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『たけくらべ』の人々 その6  田中 優子

2015年09月21日 00時17分16秒 | 古典
 『たけくらべ』の人々 その6  田中 優子

 長吉は、鳶の頭を父親にもつ。鳶職は高いところで仕事をする職人のことだが、江戸時代ではそれ以上の意味がある。火消しのリーダーが鳶の頭なのである。江戸の町火消しは「いろは」で分けられた47組、約1万人の大組織(時期によって変動)で、その各組のリーダーが頭である。水で消火し切れないため、鳶は迅速に家を壊して空き地を作り、類焼を防ぐ作業の中心を担う。自分も命をかけながら、人の家を壊す決定を下さなければならないため、コミュニティの人々から篤い信頼を受けている人物だけが頭になれる。
 江戸時代においては収入や職業とは関係のないところで、このように尊敬を集める人物がいた。そして彼らもまた、人のために生きることに、誇りをもっていた。世間で一目置かれる、という存在である。長吉はその誇りの中に生きる、乱暴で粋な少年だが、明治にあってその存在も誇りも、風前の灯であることはいうまでもない。さまざまな新らしい人間が台頭してくるなかで、長吉は相変わらず「喧嘩をふっかける」というかたちでしか、その相対的な誇りを保てないのであるが、「義に篤い」という性格は受け継がれている。


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