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「閻魔さまと団十郎」 ネット より

2012年11月25日 00時14分49秒 | 民話(昔話)
 「閻魔さまと団十郎」 (たぶん)ネットより

 むかし、市川団十郎って たいした いい役者が、ふとした病で 死んだんだと。

 生きてるときにゃ、華やかなもんでよ、舞台に ただ立っているだけでも、客をうならしたもんだが、
死んでしまえばなあ、つれも いねえし、ひとりで 寂しいもんだ。
しかたね、三途の川を渡って、うす暗い道を とぼとぼ 歩(ある)っていくと、ふたまた道さ 出たと。
片方の道は 広くて、片方の道は 細いんだと。

 さあて、どっちさ 行けば 極楽だかと、団十郎、手を組んで 思案したと。
そのうち、ひょいと 見たらば、ふたまた道の真ん中に、お地蔵さんが ちんと 立ってござった。
「地蔵さん、地蔵さん、極楽さ 行く道 教えてけろ。」
と聞いたが、地蔵さん、にこにこ 笑うばかりで なんも言わね。

 しかたね、団十郎は 広い道さ 行けば 間違いあんめと、広い道を とぼとぼ 歩っていった。
そのうち、ペカペカ 明かりが見えてきて、やれ 嬉しや 極楽かと 思うたれば、そこは地獄だったと。
あれ、これは まちごうた、引き返すべと思うたが もう遅い。
青鬼、赤鬼に えり首つかまれて、閻魔さまの前さ 放り出されたと。

 閻魔さまは、一段高いところに 冠かぶって、ピカピカ 光る ひたたれ 着て、
シャクをかまえ 目えむいて、ぎょろり 団十郎をにらんだと。
「来たか、来たか、団十郎、娑婆にいた時は 手ふり足ふり、あることないこと うそ八百を、
さもあったることのように にぎにぎしく ぶちあげて、多くの人間を だましおったな。
うそこぎ ゼニ儲けの大罪人。やいやい、青鬼、赤鬼、こやつをちゃっちゃと 針の山さ 追いあげい。」
「へーっ。」

 青鬼と赤鬼は 鉄棒を一突きして、団十郎を引っ立てようとしたが、閻魔さま、急に 気が変わった。
「鬼ども、わしが呼ぶまで あっちへ 行っておれ。じきじきに 取り調べることがあったわい。」

 閻魔さまは 鬼どもを追っぱらうと、さて、小さい声で言ったもんだ。
「だがの 団十郎、わしはまだ芝居というものを 見たことがないんじゃ。いっぺん やって見せれ。」

 団十郎はかしこまって、
「閻魔さまに申し上げます。芝居というものは、こげな低いところではできねえもんでがんす。」
「せば、どこでやるもんだ。」
「客より高いところでねば、だめなもんでがんす。
おそれいりますが 閻魔さま、そこから降りて、わたしと入れ替わってくだせい。」
 しかたね、閻魔さまは 下へ降り、団十郎が 高いとこさ 上がったと。

 すると、団十郎 また言うわけだ。
「まことに おそれいりますども。」
「なにい、まだ つべこべ 申すか。ちゃっちゃと やれい。」
「はえい、だども 閻魔さま、芝居というもんは、こげな 白い着物では やれねえもんでがんす。」
「せば、どうすればええ。」
「閻魔さまの着ている立派な衣装、ちょっとばかし お貸ししてもらいてえんでがんす。」
「せば、わしが裸になるでねえか。」
「なあに、わたしの着物を着ててくだせ。」

 団十郎、わが白い京帷子(きょうかたびら)を脱いで、閻魔さまと取り替えたと。
かぶっている冠も取り替えて、閻魔さまに白い三角の、亡者の印(しるし) つけたと。
すると 閻魔さま、なんだか しょんぼり 見えてきたし、
団十郎のいや 立派なこと、ほれぼれするような 閻魔ぶりで あったとや。

 閻魔さまは くしゃみをして、
「市川団十郎、早くやれ。」

「へえーっ、しからば 富士の巻き狩りのとこ やりましょう。
閻魔さまを 五郎に見立てましての、頼朝公を あいつとめまするは 市川団十郎。
こうれ、青鬼、赤鬼、ここさ まいれ。」

 閻魔さまはあわてて、
「これ、鬼どもを呼ぶな。」
「しーっ、閻魔さま、芝居の間は黙っているもんでがんす。」
そこへ 呼ばれた 青鬼、赤鬼が 鉄棒ついて やってきた。

 閻魔さま、しぶしぶ 黙ると、団十郎、くわっと 目をむき、
「ここな罪人、娑婆にいた時、手ふり、足ふり、人んどこ だまして ゼニ儲けのだんだん、
許すこと まかりならぬ。鬼ども、ちゃっちゃと 針の山さ 追いあげい。」
それを聞いた青鬼、赤鬼は、はあーっとばかり、閻魔さまの首ひっつかんだ。

 閻魔さま、仰天して、
「これやっ、青鬼、赤鬼、まちがえるでねえ。わしだで、わしが閻魔だてば。」
と、どなりあげたが、鬼は聞くどこでねえ、針の山さ 追いあげてしまったと。

 団十郎が それから 閻魔さまになったもんで、地獄は たいしたいいところに なったてや。

 おしまい