ぶちょうほうの画(え)日記(一語一画(え))

亭主「ぶちょうほう」の身の周りのいろいろな風物を「画(え)日記」ふうに綴っています。

6/17 三河の鳳来寺山 その1:玖老瀬(くろぜ)から利修仙人コースを登っていく

2014-06-21 06:34:39 | 草花
今回歩いた東三河の新城市にある鳳来寺山は、標高695メートルの旧火山であり、天竜奥三河国定公園の一翼を担っていて、国の名勝及び天然記念物に指定されてもいます。

また、声のブッポウソウ(仏・法・僧)として知られるコノハズクの飛来地でもあります。
(このことからこのコノハズクは愛知県の県の鳥に指定されています。)
しかし、残念なことに近年ではコノハズクの「ブッポーソー」と鳴く声は聞けなくなっているようです。

今回梅雨の合間の17日に、この山を訪れたのはこの地方で「ホウライジユリ」として特別の名前で呼ばれているヤマユリを見たかったからでしたが、残念ながらそれを見ることは出来ませんでした。
季節が早すぎたのか、それともイノシシに食い尽くされたのかそのどちらかでしょうが、折角それを見に来たのに出会えなかった残念さを補って余りある花巡りの成果を7回に分割してレポートしていきます。

鳥瞰図(カシバードによる描画) ↓

赤線部分の一番左側のところに車を置いて、時計回りで歩いています。



実行図 ↓

これも同じく左端から時計回りで歩いています。(GPSの軌跡を転写)
登りに使う道を利修仙人コースといい、この山の開祖とされる利修仙人が祈祷を行った場所を通り、山の最高地点に到る道となります。



断面図 ↓

登り返しが二度あり、小生的には大変暑い思いをしました。これからは夏の低山の辛さを味わうことになります。



駐車地点 ↓

高層住宅みたいな墓地の前に車をとめます。



旧豊橋鉄道田口線の軌道跡 ↓

歩き始めのところに遊歩道のような広い道があります。これは昭和43年に廃線となった豊橋鉄道田口線の線路跡です。



ヤマアジサイ ↓

登山道に入ると山の斜面に早速花が出て来ました。



ヤマアジサイ ↓

この季節は似たような花でガクウツギもありますが、それは尾根の向こう側でたくさん見ました。



ナベワリ ↓

ナベワリは花が終わっていました。



ツルアリドオシ ↓

ツルアリドオシは丁度花の盛りで、このほかの場所でも何度か見ています。



植林帯 ↓

針葉樹の植林帯にしばらくの間はお付き合いしていきます。あたりに花も出てこなくなり、やや陰鬱な感じがします。



コナスビ ↓

スギの落葉の間からコナスビの可愛い花が見えています。



天然記念物の境界杭 ↓

国の名勝及び天然記念物の境界を示す杭が打たれています。側面には文部省と彫られています。



利修仙人護摩所 ↓

行く手に大岩の岩屋が出て来ました。こちらで頭上の岩を屋根にして利修仙人が修行したあととみなされている場所です。(利修仙人について新城観光協会の記述を以下にコピペします。)

利修仙人は、山城国に生まれ、この山に移り住み、霊木7本杉の1本から鳳来寺本尊となる峯薬師如来をつくりました。
その後、百済の国で仙術や仏教を学び、鳳凰に乗って帰国し鳳来寺山中に3匹の鬼を従えて住んでいたといわれています。
文武天皇が病にかかられたときには、鳳凰に乗って都に行き、祈祷によって天皇のご病気を治したため、大宝3年(703年)に天皇からお礼に寺を立てられ、この寺を鳳来寺と命名し鳳来寺が誕生したとされています。(引用終了)



名号二種類 ↓

利修仙人は西暦570年の生まれで、没年は878年・・・・つまり308歳まで生きていたことになります。 
その利修仙人の護摩所の左に石碑が建っていて、それには妙法蓮華経と南無阿弥陀仏の二種類の名号が刻まれていました。
コメント (4)
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