、評したことがある。
大言壮語の大親分石原は、ドンキホーテー並みの手腕を発揮し、誰が何を言おうと突っ走った。その人柄と滑稽さに拍手を送るフアンも多かった。
本業が作家だから、筋書きは面白く、ジョークの効いたなんとも憎めぬキャラクターを持った、顔の利いた大親分だった。
その跡目相続したのが、大政ならぬ小政の猪瀬親分だ。だが、役としては森の石松程度が、次郎長の席に座ったということだろう。
天下分け目の戦い、次郎長の口利きで、助っ人に徳田の大親分を紹介されたのが、うっかり者石松の最期だった。
戦は圧勝し、石松は次郎長親分と肩を並べたと錯覚する。
次郎長がなしえなかった、オリンピックまで手に入れ、まるで世界を縄張りにしたような勢いだった。
ところが猪瀬親分、徳田大親分に十分な“お・も・て・な・し”を受けていたのだ。“栗捨てる”という絶世の深川美人芸者がそばにいたのも、石松、有頂天になったのは無理もない。
※海岸を散歩していて、ふと思い出す。「私は貝になりたい」という映画を。

記者会見も、しどろもどろだ。本業作家もしばらく本を書いていなかったのか、まるで筋書きがでたらめだ。
同じでたらめでも、次郎長親分の比ではない。
外人のような大きな記者団に囲まれ、目が泳いでいる。泳ぐのは目ではなく、今の荒波を泳ぎきらねばならぬのだ。
いっそのこと、背丈の貧乏さを武器に、記者団の股をくぐり抜け、逃走でもしたらうけるのにと、思ったりもする。
酒と旅と釣りを愛した、小説家の故開高健は「小さな説しか思い浮かばないから小説家という」と、謙虚さを見せた。
次期「大江戸の知事」に期待したいのは、その謙虚さだ。
というところで,小さな説ばかり述べる時代小説家になった私は、夢から覚醒したのだった。
今日は、隣の老夫婦のご主人の納骨の日だ。
昨夜から降り続いた氷雨も、上がった。
生前予約されていた葬儀委員長は、札幌行きのため、やむなく葬儀屋の社長に代役をお願いし、挨拶の文面も渡しておいた。
今後は、一人残されたおっかさんの見回りの回数も多くなる、小江戸町まわり役の私だ。
大言壮語の大親分石原は、ドンキホーテー並みの手腕を発揮し、誰が何を言おうと突っ走った。その人柄と滑稽さに拍手を送るフアンも多かった。
本業が作家だから、筋書きは面白く、ジョークの効いたなんとも憎めぬキャラクターを持った、顔の利いた大親分だった。
その跡目相続したのが、大政ならぬ小政の猪瀬親分だ。だが、役としては森の石松程度が、次郎長の席に座ったということだろう。
天下分け目の戦い、次郎長の口利きで、助っ人に徳田の大親分を紹介されたのが、うっかり者石松の最期だった。
戦は圧勝し、石松は次郎長親分と肩を並べたと錯覚する。
次郎長がなしえなかった、オリンピックまで手に入れ、まるで世界を縄張りにしたような勢いだった。
ところが猪瀬親分、徳田大親分に十分な“お・も・て・な・し”を受けていたのだ。“栗捨てる”という絶世の深川美人芸者がそばにいたのも、石松、有頂天になったのは無理もない。
※海岸を散歩していて、ふと思い出す。「私は貝になりたい」という映画を。

記者会見も、しどろもどろだ。本業作家もしばらく本を書いていなかったのか、まるで筋書きがでたらめだ。
同じでたらめでも、次郎長親分の比ではない。
外人のような大きな記者団に囲まれ、目が泳いでいる。泳ぐのは目ではなく、今の荒波を泳ぎきらねばならぬのだ。
いっそのこと、背丈の貧乏さを武器に、記者団の股をくぐり抜け、逃走でもしたらうけるのにと、思ったりもする。
酒と旅と釣りを愛した、小説家の故開高健は「小さな説しか思い浮かばないから小説家という」と、謙虚さを見せた。
次期「大江戸の知事」に期待したいのは、その謙虚さだ。
というところで,小さな説ばかり述べる時代小説家になった私は、夢から覚醒したのだった。
今日は、隣の老夫婦のご主人の納骨の日だ。
昨夜から降り続いた氷雨も、上がった。
生前予約されていた葬儀委員長は、札幌行きのため、やむなく葬儀屋の社長に代役をお願いし、挨拶の文面も渡しておいた。
今後は、一人残されたおっかさんの見回りの回数も多くなる、小江戸町まわり役の私だ。