民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「僕が色気を感じるとき」 その2 林 望

2015年10月14日 00時51分55秒 | エッセイ(模範)
 リンボウ先生から「女たちへ! 」  林 望  小学館文庫 2005年

「僕が色気を感じるとき」 その2
 
 私たち凡俗の男は、やっぱり、多少スタイルが悪くても、とびきりの美人でなくとも、同じ肌の色をして、同じように小柄で、どこにでもいる「隣のお姉さん」タイプの人を見たときに初めて現実的な意味での「色気」を感じるのである。(中略)
 ところが、その「隣のお姉さん」タイプの人が、どのように自己評価をしているかというと、たいてい、「スタイルが悪い」「顔も垢抜けない」とかいうふうに概して自己否定的で、どうかしてフジワラノリカみたいになりたいものだと思っていたりするのである。
 たぶん、あの花魁道中の中のぽっくりみたいように高い靴を履いて、足の長さを水増しして歩いている若い女たちは、それで15センチほどはフジワラノリカに近づいたつもりでいるのであるが、実際は歩きにくいものだから、変に膝の曲がったぶざまななりでよちよち歩いているじゃないか。はてさて、まことに笑うべきことである。もう分かっていないことおびただしいと言わねばならぬ。
 女が一般的に「色気」だと思っているものに男はそれほど反応しない。
 たしかにテレビを見ていると、胸もとに「谷間」をあらわにした女だの、ハイレグ水着で立っている女だの、たくさん出てくるから、ただ、ああいう凸凹のはっきりした、露出的な格好さえすれば男はそこに色気を感じるものだと女たちが誤解をするのも無理はない。