ぶちょうほうの画(え)日記(一語一画(え))

亭主「ぶちょうほう」の身の周りのいろいろな風物を「画(え)日記」ふうに綴っています。

6/24日 葦毛湿原と背後の稜線歩き その3:山の斜面を登って行きます。暑い!あつい!

2014-06-30 07:12:06 | 草花
山の斜面に取り付き、登り勾配を歩いているうちに汗が噴出してきます。

始めのうちは杉・桧の木立の木陰の空間を自由に歩けましたが、稜線に来ると、今度は藪漕ぎとなって、サルトリイバラの通せんぼに遇います。
持参の剪定バサミで邪魔するものをチョキチョキと切りながら牛歩していきます。
このあたりで発汗量は尋常のレベルを超えてきています。

夏の山歩きは汗がお友達ですね。 藪から出たところで、長袖シャツを一枚脱ぎました。
速乾肌着もその威力を発揮する暇が有りません。そのまま着替えること無しに歩いていきます。

オオバトンボソウ ↓

オオバトンボソウの茎が萎びて、これでは花がつけられません。虫の所為なのかそれともビールス性の病害なのでしょうか。この草ではこういう姿を良く見ます。



ヤブコウジ ↓

ヤブコウジのつぼみが品良く色づいてきています。



ソヨゴ ↓

ソヨゴが青い実を突き出しています。



コクラン ↓

今回はコクランの花も目当てにして来ましたが、どの株も未だつぼみの状態でした。



マムシ ↓

コクラン探しをしていると、緩慢に動くものがあります。マムシには今年初めての出会いですね。
カメラを構えるまでにはゆっくりした動きなのに頭部が隠れてしまいました。


ヒトツバ ↓

風通しの良さそうな岩場にはヒトツバがビッシリと着いています。


豊橋市街 ↓

稜線上でたまに見晴らしの得られる場所に出ます。ここからは豊橋・蒲郡方面が見渡せました。



ネジキ ↓

ネジキの花はここではもう終わっていました。



ミヤマシキミ ↓

支稜線歩きの詰めの部分で、樹陰にミヤマシキミが出て来ました。もう青い実は大きくなっています。
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6/24日 葦毛湿原と背後の稜線歩き その2:モウセンゴケ コバノトンボソウ 目当ての花は終わっていた

2014-06-29 07:18:15 | 草花
今回葦毛湿原に出かけてくる前にラン科のトキソウに出会えるものと予測していました。
しかし、その予測は裏切られてしまい、その目当ての花を見ることが出来ませんでした。

帰りにもう一度湿原に立ち寄り、偶然、この湿原に詳しい方に行き会いましたので、そのことを尋ねると、花の時期が終わっているとのことでした。
花の時期に合わせて出かけてくることの難しさを感じる瞬間でもあります。
しかし、そのお方に出会えたことによって、新しい知識を注入していただけた部分もあります。

そのへんのことについてはシリーズの後半部で出せると思います。
この記事では湿原内でめぼしい収穫が得られませんでしたので、もうひとつ西にある、人の立ち入ることが少なくなった寂れた湿原を訪ねることにし、そのあたりをレポートいたします。

湿原内の木道 ↓

湿原内は植生回復の措置が執られていて、木道の両側は今まで見慣れてきた湿原とは様変わりしています。



モウセンゴケ ↓

湿原の常連のモウセンゴケも少しだけ勢いを取り戻してきているようです。帰りにもう一度この場所に来たときには、モウセンゴケの花も咲いて来ていました。朝が早いと花が咲かないのですね。



カンアオイ ↓

カンアオイの印象的な紋様を持った葉の一部が欠けていますが、これはギフチョウの幼虫の餌になったあとでしょうか。



茶畑 ↓

木道のある湿原をあとにして、第二湿原を目指して林の中に入りましたが、道が不明瞭で行きつけません。已む無く一旦林の外に出てから、勝手のわかっている茶畑あたりから入り直しをします。



ゴンズイ ↓

林に再突入する際に林縁でゴンズイの若い実を見かけました。




ヨツマタモウセンゴケ ↓

第二湿原をやっと探し当てましたが、そこは丈の高い草が席捲していて、まるで様変わりしてしまっています。ここにはもうトキソウもカキランも見当たりませんでした。
これでは秋に咲くはずのウメバチソウも見ることが出来なくなってしまったのでしょうね。
これが”自然”の行き着く姿なのでしょうね。
そんな中で誰かがお節介にも持ってきて植えたヨツマタモウセンゴケだけは居残っています。
これは外来種ですね。



コバノトンボソウ ↓

湿原内で奇跡的に残っていたコバノトンボソウです。これが他の草に負けて消滅するのは時間の問題のようです。



コバノトンボソウ ↓

最後になるかもしれない撮影のチャンスです。名残惜しくこだわります。



防空壕跡か? ↓

第二湿原をあとにして山に潜り込むことにしました。まずは平らな部分から山体に入るわけですが、その平地に穴が残っています。
戦時中にこのあたりにたくさん防空壕を掘ったと聞いていますので、これもその残骸でしょうか。
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6/24日 葦毛湿原と背後の稜線歩き その1:一年ぶりにカキランを見る

2014-06-28 06:30:16 | 草花
24(火曜)日に早起きして豊橋市郊外の葦毛湿原と背後の山を歩いて来ました。
天気は悪くはなかったのですが、薄いミルクのようなもやが掛かっていて遠くまではとても視界が届きませんでしたが、そんなときに限って、矢鱈に蒸し暑くて、早くも熱射病寸前にまで追い込まれてしまい、予定していた行程の三分の一程度で切り上げて山を下りて来てしまいました。

暑さ対策とは言っても、具体的にどういうことをしたら対策になるのか・・・・最近は検討がつかなくなって来ました。
1.水分を多めにとる。(水+ジュース+ミカン+ゼリーを摂取)
2.幅の広い帽子を被る(円形のつばのある厚手の登山帽を着用)
3.塩分を取る(食塩を持参し、舐めている)
4.首の背後に日を当てない(スカーフを巻いている)
5.汗を出す(汗は普通に掻く体質です)
6.肌に日を当てない(長袖・長ズボン)・・・・等々このすべてのことをやって山を歩きましたが、それでも熱射病寸前になってしまいました。 あとは強い日差しの中を歩くことに慣れるしかないような気がします。
何かその他に「これは・・・」と言うような決定打がありましたら是非ご教授願いたいものです。

葦毛湿原とその背後の山を歩いたその時の模様を、6回に分けてレポートしていきます。

駐車場から始まる湿原へのアプローチ ↓

朝の6時半少し過ぎに駐車場に付きましたが既に先着の方が居るようで車が3台あり、その他に自転車が2台とまっていました。
ストレッチを軽く済ませて歩き始めます。



溜池 ↓

歩き始めの右手にため池があります。今回は水鳥も見えずに静かなものでした。



湿原手前の広場 ↓

駐車場からアプローチの林道を10分ほど歩くと湿原入口の広場に付きます。
広場には季節ごとに咲く花を分類して、看板にて写真付きで案内しています。



湿原入口 ↓

今回は回り込んで西側の入口から入りました。



ハンゲショウ ↓

入口に早速ハンゲショウが出て来ました。これは10年位前から突然見るようになった花です。
どなたかが余計なことをしたのでしょうね。本来ここに無い物を無闇に持ってきてはいけません。



カキツバタ ↓

カキツバタの花が未だ咲いていますが流石に草臥れた姿のように思えます。



カキラン ↓

今回はカキランをたくさん見ました。おそらく30年くらい昔はこういう姿だったのでしょうが、近年は数が少なくなっていました。
ところが最近植生回復作業とかいうものをやっていて、こういう植物が甦ってきているようです。



ネズミサシ ↓

そうかと思えば土がなければ育たないような、こういった樹木も湿原内で生育しています。



サワシロギク ↓

夏から秋に湿原内で咲くこの花ももう咲き出して来ています。






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6/17 三河の鳳来寺山 その7(最終):高徳不動にお参りし、尾根を登り返して下山。

2014-06-27 06:54:37 | 草花
芭蕉の句碑 ↓

♪こがらしに岩吹きとがる杉間かな♪ 

と芭蕉の句が刻字されているようですが、風化が進んでいて判読不明です。
そのためにもう少し下の方に同じ句の石碑が建立されています。

句作は元禄4年(1691年)芭蕉48歳のときで、一説に拠るとこのときの彼はひどい痔だったようで、その痛みに耐えかねて石段の登り始めのところで上まで行くのを断念し、宿に戻ったそうです。
運悪く、宿泊客が大勢居たために布団が満足に彼に回らず、已む無くお弟子さんたちがあたりの家々を奔走して布団を借り出してきたそうです。

その時のもう一つの句も残されていて
♪夜着ひとつ祈り出して旅寝かな♪

と言う句にその情景が現われているように感じました。



石段の始まり ↓

このところから1425段あると言われる石段のぼりが始まります。小生たちは途中から下りてきていますので、あそこが石段下りの終点と言うことになります。



ヨウラクラン ↓

鳳来寺名物の石段から離れて、民家やお店が建ち並び、今度は車も入って来られる参道の途中に弁天様が祀られています。池のほとりの大木にヨウラクランが着生して微細な花を垂れ下げています。



高徳不動への道 ↓

やがて参道とも別れを告げ、(気まぐれな山行ですね。)また山の尾根に登り返すべく、山裾の人家を通り抜け、畑の中の道に入っていきます。



ガクウツギ ↓

道の両脇にガクウツギが出て来ました。



ガクウツギ ↓

ある場所ではガクウツギがあたり一面に埋め尽くされています。



ガクアジサイ ↓

そんな中でガクアジサイも出てきます。装飾化の花びらはガクアジサイでは4枚、ガクウツギでは3枚ということになっています。(勿論例外も混じります。)



ウツギ ↓

数は少なかったですがウツギの花も見かけます。



木橋 ↓

途中で道が分岐しますが、道標がないため、迷いを生じつつも、こういう建造物があるからにはこれが本道に違いない・・・・とか思い込みながら進んで行きます。



高徳不動 ↓

程なく目的とした高徳不動に付きました。この場所の由緒は不明です。
なのに霊験あらたかということだそうです。



イモリ ↓

お不動様の前に清浄水とされた水溜りが有り、そこにはイモリ君が水中を我が物顔で動いていました。明石家さんまの子女は「いまる」だったかな、とか脈絡のないことを思ったりします。大分疲れがたまってきたようです。



利修仙人 ↓

尾根を登り返して朝来た場所にまたやって来ました。こう書くと何の問題もないようですが、実は途中の道しるべが全くナンセンスなものであり、それが原因して、あらぬ方向に歩いたりしました。中途半端な案内によって、命の危険に曝されるようなこともありうるわけで、下手な善意で矢鱈に貼りものはしないようにして欲しいものです。



下山 ↓

朝は意気揚々と歩き始めたこの立体式高層墓地に、薄暗くなって戻って来ました。



歩行数 ↓

時間の割には歩行数が伸びていないのは、途中で出逢った草花に沢山の時間をかけて向き合ってきた証拠ですね。
良い汗・・・・と言うよりも大汗を掻かせてもらいました。

鳳来寺山のレポートを閉じます。 お付き合いいただきましてありがとうございます。
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6/17 三河の鳳来寺山 その6:馬の背尾根を降りて仁王門まで。始めは不明瞭で険阻な道

2014-06-26 06:53:27 | 草花
今回は鳳来寺の本堂の脇の石段を登り、山頂方面に登り返します。
そして、山頂の少し手前から馬の背尾根の下りになりますが、その取り付き口が判りにくくて、その上にそれから先の道が大変険阻にして不明瞭であり、これはお勧めできる道ではありませんでした。
二人して、一所懸命道探しをしながら、モタモタと下っていくことになりました。
ここで思わぬ時間を使ってしまったようです。
山頂直下の取り付き口から下り始めて、やっとのことで一般登山道に合流し、それを使って参道の仁王門まで下るのに要した時間は、100分も掛かってしまいました。

その部分のレポートをしていきます。

勝岳不動 ↓

齢308にして自分の寿命を悟った利修仙人が、お供の三匹の鬼に「自分と共に死して鳳来寺の守り神になるように」諭し、鬼の首は寺の本堂の下に埋め、仙人自身はこの岩屋で入寂したそうです。
ここでは大岩から水のしずくが、細く間断なく滴り落ちていて、ペットボトルに水を満たすことが出来ました。



六本杉 ↓

今このあたりで見えている大杉はこの一本だけで、かつては七本の大杉が聳えていたそうですが、いまは往時の七本勢揃いした光景をしのぶよすがはありません。利修仙人はこの七本の杉のうちの一本を使い薬師如来像を彫り上げて、それが鳳来寺の本尊になっていると言う言い伝えがあります。
それ以来残された杉を六本杉と言うようになったということです。



奥の院まで ↓

奥の院まで未だ登りは続きます。奥の院に着くと、建物は見るも無残に荒れ果て、崩れ落ちていました。とても写真に撮る気持ちは起きませんでした。



参道入り口方面を鳥瞰 ↓

奥の院裏手の岩から鳳来寺参道(の入り口方面)を鳥瞰出来ました。
高度差は400mを超えています。



ササユリ ↓

その岩の元にササユリが咲いています。これが本日見る最後のササユリだったかもしれません。



下山取り付き点 ↓

馬の背岩に下りるその取り付き点探しはかなり難航するかと思っていましたが、
比較的アッサリと始めのワンチャンスで見つけることが出来ました。



シライトソウ ↓

その道に立ち入るや否や、シライトソウが回りに薄く群落を作って出迎えてくれています。
小躍りして、カメラを構えます。
しかし、このあとから道は不明瞭になり、時々道が途絶えたりして、赤リボンの目印と、GPSの情報を最大限活用しながら、緊張の山道くだりを続けることになります。
この後は踏み跡が不明瞭で、二人して道を探しながら歩き続け、約50分ほどして一般登山道と合流するまでは、かなりの緊張を強いられました。



馬の背 ↓

岩のむき出しになったやや細い稜線が有り、これ合馬の背と言うようですが、短い距離ですし、恐怖を感じるまでもありません。ここまで来ればもう安心です。向こう側に崩れかけた東屋が有り、ここで休憩を入れることにします。



ネジキ ↓

花の付いたネジキにやっと出会いました。登る途中でも見ていますがそれは花の末期のものでした。



山頂方面 ↓

山頂方面を仰ぎ見て、お別れをします。



イチヤクソウ ↓

花は付いていませんがイチヤクソウの株を見つけました。



ナベワリ ↓

尾根のこちら側でも、またナベワリを見ました。



馬の背尾根の取り付き口 ↓

参道の石段に合流しました。ここが馬の背尾根の取り付き口になります。



仁王門 ↓

馬の背尾根取り付き口のすぐそばに、徳川家光建立(完成は四代将軍家綱のとき)の仁王門があります。



仁王様(金剛力士像)↓

これは阿形ですね。一度だけこの場所に真夜中に一人で来たことがあります。懐中電灯の明かりに照らし出された仁王様の憤怒の形相・・・特に目玉の迫力は抜群でした。小さい子供なら引き付けを起こしそうだと感じましたね。
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