19日のNHK19:30からの「にっぽん紀行」は、福島県伊達市でユースホステル(YH)を今も続けている83歳の女性とそこに愛着を求めて今も通っている団塊世代の人との交流物語だった。集う人たちは「おかあちゃん」といって、今も慕っている。
ユースホステルは、60年代半ばから若者を中心に低料金で利用できる宿泊施設だった。それを利用することによって、旅行は気軽にできるようになった。時代は近代化と経済成長に向かっている時でもあった。すでに廃れてしまったと思っていたのだが、今も在り続けていることに懐かしさをともなってほっとする気持ちになったのだった。初めて出会う人とも心許して交流できる、昭和のよき時代だった。
時代の変化だけでなく原発事故の影響を心配して利用者が激減した。そこで「おかあちゃん」を励まそうと、元若者たちが集い建物のペンキ塗りをした。ユースホステルで出会い結婚したカップルも参加し、ともに歌い旧交を温めていた。その人たちの若者に戻ったかのような歌声と笑顔が印象深かった。もうなくなりそうな光景なのだ。
老女である「おかあちゃん」が朝山に向かって合掌をし、語る言葉が「新年にまた年をもらう」ということだった。自然を愛でその摂理に従って生きる、という日本の伝統的文化を具現する暮らしである。年を重ねる自然の営みをありがたいと思って暮らすという当たり前のことを、わたしに呼び覚ましてくれた。人為的な暮らしで欲望が肥大しがちで、ともすれば自然の摂理を忘れがちな現代にあって、暮らしの中から出てくる言葉は平凡である一言がゆえに、わたしには響いた。
わたしの学生時代には、ユースホステルを利用する旅行が盛んだった。しかしわたしは1度ぐらい泊まった記憶がかすかにあるだけだ。旅行をしなかったのと、特徴としていた夕食後の集いになじめなかった自分をほろ苦く思い出すのだった。
*この記事は、後日遅れてアップしたものです。
ユースホステルは、60年代半ばから若者を中心に低料金で利用できる宿泊施設だった。それを利用することによって、旅行は気軽にできるようになった。時代は近代化と経済成長に向かっている時でもあった。すでに廃れてしまったと思っていたのだが、今も在り続けていることに懐かしさをともなってほっとする気持ちになったのだった。初めて出会う人とも心許して交流できる、昭和のよき時代だった。
時代の変化だけでなく原発事故の影響を心配して利用者が激減した。そこで「おかあちゃん」を励まそうと、元若者たちが集い建物のペンキ塗りをした。ユースホステルで出会い結婚したカップルも参加し、ともに歌い旧交を温めていた。その人たちの若者に戻ったかのような歌声と笑顔が印象深かった。もうなくなりそうな光景なのだ。
老女である「おかあちゃん」が朝山に向かって合掌をし、語る言葉が「新年にまた年をもらう」ということだった。自然を愛でその摂理に従って生きる、という日本の伝統的文化を具現する暮らしである。年を重ねる自然の営みをありがたいと思って暮らすという当たり前のことを、わたしに呼び覚ましてくれた。人為的な暮らしで欲望が肥大しがちで、ともすれば自然の摂理を忘れがちな現代にあって、暮らしの中から出てくる言葉は平凡である一言がゆえに、わたしには響いた。
わたしの学生時代には、ユースホステルを利用する旅行が盛んだった。しかしわたしは1度ぐらい泊まった記憶がかすかにあるだけだ。旅行をしなかったのと、特徴としていた夕食後の集いになじめなかった自分をほろ苦く思い出すのだった。
*この記事は、後日遅れてアップしたものです。
「おかあちゃん」とよばれるおばあさんは、S先生のお姑さんです。
竹下景子が来た!
6時間の滞在時間のうち、2時間はメークの時間だった