民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「百姓女 たよ」 木下 順二 

2014年02月26日 00時16分19秒 | 民話の背景(民俗)
 「百姓女 たよ」 木下 順二 1954年 ラジオの朗読台本 (朗読者 山本 安英)

          木下 順二集 11巻 岩波書店 1988年

 「女工哀史」はリメイクしたいと思ってる作品。
それで調べていたら、木下 順二が「女工哀史」という作品を書いているので、
図書館で借りてきた。

「絵姿女房」「女工哀史」「百姓女 たよ」の三つの作品が朗読台本として書かれたようだ。
「女工哀史」はその中のひとつの作品。
意外と短い作品(8ページ)なので驚いた。

 他に、「女工哀史」細井 和喜蔵、「わたしの女工哀史」高井 としを、
の二冊も借りてきて、その分厚さに、なかなか読む気力がわかないでいた。

 借りてきて10日くらいして、やっと手にしたのが木下 順二だった。
そして見つけたのが、以下に紹介する文章。

 「百姓女 たよ」の書き出しから、少ししたところに書いてある。 

 「縁切寺というお寺の話を聞いたのは、たよが まだ少女の頃のことだった。
村一番の物知りのじっさがその話をしてくれた。
その物知りのじっさというのは、顔中一杯切りこんだような深いしわのある、
しかし、てらてら禿げの大入道で、たよたち村の娘が集まっているところへやってきて、
娘たちのもっともはずかしがりそうな話をしては、
キャッキャッと、娘たちを笑わせるのが、何よりの楽しみであるらしかった。
縁切寺の話も、顔をまっかにしてキャッキャッと笑いながら、たよたちは聞いた。

  ― ― ―ええか、何でも若え時に仕込んどいて、これが無駄だというもんはねえだ。
よう聞いて、ようおぼえとけ。

 というのが、そのじっさの決まり文句だった。
そして、さもさも 尤(もっと)もらしく、一大事をこれからうちあけるといったようす(様子)で
話し出すじっさの調子に、たよたちはいつもすぐ乗せられてじっさの顔に目を集めた。」