元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「線は、僕を描く」

2022-11-19 06:24:00 | 映画の感想(さ行)
 水墨画という稀有な題材を取り上げていながら、内容は平板で陳腐。劇的な展開も、目を奪うような映像モチーフも見当たらない。キャラクターの掘り下げはもちろん、各エピソードの扱いも不十分。すべてが安手のテレビドラマ並に奥行き感が無い。聞けばけっこう高評価だというが、この程度の完成度のシャシンが持ち上げられること自体、日本映画を取り巻く状況のヤバさが垣間見える。

 滋賀県の大学に通う青山霜介は、アルバイト先の絵画展設営現場で展示予定の一枚の水墨画を見て衝撃を受ける。その絵のあまりの訴求力に涙さえ流してしまう彼だったが、その縁で大御所である篠田湖山に弟子入りすることになる。くだんの絵の作者は湖山の一番弟子であり実の孫娘である千瑛であり、霜介は彼女と出会うことによって益々水墨画にのめり込んでゆく。砥上裕將の同名小説の映画化だ。

 本作を観る前は、少なくとも水墨画の神髄の片鱗ぐらいは披露してくれるのだろうと思っていたが、実態は違っていた。たとえば、霜介が師匠から墨の刷り方に対してダメ出しされる場面があるが、具体的に何がどう不十分なのかは詳しくは示されない。そして水墨画の基本的テクニック、どのような技巧を施すと斯くの如くヴィジュアルに反映されるのか、それに関しても平易な解説は省かれている。

 湖山をはじめとするその道のアーティスト達の、水墨画に激しく傾倒している狂気じみたパッションも表現されていない。単に水墨画はドラマの“小道具”として扱われるだけだ。それでもかつての弟子であった西濱湖峰のパフォーマンスはスクリーンに映えるが、湖峰の境遇についてはほとんど言及されていない。千瑛の両親がどうなっているのかも不明。

 霜介には水害で家族を亡くすという辛い過去があり、それが水墨画へのインスピレーションに繋がっているとのモチーフを持ってくるが、いくら何でも牽強附会に過ぎるだろう。かと思えば、霜介の友人達が大学で水墨画サークルを立ち上げるといった、どうでもいいネタは挿入される。小泉徳宏の演出はキレもコクも無く、やたら説明的なセリフが多いのには脱力する(良かったのはエンドロールの水墨画ぐらい)。

 主演の横浜流星をはじめ、清原果耶に細田佳央太、矢島健一、富田靖子、江口洋介そして三浦友和と、キャストはほぼ危なげないパフォーマンスを見せているだけに不満が残る出来だ。ついでに言えば、目新しいテーマを掲げたことだけで賞賛されてしまう邦画界の状態にもやるせない気分になる。
コメント
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