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絵本と児童文学

絵本と児童文学、子ども、保育、サッカーなどの情報を発信する

好調日本 ドイツに引き分け

2006-05-31 13:55:23 | サッカー
 早朝4:47キックオフの、ドイツと日本のテストマッチを見ました。ドイツは開催国のため、予選を経ていないだけに貴重な試合であり、格下の日本には勝利をしなければならないのでした。日本は直前のテストマッチに、強豪ドイツと試合が出来るぐらいに国際的に認知される位置にいるのだ、との思いをめぐらして見ました。ドイツとどのぐらい戦えるかで、チームとしてのし上がり状況を見る興味もありました。
 日本は3バックで、予定通りの先発メンバーで臨みました。ドイツのきびしいボディコンタクトと高さを使ったサッカーに対応しなければならないので、オーストラリアとクロアチアといったチームと類似しています。
 日本は、スピードを生かした組織的なプレーと戦況の読んでプレスをかけて、ドイツのペースにさせない試合をしました。前半はドイツがいくぶん優位に進んだが、8回コーナーキックに逃れたのに象徴されるように、とにかくしのぎました。日本は得点にはならなかったものの、3回ディフェンスを崩して枠に入るシュートをしました。
 加地が痛んで交代してからか、レフリー(ギリシャ)がドイツのバックチャージも含んだきびしいボディコンタクトのプレーの反則を取るようになったためか、日本はプレーをしやすくなったようです。
 後半12分高原がシュートを決めました。後方の柳沢からのパスを見て飛び出してキーパを見透かして決めたのでした。ドイツはまえがかりになり集中力と運動力を上げましたが、20分に、高原が右からの駒野からのクロスをゴールエリア付近受け、バックス二人抱えながらも切り返しでかわして、得点しました。高原の得意な位置と角度からの、シュートでした。
 勝たなければならないドイツとしては、選手交代をしたりいっそう攻撃的なサッカーをしました。それに対応する日本は、激しい攻撃にさらされながらのディフェンスでした。ドイツにフリーキックを与えてしまい、29分右のペナルティーエリアから5メートルぐらいの位置からのフリーキックをヘッドでの得点を許しました。35分には、左の中央よりの位置からのフリーキックをワンタッチで決められました。いずれもセットプレーからの得点を許したのでした。
 2点を返して引き分けに持ち込むのは、さすがドイツでした。
 セットプレーに対応するディフェンスとファルをしない等の課題は残ったものの、日本は好調でよく戦ったと見てよいでしょう。ディフエンスが崩されたわけではないし。ドイツの攻撃は後半も5本のコーナキックを与えるぐらいで、何とかしのいだのでした。
 日本はFWを大黒と玉田に替えて、最後まで攻撃的サッカーを貫きました。見ごたえある、力の入った試合でした。
 日本は前回W杯よりチームのレベルが上がっているし、コンデションもいいようだし、本番が楽しみになりました。


デパートでの読み聞かせはどうだったか

2006-05-27 10:05:51 | 絵本と児童文学
 8日(月)のデパートでおこなわれた世界絵本展では、子どもへの読み聞かせをしました。絵本ナビは株式会社なのだが、事務局長という肩書きの30歳代の金○秀×氏が、30分ほどしたのです。
 わたしは気づかれず、かつ不審者と思われないように距離をとって聞いたのでした。

 不特定な子どもや親を相手にしている体験からか、子どもや親といった対象への話しかけには力を注いでいました。その相互応答型の感覚は、十分感じ取ることができました。しかしそれは、絵本の言葉と内容を伝えるというよりは、説明にウエイトが置かれているようでした。子どもに受け入れられねばとの思いで、反応が気になっていたのでしょう。とくに対象の子どもが2、3歳児ぐらいだったから、ということもあります。
 ところでなぜ説明的かというと、ストリーの内容に即した語りではなく、それとは無関係に途中で止めて、子どもに話しかけていました。これではむしろストリーの世界に入り込めません。
 それに声を登場者にそって区別をしないため、ゾウとして出した声がそのうちカメになったりするので、子どもは混乱しただろうと推察しました。これは声をどう出すかということに、意識がいっていなかったようでした。
 登場者のキャラクターにそった声をつくって出さなければならない、ということを意味しているわけではありません。登場者の会話の際にそのキャラクターになってみる、その他のストリーの進める言葉ぐらいの、気持ちの切り替えぐらいは必要ではないか、ということです。
 それにこのような読み聞かせの場合、プログラムビルディングが重要ですが、それも構想されているようには思われませんでした。
 絵本の作品に対しての深い解釈、そして不特定を相手にする場合大道芸的に対象者を「つかむ」表現・演技もあったほうがよいのです。ある期間でも子どもを対象にした仕事の経験をしていないようので、無理からぬことを思いました。
 相互応答型の感覚があるのを中核にあるので、読み聞かせの技は磨かれていくことでしょう。相互応答感覚は語りで重要であり、体験を重ねて獲得していくしかありません。

 このように綴りましたが、批判のための批判をしたわけではなく、この事例から読み聞かせに必要な事柄を、読み取ってもらいたいためです。それは同時にわたしの読み聞かせの技を磨くことの参考にしているのでもあります。こんな機会を逃さず、子どもの立場になりきって聞いては、自分の学習にしています。
 学生や親向けの講座の際の親の読み聞かせを聞いて、その人の良さを引き出すアドバイスをすることがありますが、それは自分自身を向上させるためにおこなっていることです。

社会不安障害、という病気があるそうな

2006-05-26 11:05:43 | 子ども・子育て・保育
 わたしは初対面などの人に、「社交的タイプ」に理解されてしまう場合があるらしい。たしかにそう取られがちな振る舞いをするようだが、これは大いなる誤解である。世俗的にいうところの「あがり症」「恥ずかしがりや」…それに「人見知り」、もっとある「緊張症」、おまけに「引っ込みじあん」であると自己認識している。
 しかし人の前で話す、あるいはコミュニケーションを必要とする仕事を、ずっと続けているのである。

 22日(月)のNHKの「おはよう日本」の特集では、わたしの性格のような状態を強く症状として発生するのを、社会不安障害という病気であると紹介していた。動悸や発汗などの症状もともなうという。かつては性格と思われていたが、脳の扁挑体という部位の病気がその症状を引き起こし、フルボキサミンという薬によって治療が可能という。
 もっとも事例として出ていた人は、面接が出来ないためにそれを避けて、必要としない進路を選択する、といったことだった。その人は薬による治療で回復に向かっているという。また、大勢の人たちが聞いているシュミレーション映像を見るなどを繰り返す、心理療法の治療も有効だということだ。

 わたしは物心ついたときから、そんな自分の性格傾向を自覚していた。母にもそんな性格について度々言われたことも、自己認識に確信を持たせた。しかし世間で必要なことは避けない、あるいは避けられないことと考えて、人並みにコミュニケーションをするようにしてきた。
 自分の気質は変わらないものとして、「あがり症」や「人見知り」などは根底にはもちつつも、性格や行動様式は変えられると思って、これまでの様々な工夫と体験の蓄積をしたためか、行動で困ったり行き詰まったりすることはない。
 ただし、わたしのこのような性格傾向からと思われる、行動がある。例えば立食パーティのとき他人と交わろうとして出向かずに、ひとつの所にとどまりがちだ。あるいはパーティに出なくてよいのなら出席をしない、ということが多い。ただし自分が主催する立場、あるいは研究会等で司会などをすることが多い。役割をこなすわけだが、性格傾向とは違った次元での自分を発揮しているようである。
 ノンバーバルやコミュニケーション技術に関心があるのは、保育実践の一部を占めるコミュニケーションを技術として一般化したいという考えからである。それは結果として、自分の性格傾向を容認しつつも、人並みにやっていく力を獲得するためでもあるのではないか、と自己分析することがある。実際に自分のコミュニケーション力に、そのノウハウを活用している。

 ところでわたしは、「あがり症」「恥ずかしがりや」などといった性格傾向は、あまり負だとは思っていない。長年の経験から、保育を専攻する学生には、そういった性格傾向の人が多いのではないかとさえ、思っているほどだ。
 そのような性格傾向は、むしろ暗示的表現しか出来ない幼い子どもや引っ込みじあんのような性格の子どもの心を、よく読み取れる可能性をもっているのではないか。あるいは人間の負の部分と思われがちなことを避けないで向き合える傾向があるのではないか、とも思っている。
 保育ではコミュニケーション能力が実践の中核になるといってもいいものだが、それは1年ぐらいじっくり継続的なコミュニケーションである。その蓄積で信頼という関係が築けるのである。元気で目立って通行者の足をも止めさせる大道芸のような、通過するコミュニケーション力だけでは、子どもの発達にかかわる保育実践の蓄積は難しいのである。
 保育は、人形劇や手品といった子どもを注視させる演技・表現をすることに心血を注ぐのであってはならない。日常の生活や子どもの活動にかかわるのを、保育のいとなみの中核にしなければならないからだ。何気ない子どものしぐさを読み取って、柔軟にコミュニケーションを出来るようになることの方が、子どものためなのである。

業績向上のための笑い

2006-05-22 22:08:54 | 生活・教育・文化・社会
 昨日のJヴィレッジには、2万3千人のファンが集まったというから、普段静かな町が大変な騒ぎになったことでしょう。メディアも日本のスターティングイレブンの予想や戦力、対戦相手の選手や監督の談話など内容に移行してきています。
 そのうちクロアチアなどなじみのない国の紹介や対戦相手の戦力に話題が移っていくことでしょう。さらにW杯全体の紹介と開催国ドイツについてと、だんだん各論になって行きます。ニュースショウのコメンテーターと司会者は、サッカーのにわか勉強に迫られます。これが日本サッカーの、いっそうの普及につながっていくことになります。
 わたしは、第1試合である6月10日1時から(日本時間)のドイツ-コスタリカから決勝の7月10日の3時から(日本時間)まで、世界最大のスポーツの祭典であるW杯を楽しむ1カ月としたく思っています。とはいっても生活リズムを崩したくないので、ライブで見るのはわずかで、多くはVTRになります。

 昨日のNHKスペシャルは「笑いがビジネスを変える」というテーマで、笑いを職場に取り入れることで業績を向上させる、という内容でした。
 モデルはアメリカの航空会社で、途中参入でありながら業績を上げ続けており、笑いを意図的に取りいれていることが大きな要因ということでした。
 日本のある経営者グループが「笑力研究会」というのを作って、笑いを職場に取り入れて、ビジネスを変えようと取り組んでいる様子が紹介されていました。「笑力研究会」のリーダーの会社は、電話によるサービス業務で派遣やアルバイト等雇用が中心でした。笑いを取り入れてから職場への定着率が向上した、といった成果が紹介されていました。

 笑いはすでに、糖尿病などの病気で薬では改善できないある部分をも回復されるということが、実証されています。笑い療法士といった資格を作ろうということも試みられています。笑いでも様々な笑いがあるでしょうが、人間にとっての高貴な感情とも言われています。
 業績向上という目的に笑いという感情を利用することに、見えない管理のようなものを感じないわけではありません。人事考課制度、リストラといった不安の多い労働環境で笑いを求められるのもつらいのではないか、といったことを想像してみました。
 笑ってもよい、あるいは笑いの起こる職場でありたいものだ、と思ったのでした。「笑力研究会」のリーダーの表情が、いつも眉間にしわがよっていました。それに笑いの研究会をしているメンバーの表情が、笑いとほど遠い硬いものだったことが気になりました。

絵本とキャラクターグッズ

2006-05-21 15:22:42 | 絵本と児童文学
 雨が続いたし、やっと晴れた昨日は強風でした。今日は薫風で湿度の低い五月晴れ。初夏にふさわしい陽気でした。
 例年ならこの時期は6月より気温が高い日が多く、中学校ではプールを始める学校もあるぐらいです。今年は天候不順のため、そんなわけにはいかないようです。
 樹木は初夏らしく、葉が大きく緑が濃くなってきました。わたしの生活圏で自然を感じられる、テニススクールのコートの周りのたくさんの高木の、ガマズミが白い花をつけました。
 わが家のヤマボウシが白い花が盛りです。この樹は、街路樹に使われることが多くなっている外来種のハナミズキ(アメリカヤマボウシ)と同じミズキ科です。白い花は、花弁ではなく、総苞片というそうです。

 8日(月)に近くのデパートに行ったら、世界絵本展をやっていました。「展」という名を冠していたのに惹かれて、ついでながら立ち寄って見ました。デパートの催しもの会場ということからか、そこは絵本ナビという会社による20あまりの絵本とそのキャラクターグッズの展示・販売が中心でした。
 わたしにとっては、最近の絵本事情のある側面を見るよい機会として、興味深く60分ぐらいついやしたのでした。
 展示例は「ラチとらいおん」「どろんこハリー」「エルマーのぼうけん」「はらぺこあおむし」「マドレーヌー」「あらしのよるに」「リサとガスバール」などでした。他に日本のもので、まだあまり行き渡っていそうもないものが、展示されて驚いたのでした。
 欲しいと思うものもあったし、何かの話題の折に例示したいものもありました。しかし買えませんでした。とにかく値段が高価でした。キャラクタをあしらったバック、コースター、人形、カップ、その他の雑貨、ビデオなどです。
 メモを取りたくてボールペンを買いましたが、マドレーヌがあしらっていたもので682円でした。通常のものの4倍ぐらいの値段でしょうか。はらぺこあおむしの人形で握った手に入りそうな大きさのものやコースターが、1000円ぐらいでした。
 パテント料も含んだ商品化するからくりと販売数等想像してみたが、それにしても高すぎるというのが実感でした。「ボウケンジャー」などテレビキャラクターものより、子どもによい文化財だと思うが、このようなものを購入できる家庭はそんなに多くはないだろうと思ったのでした。それにグッズの購買対象が、子どもではなく大人であるとも思ったのでした。

 さらに、絵本がキャラクターグッズの商品と結び付けて市場を作っていることを目の当たりにして、考えさせられたのでした。現代社会は商品という形で人びとの手に渡るのはいうまでもないのだが、本来の子どもの文化財としての絵本にとどまらず、派生して商品の価値を付加させ市場を拡大する商戦略環境の中に絵本がある現実を、リアルに見る必要があると思ったものでした。
 そういえばすごい売り上げを誇っている絵本作家は、乳児向けのしかけ絵本の技法を商標登録して、その技法はその作家の占有物としました。またある出版社が出した乳児向けの絵本が、先に出版されている作品と類似していると、裁判になっています。他に売り上げのランキングなど、絵本の世界も生臭い話が増えてきています。
 しかし300万部を超える最大の発行部数で、40年以上親しまれている『ぐりとぐら』キャラクターグッズはありませんでした。作者がキャラクーグッズにすることを拒んでいるからです。『ぐりとぐら』にある歌は、20曲ぐらい作られています。あえて著作権を主張せず、みんなの文化であるという考えだと思われます。
 また、絵本から派生して商品を作るのではなく、キャラクターグッズ商品と同時に絵本を作る、あるいはキャラクタを先行させて絵本を作るということもおきてきているでしょう。「ダヤン」「しばわんこ」といった絵本が浮かんだのでした。
 メディアミックス、あるいはコンテンツ産業という環境に、絵本もおかれているということです。
 ところで絵本ナビは、ネットでの絵本とそれにかかわるグッズの販売をしている会社です。おそらく商品開発等のコンサルタントもしているのでしょう。参加者メンバーという形も取っており、2千人を擁しています。

代表選手発表からW杯モードに

2006-05-20 20:25:48 | サッカー
 15日の日本代表発表から、メディアを中心にW杯モードになりました。合宿中のJヴィレッジに、1,300人のファンが訪れたとの報道にその関心の高さに驚いています。24日までの合宿に、ファンのおしかけが続くでしょう。
 これから開始の6月10日1時(日本時間、第1試合)から7月10日3時(日本時間)の決勝までの長期間サッカーのニュースが続きます。テレビのニュースショウなどの番組では、アナウンサーやコメンテーターがサッカーのにわか勉強することになります。

 もっとも盛り上がる、日本の予選リーグの3試合の日本時間での開始時間は、次のとおりです。
豪州戦    12日22時
クロアチア戦 18日22時
ブラジル戦  23日 4時
 22時は現地時間が15時からで4時は21時なので、日本で見やすい時間に組まれています。この3日間はテレビの視聴率は相当なものだろうと思われます。

 代表メンバー選出で、久保(Fマリノス)がもれたことが意外でした。日本のFWとしては、最もすぐれていると多くの人が認めるところです。
 しかし彼は、いつも体の故障をかかえながらの選手生活をしています。ベストコンデションでない選手を、1月以上帯同するのはチームとしてのリスクが大きいので、それを考えて選出しなかったのは、賢明な選択でした。
 久保の代わりに選ばれたわけではないのだが、巻(ジェフ)の選出がもっとも話題になりました。巻はリザーブでしょうが、長身ぞろいの豪州、クロアチア戦のときにいい働きをするかもしれません。
 23人のメンバーを、あまりふれられていない静岡出身者という視点で見ると、今回は4人でした。川口、田中、小野、高原で清水の高校出身です。だんだん静岡で育った選手の比率が少なくなっていますが、まだ17%を占めていて、サッカー王国は健在と見てよいでしょう。

 J2の仙台-草津をテレビで見ました。クラブ基盤の脆弱な草津であるが、植木監督がどのようなチームを作っているか、そして好調の仙台にどこまでやれるか、という関心からでした。
 草津は、植木監督のチームづくりが進んでいるようでした。前半は1-1で見ごたえあるものでしたが、後半は仙台に加点されてから、退場者も出し1-5と散々でした。やはりクラブの総合力の違いが歴然とあらわれました。
 仙台は相変わらずサポーターが多く、この分だと柏と並んでJ1昇格・復帰をひた走っている感じです。

フィリピン人の看護・介護職受け入れ現実に

2006-05-08 07:16:46 | 福祉
 04年11月に、日本はフィリピンと自由貿易協定(FTA)を結んだ。それとの関連で、フィリピンは労働輸出が経済の大きな比重を占めており、日本に看護・介護職の受け入れを期待している。
 フィリピンはすでにアメリカ、カナダへの看護職、台湾への介護職の労働輸出をしている。自国より5倍から10倍ぐらいの収入を得られるので、希望者は多い。高額の賃金を求めて、看護師だけでなく医師も看護師として海外へ行くため、自国の医療の劣化が進んでいる。

 さて、朝日新聞では「<マブハイ>の国から-秒読み介護福祉士・看護師受け入れ」として、7日と8日に連載をした。それによると、早ければ今年中に第1陣が入国ということで、最終調整段階とのことだ。

 わたしはこの問題に関心を持ち、03-12-13の「介護職を外国人もするようになるか?」と04-10-27の「<介護は誰が担うか>の意味するもの」の2回、このコラムでふれてきた。いずれもNHKテレビを見ての、コメントである。
 この問題に注目しているので、新聞での報道もスクラップしている。これまでの情報としては、主として日系の人を、日本の介護福祉士の資格取得を条件にする、フィリピンでの養成がすでに始まっている、受け入れ人数がフィリピンと日本とのずれが大きい、などを得ている。
 ことが進行しているが、介護や福祉の学校や大学で話題になっているとは、聞いていない。またそれらの専門誌(紙)で、どのように問題になっているのか、知りたいところである。
 政府関係者による受け入れ理由は、将来の高齢者人数の増大と看護・介護職不足を上げている。わたしが見るには、不足というより労働条件がよくないので流動的、つまりやめるのが早いという現実があるのだ。
 福祉系の大学と高校はそうとう増加しており、福祉への国民的関心は高いといってよい。しかし政府が財政再建の課題を前面に出しながらの、市場原理政策がセフティーネットである社会福祉にも及び、現場の劣化が進んでいる。そのことが、フィリピンからの労働者を受け入れやすい状況を作っているのでもある。
 経済のグローバリズムが進むなかで、工場の海外移転、日系人労働者の雇用、途上国の人を実習・研修として受け入れなど、多くの産業が80年代から経験している。
 それと同じように、コミュニケーションを中心にした文化を色濃く持っていて、その質は高度な精神性が必要とされる対人援助・看護の福祉や医療が、経済的側面だけで進行してよいか、大いなる疑問である。

 朝日新聞が1面に7日から連載を始めた「分裂にっぽん-しまなみ海道から-」が、福祉・医療で外国人労働者受け入れをした場合の、将来像を指し示している内容である。
 需要増大で好況にある造船業界は、塗装などの労働に中国人実習・研修者の受け入れで対応しているとのことである。造船の近隣諸国との競争あるいはグローバル化のなかで、安値受注をせざるをえない。それへの対応として、低賃金雇用と経営の安全弁として流動的労働者の雇用、という企業文化を作り出している。そのため日本人の溶接工等の労働者の賃金が安く抑えられ、日本のなかに「途上国経済」を作り出しているという。
 
 これからいっそう進む高齢化社会での、介護施設の量的拡大が必要とされる。ところが介護保険制度以降、政府の財政負担を抑える政策を取っているため、すでに低賃金や頭打ちというかたちで現場の労働条件低下が進んでいる。かろうじて良心的献身的に福祉を考える人たちによって、公共的セフティーネットとしての役割を崩壊させないでいるといっても過言ではない。
 フィリピン労働者の個人の能力の問題ではなく、制度としての労働者受け入れが、福祉や医療の劣化に拍車をかけることになっては、われわれの老後の安心と健康が奪われることになりかねない。

 すでに両国間で締結されていることであり、フィリピンでの介護福祉士の養成が進んで期待も大きい。マニラの首都圏だけで03~04年2百カ所の政府認定の介護福祉養成学校が設立されて、多額のお金を支払って学び、日本で働けることを期待している人が多いという。
 日本の事情としては、何人ぐらいが受け入れの許容範囲かを、熟慮しなければなるまい。福祉は、経済のグローバル化のなかにあるわけではない。フィリピン労働者によって低賃金が進むと、介護・医療が働く人の努力ではどうしようもないぐらいに劣化することを恐れる。
 高齢者人口の多くなる日本が、誰もが安心して老いを迎えられるために、この問題を通して良質な介護の社会化について考えてみたいものである。

最近のテレビから-ホリエモンの保釈など

2006-05-07 17:50:09 | 生活・教育・文化・社会
 NHKの夜のニュースが、4月から1時間早くなって21時開始となった。早寝早起き型のわたしにとっては、以前の暮らしがそうだったように、ニュースを見て1日のけじめをつけてから、ゆっくり寝むりにつけるのでよかった。

 27日(木)のNHK21時からのニュースウオッチを見ていたら、ホリエモンの保釈の瞬間を伝えようとして、その場の映像を流し続けた。わたしは興味ないというか不愉快というか、ニュースバリューがあると思えなかったので、途中でスイッチを切った。
 どうやら多くの局が5時ごろから流していたそうだ。テレビ朝日系の報道ステーションは、この映像を流し続けて19.5%(関東地区)の視聴率とのことだ。事件の社会的影響というよりは、時代を映し出しているとも思えるホリエモンという人間への関心が、長時間流させたのだろう。視聴率競争が先鋭化しすぎると、電波の公共性自体が問われなければならないだろう。

 2日(火)のニュースウオッチは、米軍再編の最終合意の報道を、特集として防衛庁の守屋事務次官に長時間(時間をはからなかったが10分ぐらいだろうか)語らせた。インタビュー形式を取っていたが、政府見解をそのまま流しただけである。事務次官が「わたしども」という主語を多用していた。それに苦労の果ての力作かのような、確信を持ったしゃべりぶりが印象に残った。
 政府見解を流す自体が問題とは思わないが、その時間内で解説を加えるかあるいはそれに対する見解のコメントがあってよいのではないか。番組制作上それができないなら改めて米軍再編を検討する番組を作る必要があるのではないか。
 公共放送としてのバランスを保つというのは、物事をあいまいにすることはないので。それがなければ政府の広報放送でしかない。NHKの公共放送という性格からしても、そうあってほしいものだ。


インプレが広がっている

2006-05-05 05:33:26 | 子ども・子育て・保育
 インドア・プレーグラウンド、略してインプレが広がっているとことだ。つまり室内遊び場のことだ。NHKテレビニュースの1分ほどで紹介していた。入場は親子が条件で1時間420円とのこと。
 都市生活者が親子で日常の行動範囲内で、天候に左右されないで遊べるということだが、不審者に遭遇しないで安心して遊べるということも特長としている。
 遊園地が衰退し、ついに子どもの遊びが温室というか、檻の中のようなところでおこなわれるようになった。
 主として幼児が対象のように見えたが、テレビ・ビデオを見る、テレビゲームをする、ゲームセンターなどよりはマシということか。
 このニュースで紹介されたものとは違う会社で、全国展開をしているところがあるとも聞いている。都市生活者の隙間をねらうと、ビジネスチャンスはあるということだ。少子化にあって、少子化だからこそ子どもをターゲットにするコンテンツ産業の可能性あり、ということか。

若者論から見える現代社会

2006-05-04 08:35:05 | 生活・教育・文化・社会
 早朝5時には明るくなったので、春から夏に気候は移っているということ。その時間玄関の気温が10℃なので、ひんやりする。地域の天気予報では、日中は23℃になるとしている。
 昼は半袖が快適ぐらい暑くなり、早朝との気温差が10℃を超えるので、体にはきつい。冬と夏の1日10℃以上の格差とは違う。そんなこともあってか、めずらしく体調を崩している。鼻をかんでばかりで元気が出ないので、そんな時は小説を読むのが無難である。

 CATVの朝日ニュースター20時からのニュースの深層は、今週「若者は今、何を考えているのか」というテーマで連続している。1日(月)韓国、2日(火)米国、3日(水)日本、4日(木)中国、5日(金)フランス、というラインアップである。

 米国については、石井順也(内閣官房内閣事務官)に上杉隆(フリーライター)がインタビューをした。石井は、米国大使館準書記官広報担当とカリフォルニア州にある大学の大学院に留学体験があり、30代前半と思われる。
 日本のポップカルチュアーが、米国の若者に受け入れられている。これについては日本のマンガの浸透、ポケモンの爆発的人気、「かわいい」という言葉がそのまま使われそれに付随したポップカルチュアーが広がっているなど、すでに報道されている。
 わたしが関心を持ったのは、米国では暴力(バイオレンス)とセックスについて厳しく、その基準からカットされている事例についてであった。たとえば「ドラえもん」で、しずかの入浴をのび太が覗く部分はカットされるとのこと。シャワーの場面も駄目だ。日本ではドラえもんは無邪気なものと思われるが、アメリカの基準ではいくつもカットされる部分がある。これと関連することとしては、バイオレンスとセックスの内容によって視聴制限が細かく区分されている、Vチップ制については日本ですでに紹介されている。
 また「ルパン三世」「ガンダム」などは、激しいバイオレンスの内容からして11時以降の深夜の大人の視聴時間帯に放送される。日本では子ども向けの番組であるのに。
 テレビゲームの「遊戯王」は、日本の商品という認識しないぐらい受け入れられている。ターゲットという、全米に展開している大手のスーパーでも大量に売られている。
 イラク戦争をめぐる若者の受け止め方についての、話題もあった。イラク戦争は当初の高揚感はなく、暗いムードが支配的という。ベトナム戦争時のような厭戦気分はあるが、反戦にはならないとのことであった。
 これについてその要因のひとつとして、わたしは考えてみた。2500人ほどの大量の戦死者を出しているが、ベトナム戦争時は皆兵制で現在は志願制である、という違いが大きいのではないか。イラクへ行く若い兵士の多くは、経済的ゆとりがない層が高額の収入を得て大学へ行く等の資金にするという場合があるという。

 日本の若者については、社会学の研究者である芹沢一也に宮崎哲弥(評論家)がインタビューをした。30代後半と思われる芹沢は、現代社会のキワードを不安とした。それを主として少年犯罪と子どもを対象とした犯罪、それに90年代からの雇用の流動化という観点から論じていた。
 犯罪は、統計からして減少している。特異といわれる犯罪も過去にもあったし、日本は依然として世界でまれに見る安全な国である。身の周りに事件等の変化がないのに報道によってあおられており、むしろ規範意識は高くなっている。犯罪心理学という領域を設けて学問としているが、その効果はないことも実証されているし、返って不安を増幅する役割を果たしている。心のケアとして臨床心理が活躍するが、実態のない不安をかもし出して対策強化だけが進む。
 この観点は、日頃からわたしも考えていることでもあり、共感を覚えた。なお『ホーラハウス社会』(06年1月 講談社+α新書)、『狂気と犯罪』(05年 講談社+α新書)という著書がある。
 雇用の流動性によって、90年代半ばから会社イデオロギーが崩れた。そして今ノスタルジーが発生している。ニートやフリーターとして若者をネガティブに見るが、むしろ若者文化自体が衰退している。そして社会的管理を進行させることにつながっている。

 若い人あるいは分野の違う人がどう見るかという点で、本を読むとは違って好奇心をかきたててくれるこの種の番組のおもしろさがある。