(英題:THE MAN STANDING NEXT )韓国の現代史に疎い観客にとっては分かり辛い箇所が多いと思われるが、映画で描かれた時代と“登場人物”たちに関する知識が少しでもあれば、興味の尽きない作品になるだろう。また、こういう硬派な題材が取り上げられ、それがまたヒットしているという彼の国の映画界に比べれば、残念ながら邦画界は後れを取っていると思わざるを得ない。
1961年の軍事クーデターの成功から1年後、韓国では北朝鮮の工作員対策としてKCIA(大韓民国中央情報部)が創設された。本部の所在地名から通称“南山”と呼ばれ、国民に恐れられていた。また、KCIAのトップである部長は大統領に次ぐ権力を有していた。ところが79年に、アメリカに亡命していた元部長パク・ヨンガクが下院議会聴聞会で韓国大統領のパク・チョンヒの腐敗を告発する。激怒した大統領は現部長のキム・ジェギュを米国に派遣し、真相を探らせる。
一方、大統領府ではキム部長は警護室長のチャ・ジチョルと何かと対立していた。その確執は、釜山で勃発した反政府勢力による大規模デモに対する政策をめぐって頂点に達する。79年10月にパク・チョンヒ大統領を暗殺したキム・ジェギュを描いた、キム・チュンシクによるノンフィクションの映画化だ。
当然のことながら、キム部長を“大衆を弾圧しようとする大統領府に対して、抗議の行動を起こした正義漢”のような描き方はしていない。結果的に青瓦台の暴挙に刃向かうことにはなったが、犯行の動機は政権内での覇権争いである。また、米国との関係を重視したキム部長が、在韓米軍の存在を無視したまま突っ走る大統領に対して危惧の念を抱いたことも大きい。そして、情報機関のボスらしく冷酷非道な工作を企てたりもする。
だが、そんな主人公に感情移入してしまうのは、キム部長の造型が巧みであるからだ。若い頃は理想に燃えて軍事クーデターに荷担したが、かつての同志であるパク・チョンヒは政権トップに就くと、勝手な振る舞いをするようになる。政府内では汚職が多発し、対外関係も危ういままだ。それでも、自身が現政府を立ち上げたという自負はあり、そのディレンマに苦悩する。彼が大統領と酒を酌み交わし、日本語で“あの頃は良かった”と呟くシーンは、歴史の重さを感じさせて実に印象的だ。
ウ・ミンホの演出は骨太で、弛緩する部分は無い。ハイライトの暗殺場面は史実通りに作られているらしいが、迫力満点だ。主役のイ・ビョンホンの演技は圧巻で、アクションシーンも含めて存在感たっぷりだ。イ・ソンミンにクァク・ドウォン、イ・ヒジュン、キム・ソジンら脇の面子も良い。事件に於ける日本との関係も示唆され、興味の尽きない快作だ。