元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「夏、至るころ」

2020-12-25 06:29:25 | 映画の感想(な行)

 青春映画の佳作だと思うが、特筆すべきは本作が極端に年若い監督のデビュー作である点だ。はっきり言って、ベテラン監督の手による作品でも、これより劣る映画はいくらでもある。しかも作風は正攻法で、新人にありがちな気負ったケレンはほとんど見られない。これならば、今後機会さえあればさまざまな題材をこなせそうである。

 福岡県田川市に住む高校3年生の大沼翔と平川泰我は幼馴染み同士で、ずっと一緒に和太鼓を叩いていた。だが、夏祭りを前に泰我が受験勉強のために太鼓をやめると言い出す。何でもそつなくこなす泰我を羨ましく思い、それまで彼の行動を追って生きてきた翔は動揺する。翔は初めて自身のことを考え、人生とは何か、幸せとは何かについて模索し始める。

 そんな時、2人は翔の祖父の友人で、ペットショップ店長の親戚筋の若い女と知り合う。彼女はミュージシャンになりたくて高校も出ずに上京し、いろいろやってみたが上手くいかず、失意のうちに故郷に戻ってきたのだ。翔と泰我は彼女と過ごすうちに、将来の自分たちについて思いを巡らせる。

 主人公たちの設定は悪くない。泰我は如才ないように見えて、本当に突出しているものは持っていない。反対に翔は、一見ダメな奴だが実は天才肌で、得意科目については他の追随を許さない。そんな、互いに相手にコンプレックスは持っているが自身についてはあまり見えていないという、若い時分にありがちな交友関係を自然なタッチで描いているのはポイントが高い。

 劇中にはクセいセリフが目立つのだが、そこは筑豊弁のオブラートに包み込んで違和感を払拭させている。また、バックに流れる和太鼓のリズムがドラマにメリハリを与えている。クライマックスになる夏祭りでのパフォーマンスの盛り上がりも大したものだ。

 本作の監督は女優でモデルの池田エライザ(96年生まれ)である。自身の体験を元にした筋書きだと言うが、映画では普遍性を持たせた設定に昇華させているのには感心した。また、長廻しや手持ちカメラなどの技巧を駆使していながら、これ見よがしなスタンスに陥ってはいない。そして何より、本人が(エキストラでしか)出ておらず演出に専念しているのは見上げたものである。

 主役の倉悠貴や石内呂依、さいとうなりといった若手は健闘しているし、リリー・フランキーに原日出子、高良健吾、杉野希妃などの脇の面子も機能している。今井孝博のカメラによる、ノスタルジックな田川の街の風景、崎山蒼志の主題歌も好印象。
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