ぶちょうほうのさんぽみち(旧名:「気ままに野山」)

亭主「ぶちょうほう」の歩き回りで見た、身近にある風物や、野山の景色などをお楽しみください。

1/13日 奥三河の三ツ瀬明神山(下の段=最終記事):三ツ瀬明神山の展望台からの眺望を楽しみ、中道を通って山を下りて行く。

2019-01-16 07:05:11 | 草花
三ツ瀬明神山の山頂に着くと、そこには鋼鉄製の立派な展望台が出来ています。
山の頂上にこのような人工の建造物を建てることには賛否両論があることは十分に承知していますが、小生はこの展望台には大賛成であります。
ここに登って眺める山岳景観はなかなかのものがあります。
今回は富士山はどうしても見ることが出来ませんし、中央アルプスは雲に邪魔されていました。
しかし、幽かな見え方でしたが、加賀の白山を視認できたことは大きな収穫でありました。

鋼鉄製の展望台 ↓

山頂に着くと、そこには鋼鉄製の展望台があります。



明神様 ↓

山頂にはこの山名の由来である明神様が祀られています。ここにお参りします。



山頂名板 ↓


さて、鋼鉄製の展望台に登って行きます。


大鈴山 ↓

展望台の上から見られた景色を以下に並べていきます。
大鈴山は展望台手前の灌木に邪魔されて、こんな見え方しかしていません。



恵那山と大川入山 ↓

最奥の左が恵那山で、右は大川入山になります。
大川入山の手前で、右側の山は愛知県で一番標高の高い茶臼山です。



中央アルプス ↓

この山塊は雲に邪魔されています。



仙丈ヶ岳

南アルプス北部の仙丈ヶ岳から以下右にカメラを向けていきます。



北の3000m峰 ↓

北岳と間ノ岳そして塩見岳も見えています。



南アルプス中南部の重鎮 ↓

荒川・赤石・聖の3000m峰は雲に邪魔されています。



光岳方面 ↓

それよりも南部になると雪が見えません。



加賀の白山方面 ↓

目を北に転ずると、白山方面も幽かに見えていました。



東栄町方面 ↓

眼下に東栄町の町並みも視界内にありました。

結局この日は富士山が見えることはありませんでした。
山頂から下りて行くことにします。



乳岩峡への分岐点で昼食 ↓

山頂直下の急斜面を下り切ったところ、分岐点のそばに腰を下ろして、昼食休憩をします。



中道 ↓

分岐点から山肌を巻いて、いくつもいくつも尾根を乗り越していきます。目指すは来るときに通った鬼岩乗越です。この道は「中道」といって、ここを選んで歩いたことを後悔したくらい長い道のりでした。



剥離 ↓

木が根こそぎ剥がされています。



西峰が見えた ↓

樹間から西峰がチラリと見えました。




シキミ ↓

この中道ではシキミを時々見かけました。



鬼岩乗越 ↓

来た時に通過したこの場所に戻って来ました。



鬼岩 ↓

通り過ぎる時に岩の上の方でしたでしょうか? 人声が聞こえたような気がしました。



炭焼きの窯跡 ↓

これはかなり大規模の炭焼き釜だったようです。その代償と言うべきなのでしょうか、このあたりには針葉樹の植林ばかりがあり、照葉樹は随分数が少なくなっていました。



乳岩(ちいわ)周回路入口 ↓

本来はここから右に入り、天然記念物の乳岩をぐるりと一周してくるつもりでいましたのですが、時間が押してきていましたので、それを割愛しました。



乳岩峡の出口 ↓

15時32分にこの場所に戻ってきました。
駅まで約2.4kmで40分の道のりが余っています。電車の時間まであと28分しかありませんので、速足プラスランニングで時間に間に合わせることにしました。




三河川合駅 ↓

時間に間に合って駅に着き、電車待ちのうちに写真を撮る時間もできました。



電車の入線 ↓

切符は前日のうちに往復乗車券を購入してあるので何の支障もありません。



豊橋の付近で夕焼け ↓

綺麗な夕焼けを電車の中から撮りました。



電車から降りて自宅に戻る途中空には、月齢7.1の月が、明るく輝いていました。
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1/13日 奥三河の三ツ瀬明神山(中の段):上部の鬼岩から胸突き八丁経由馬の背岩まで

2019-01-15 07:04:32 | 草花
「鬼岩」は登山道沿いにありますが、上下二つに分かれて聳えています。
最初のバカでかい岩を通り過ぎてから2-3分歩いたところにもう一つの「鬼岩」があり、そちらはロッククライマー仲間内ではどうも「ハイカラ岩」と呼んでいるようです。

オーバーハング ↓

その「ハイカラ岩」を横目に見て進みます。こんな風に覆いかぶさるところでも道具さえあれば攀じることが出来るのですね。



鬼岩乗越 ↓

支稜線上に着きました。ここを鬼岩乗越と言います。つまり向こう側からもここに通じているわけで、復路はその向こう側からここまで歩いてくるつもりでいます。
往路はここで右折して、やや細い岩稜上の道を進みます。



イワナンテン ↓

日陰の岩にイワナンテンが着いていました。



胸突き八丁 ↓

胸突き八丁という傾斜のきつい坂道を30-40分ほど辛抱して登ります。



胸突き八丁の頭 ↓

やがてその傾斜も終わるときが来ます。胸突き八丁の頭でヤレヤレとなります。



鳳来湖 ↓

眼下に鳳来湖がチラっと見えます。宇連ダムとも言いますが、雨の少ないこの冬です。
貯水率はこの時点で63.6%に下がっていました。



合流点 ↓

支稜線をもう少し詰めると主稜線と合流します。この場所に921mの標点が置かれていて、三ツ瀬道と合流します。 残る標高差はおよそ100mほどしかありません。



ヒメイワカガミ ↓

やや起伏の多い岩稜を進んでいきます。この冬は雪も雨も少ないようで、この山に入ってから出るまでに、雪も氷も霜柱もひとつも見ることがありませんでした。
岩稜上に紅葉したヒメイワカガミが出てきました。



馬の背岩の鉄梯子 ↓

この鉄梯子を登り岩上に躍りだします。



馬の背岩 ↓

左右の両側がスッパリ切れ落ちている馬の背岩の上に出ました。
ここからの眺めは抜群ですが、足元が頼りないのが辛いところです。



鳳来寺山・鳳来湖・宇連山 ↓




鳳来湖 ↓

やはり水位が大分下がっていますね。



西峰 ↓

アンテナのある明神山西峰が聳えて見えます。



弓張山と城山 ↓

2-3年前に歩いたところを眺めます。



蛇峠山 ↓

恵那山と大川入山から続く山です。 恵那山と大川入山は、ここからですとちょっと姿勢が危なくなりますので、山頂からゆっくりと眺めることにします。



中央アルプス ↓

中央アルプスには雲が着いていました。



仙丈岳 ↓

南アルプス北部の仙丈岳が薄く見えていました。



南アルプス北部の峰 ↓

北岳・間ノ岳・塩見岳の3000mを超える峰々が見えています。



重鎮たち ↓

中南部の重鎮たちも雲に邪魔されながらも、何とか見えています。



本宮山 ↓


吉祥山 ↓

身近な本宮山や吉祥山も霞んだ中でどうにか見つけることが出来ました。


馬の背岩を後にします。


アセビ ↓

なおも続く岩稜上で蕾をつけたアセビを見つけました。



コウヤボウキ ↓

ほほけた穂綿のコウヤボウキも出てきました。
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1/13日 奥三河の三ツ瀬明神山(上の段):往復JRを利用して忙しく行ってきました。 鬼岩まで

2019-01-14 13:38:43 | 草花
昨日、奥三河の三ツ瀬明神山を歩いて来ました。奥三河には明神山が二つありますので、それぞれに代表的な登山口の名前を付けて、三ツ瀬明神山と平山明神山と呼び分けています。

運転免許証を返納したことによって、車の運転が出来なくなりましたのでJRを使った行程を立てました。
自宅から豊橋まで東海道本線、豊橋から三河川合まではJR飯田線・・・・・これを往復します。

場所 ↓


実行図 ↓

南から歩いて北上し、反時計回りで戻って来ました。

断面図 ↓

標高差は850mとちょっとありました。

山体(カシバードで描画) ↓

雨生山から眺めるとこういう風に見えています。



切符 ↓

切符は前日(1/12日)駅まで行って購入しておきました。


当日は一番電車に乗って豊橋方面を目指します。

豊橋駅手前で黎明 ↓

豊橋駅手前で夜明けが近づき本宮山が綺麗に見えていたので、電車の中から撮りました。



夜明直前 ↓

弓張山系の方が赤く燃えだしています。


豊橋で飯田線の各駅停車に乗り込みます。 


三河川合駅着 ↓

登山口に近い三河川合駅に着いたのは午前八時半頃のことでした。小生の山歩きパターンとしては極めて遅い時間になります。
ここから登山口までまだ40分ほど歩いて行きます。



鳳来東小学校 ↓

道が良く判らないので、この日は休校なので問題ないと判断して校庭を横切って行きます。



飯田線の踏切 ↓

飯田線の線路を越えていきます。



橋を渡る ↓

川の向こう側に渡ります。



川の中 ↓

雨が少なくて水量が僅かですが、この川の特徴が良く判ります。川底は一枚の広大な岩盤なのです。
水面に小生の影を写しました。



道端の地蔵尊 ↓


弘法様境内のたくさんの地蔵尊 ↓




乳岩(ちいわ)峡の登山口 ↓

午前9時を過ぎているのでたくさんの自動車が駐車しています。この中にはロッククライマーの車も相当混じっていると見ました。
登山道の途中にある「鬼岩」という、地面から屹立していて、高さが50m以上はありそうな大岩が恰好のロッククライミングのゲレンデになっているそうです。



乳岩(ちいわ)峡 ↓

清澄な流れの岸辺は大きな一枚岩が敷かれています。ここを歩いて行きます。



流れを渡る ↓

この石橋を渡って行きます。



ここから登山道 ↓

石橋を渡ったところから本格的な登山道が始まります。



乳岩周回路入口 ↓

登山道から左に離れると天然記念物の「乳岩」を周回する道がありますが、今回はそちらには入らずに、登山道を真っ直ぐ歩いて行きます。



登山道 ↓

勾配はややきつくなり、それがしばらく続きます。



一服岩 ↓

「一服岩」と表示のある場所に来ましたが、小さな岩があるだけで、それに腰かけて一服しようという気にはなりませんでした。



登り切っても沢を跨ぐ ↓

登りはもう終わったと思える場所に、広い沢が出てきました。この冬は雨が少ないので、水は地面のくぼみに溜まっている程度でした。



鬼岩 ↓

道の左手にバカでかい岩が屹立しています。手前の木が邪魔をしていて、全容を写すことが出来ませんが、圧倒的な存在感で迫ってきます。 
岩の下にはロッククライマーの荷物が置かれていて、人影はありませんでした。もう岩上にたどり着いているのでしょうか。



ミヤマシキミ ↓

鬼岩は二か所に分かれていて、もう一か所も登山道の脇にあります。そちらに向かう時、ミヤマシキミの実を見つけました。
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1/11日 知立方面ウォーキング 知立神社と弘法山 遍照院(弘法様)にお参り

2019-01-12 10:17:05 | 草花
昨日は、天気が良いので、午後からウォーキングで知立方面を歩いて来ました。
歩き始めは団地の高楼で遠くの山並みを眺めることから始まりましたが、最遠点として目指すのは知立神社であり、そこからの帰途に弘法山 遍照院(弘法様)にも立ち寄ることにしました。

歩行実行図 ↓

最南端から時計回りで歩いています。歩行数は2万歩に少し足りませんでした。
歩行距離は14km弱でした。



団地の14階建て ↓

内部にエレベーターはもちろん設置されていますが、山に親しむ人間のサガとして、毎度のことですが外部階段を必ず歩いて登ることになります。



外部階段 ↓

奥の丸い突起が外部階段のある場所で、地上から数えて212段目が14階のフロアーになります。



木曽御嶽 ↓

時刻が午後1時43分と遅いので、山並みは霞の中に見えています。



中央アルプス ↓

これが朝の7時半頃なら最高の見え方をしていたかもしれません。



恵那山 ↓

ここのところいつも、恵那山はこんな見え方ですね。



伊吹山 ↓

伊吹山も薄っすらとしか見えていません。

今回は歩いて目指す場所が、もっと遠くにありますので、山岳景観の楽しみは切り上げて、高楼から下りて行きます。


高架の下 ↓

大きな円筒状の橋げたが何本も連なっています。上の道路は国道23号です。



新幹線 ↓

すぐそばに新幹線の軌道があり、待っていると上りの電車が疾走してきました。



知立古城跡 ↓

平安時代から戦国時代にかけて、神職で豪族の永見氏の居館が始まりとされ、戦国時代にはこの城を巡り、今川義元、織田信長、徳川家康の名前が錯綜します。
1699年の地震で建物は倒壊して、現在は跡地があるだけです。
石碑には「明治天皇駐蹕地」とありますが(「駐蹕」=ちゅうひつとは、天子が行幸の途中で、一時乗り物を停めること。)その詳細は不明です。



知立神社 ↓

知立神社に着いたのは、午後3時20分のことで、そぞろ夕日が気になる時間帯となっていました。
この神社の旧称は「池鯉鮒大明神」。江戸時代には「東海道三社」の1つに数えられた・・・とあります。
社伝では、第12代景行天皇の時に東国平定に赴いた日本武尊が当地で戦勝を祈願し、平定後の帰途に感謝して建国祖神4柱を祀ったのが創建といわれます。


多宝塔(国の重文) ↓

wikiより引用 ↓
室町時代後期の永正6年(1509年)の再建とされる。三間四方の2層の塔で、塔高は約14.5メートル、屋根は柿葺、四隅には宝珠を置く。社伝では嘉祥3年(850年)に円仁が神宮寺を建立した際に2層の塔を建立したというが、現在の遺構はその後の再建になる。明治元年(1868年)の廃仏毀釈の際には、本尊(愛染明王)・仏壇を塔内から除いて文庫に改めたため、難を逃れている。その後、大正9年(1920年)の解体修理で復元された。なお、塔内にあった本尊は現在総持寺にある。この多宝塔は、神宮寺の遺構を伝える全国でも珍しい例とされ、国の重要文化財に指定されている。



お焚き上げ ↓

絵馬やお札、正月飾り、お守りなどを焼くようです。この時も火がついていました。



拝殿 ↓

ここでお詣りをします。



阿形 ↓


吽形 ↓

拝殿前には狛犬が鎮座しています。吽形の方は一本角なんですね。



扁額 ↓

鎌倉時代のもので、薬研彫り(刻んだ谷間がV字型になり、立体感が良く表される彫り方)にて「正一位智鯉鮒大明神」とあります。「池」鯉鮒ではなくて、「智」鯉鮒とあるのが、(重要な社名なのにもかかわらず)表記が揺れていて不思議ですね。 愛知県指定文化財になっています。



芭蕉の句碑 ↓

神社の西側には芭蕉の句碑があります。
「不断堂川 池鯉鮒の宿農 木綿市」(ふだんたつ ちりゅうのしゅくの もめんいち)と読むそうですが、意味がよく分かりませんし、秀句のようにも思えませんでした。ただし、往時の池鯉鮒宿の風物や雰囲気は出ているのかもしれません。



二宮尊徳像 ↓

小さな尊徳像を木陰で見ました。

これにて知立神社を後にします。


弘法様 ↓

今度はお寺詣りになります。三河及び近在の人からは知立の「弘法様」と言われて、かつて毎月の縁日には特急電車も出るほどの賑わいであったこのお寺は、正式名称を「弘法山 遍照院」といいますが、今でも誰もが”弘法様”と呼んでいます。



念ずれば花ひらく ↓

境内に坂村真民の筆跡で「念ずれば花ひらく」の石碑があります。



本堂 ↓

本堂に向かって歩を進めます。



祭壇 ↓

お参りします 合掌。



四季桜 ↓

境内には四季桜がチラホラと咲いていました。

これにてすべての訪問が終わり、家路につきます。
日が落ちて、薄暗くなった17時02分に帰宅しました。
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1/10日 闇苅(くらがり)渓谷の入口まで自転車行 往復するだけで精一杯

2019-01-11 08:37:57 | 草花
昨日は朝遅い時間出発で、片道40kmほど先の闇苅(くらがり)渓谷の入口までを往復してきました。
出来ることなら、そこから本宮山を歩いて往復したかったのですが、それだけの余力はとても持ち合わせていなくて、単純に自転車で往復して来ただけの結果に終わりました。

往きに安城市、岡崎市を走り、そこからカントリーロードを走行して、登り勾配に苦しみながら目的地について、そこで遅い昼食をとり、帰りはそのカントリーロードを経由して国道一号を走り、戻ってきました。

最後の部分では前照灯を点し、バックライトは赤色灯を点滅させて走り、総距離84kmになっていました。
途中で、向かい風の洗礼を受け、足が攣ったりして、なかなかハードなサイクリングでありました。

位置図 ↓


走行図 ↓


断面図 ↓

これだけの登りがあったのですから、筋肉負荷があっても当然でしたね。



渡橋 ↓

岡崎市に入ったところで、矢作川に架かる渡橋を通ります。前方に桑谷(くわがい)山と遠望峰(とぼね)山が横たわります。



猿投山 ↓

橋の上から遠くの山の眺めがかなり得られます。それを左から順番に並べます。まずは猿投(さなげ)山。



木曽御嶽 ↓

木曽御嶽も幽かに見えています。



恵那山 ↓

恵那山は手前のビルに視界を妨げられていました。



本宮山 ↓

これから向かう闇苅(くらがり)渓谷はあの本宮山の岳麓にあります。



矢作(やはぎ)川 ↓

川の水面の真上に来ました。



砂地に氷 ↓

流れのほとりの砂を見ると、そこには氷が着いています。この日は随分寒い一日でした。

橋を通り抜けていきます。


ヤドリギ ↓

岡崎市内を走り抜けて、いよいよカントリーロードに入り、登り勾配の道を進みます。この先は20kmほどあります。 途中でヤドリギを見ます。



藪の中に違和感 ↓

道端に藪が出て、その真ん中に獣道のようなものがついています。自転車を下りて、その道に入って見ました。背後に金網フェンスが見えて来ました。



わなを仕掛けてあるらしい。

すると、大木にこんなものが貼ってありました。どうやら野生動物によって付近の作物を食い荒らされているようですね。仕掛けを見つけることはできませんでした。土中に跳ね上げ式のものが埋めてあるのでしょうか。
これについてこりんさんからコメント欄に貴重な情報を頂きましたので、それをそのまま下へコピペ致します。
(以下コピペ部分です。)
”罠は、くくり罠と言います。獣の足が隠れている場所を踏めば、輪っぱ状のワイヤーが足をくくり付けるようになっています。”



目的地到着 ↓

長く続いた登り勾配を息も絶え絶えに登り、目的地までたどり着きました。
ここまで実走行で38kmの道を3時間かかってしまいました。

元気が残っていれば本宮山の山頂を目指すところですが、そんな余力はとてもありませんので、ここで引き返すことにします。
駐車場内に休憩施設がありますのでそこで遅い昼食をとり、帰りの道に臨みます。

帰り道ですが、来るときに登り勾配で苦労した分だけ、楽が出来ます。しばらくの間は自転車を漕がなくてもどんどん進んでいきます。


新東名道路の橋げた ↓

来る時にはやり過ごしてきた景色ですが、余裕があるので止まって撮って行きます。



カラスウリ ↓

来る時とは違う道に入ると、こんなものも見ます。


国道一号に入り岡崎市内を走ります。

岡崎城 ↓



城の入り口には大きな門松が飾られていました。
お城はこじんまりしたもので、夕空に浮かんでいました。



矢作川 ↓

矢作川にさしかかります。橋の上から川の様子を眺めます。
今度の橋は矢作橋で、来るときの渡橋よりも2.6kmほど上流に掛かっています。
この橋は日吉丸(=のちの木下藤吉郎・豊臣秀吉)が蜂須賀小六と出会ったことになっているあの矢作橋で、右岸の橋のたもとには日吉丸が蜂須賀小六の持つ槍の柄をつかんでいる石像が置かれています。



夕日 ↓

矢作橋の上から夕日を眺めて、あと10kmほど先の我が家まで走って行きます。
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