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「一色一生」 志村 ふくみ 

2014年05月03日 01時07分59秒 | 雑学知識
 「一色一生(いっしょくいっしょう)」 志村 ふくみ 著  平成17年

 「日記」 昭和32年3月22日  志村(著者) 32才  黒田 52才

 昨日、清水坂(きよみずざか)の黒田辰秋さんのお宅に伺った。はじめての訪問である。
 出かける前、母が、今まで長い間、苦労してこられた体験をしっかり聞いてくるようにと云った。
黒田さんは長い間、木工家として世に出ず、貧乏暮らしであったが、
どんな貧乏の中でも仕事の節を曲げず、芸に精進された方だと常々母から聞いていた。

 昨年やっと、その辛苦が実って、拭漆欅棚(ふきうるしけやきだな)が朝日新聞賞をうけた。
私は母と日本伝統工芸展でその棚を拝見し、たくまず、堂々としたその風格に感動した。
母は今日までの苦しい生活を知っているだけに、その棚の前で涙を流していた。
「明日のお米がなくても仕事を大切に守ってこられた。奥さんも一緒に守ってこられた」と云う。

 私はこのところ、じりじりと仕事に追いつめられて、何とかこの苦境から脱したいと焦っていた。
老いた父母にこれ以上の負担はかけられない。東京の子供を一刻も早く引きとりたい。
併(しか)し、一枚のテーブルセンターも買ってくれる人はなかった。
収入を得たい。糸を買うお金がほしい。せっぱつまった思いで私は清水坂をのぼっていった。

 中略

 話しにくそうに、ぼそぼそと低い声で話をされるのだが、静かに熱をこめて、
一言一言吟味して絶えることなく話は続いてゆく。
自分の生い立ち、歩んで来た道、柳宗悦先生、民芸運動、工芸、現代作家の道等々、
延々五、六時間にわたって、初対面の私のようなとるに足りない者に、
こんなにも真剣に話して下さってよいのかと、私は勿体無く思いながら、
海綿が水を吸うように、私の中にしみこんでゆくのだった。

 今まで胸の中に濛々(もうもう)と渦巻いていた迷いや焦燥が次第に影をひそめ、
一つの熱いかたまりのようなものが胸にひろがっていった。

 中略

 黒田さんは、「自分のようにわがままで、怠け者で不器用な人間は、
こつこつ仕事をしてゆくしかない。
自分にはこれしかできないのだ。自分の好きなものしかつくれないのです。
仕事は地獄のときもある。生活は苦しい。
だから、私はあなたにこの仕事をしなさいとすすめることはできない。
ただ、あなたがこの道しかないと思うならおやりなさい。
まず、自分の着たいと思うものを織りなさい。先のことは考えなくていい。
ただ、精魂こめて仕事をすることです。云ってしまえば、誠実に生きることです。
『運、根、鈍』とはそういうことです。
何年も何年も、黙々とひとりで仕事をつづけてゆけるか、中みがよっぽど豊かで、
ぬきさしならぬことでなければ続かないものです」。
黒田さんの話は尽きることなく、次第に熱を帯びてきたが、気が付いたら夕闇が迫っていた。
帰りがけ、清水さんにお参りして家路についた。

 汽車を下りたら猛烈な吹雪で一寸先もみえなかったが、私はその中を走りながら、
「仕事をしよう。仕事をしよう」と叫んでいた。


 黒田辰秋(くろだ たつあき)1904年9月21日 - 1982年6月4日、京都府生まれ。漆芸家、木工家。
刳物(くりもの)、指物などの木工と乾漆(かんしつ)、螺鈿(らでん)などの漆芸で知られる。
1924年(大正13)頃に河井寛次郎の講演に感銘を受け、柳宗悦らの民藝運動に加わる。
1970年(昭和45)「木工芸」の重要無形文化財保持者(人間国宝)。

 志村 ふくみ(しむら ふくみ)1924年(大正13年)9月30日 - )日本の染織家。
紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)、随筆家。
草木染めの糸を使用した紬織の作品で知られる。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
誠実に生きる (MAYU)
2014-05-07 00:40:10
GWも終わり、やっと生活が戻りました。
久し振りのコメントです。

黒田辰秋さんという方を、この記事で初めて知りました。
黒田さんが話されている箇所を読んで、
なんだか、どの世界にも共通することがあるなぁと思いました。

「誠実に生きる」っていいですね。
生真面目すぎとか、マイナスな言い方をされることも多いですが、
こだわりは大事にしたいです。

こだわりって、自分が大切にしているところだと思うので。

こだわり続けることが、大変な時もありますが、
それでもこだわりに魅力を感じます。、
返信する
RE 誠実に生きる (akira)
2014-05-07 16:25:36
 >黒田辰秋さんという方を、この記事で初めて知りました。

 志村ふくみさん、黒田辰秋さん、二人とも人間国宝なんですね。
私も白洲正子さんの本を読むまで知りませんでした。

 白洲正子さんはどうも負の世界を知らない人のようで、
私には縁のない人と思っているんだけど、
なんといっても、まわりの人、まわりの物は超一流だから、
一度は読んでおかなくちゃと思って読んでいるんです。

 どの世界でも超一流の人が到達した世界ってどんなものかって興味あります。
言葉で表現できる世界ではないんだろうけど、
片鱗くらいはつかむことができるかと思ってね。

 >こだわり続けることが、大変な時もありますが、
それでもこだわりに魅力を感じます。、

 こだわりって超一流の人たちに共通するひとつのキーワードのような気がします。
これだけは譲れないというものを頑固に守り通す意志の強さとか。
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