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絵本と児童文学

絵本と児童文学、子ども、保育、サッカーなどの情報を発信する

知多半島が紅葉

2001-11-29 22:12:13 | 身辺のこと・自然
[14] 知多半島が紅葉  (2001年11月29日 (木) 22時12分)

 大学のある知多半島は、なだらかな丘陵が連なっている。常緑樹が多いなかに所々紅葉した木々が点々と鮮やかである。あれはナナカマドだろうかな。こちらは竹も多く、高木は少ない。地下水が高いためだろうか。8キロぐらいの所にオオダカが棲息しているという。
 大学は駅に近いが、里山の地にあるといってよい。最近とみに一般化しだして、人間の居住環境として重視されてきたビオトープ空間でもある。散策してみたいと思いつつ、まだ実現していない。
 研究室からは、伊勢湾が見える。時々水平線をぼんやり見ているのもいいものだ。名古屋港に行き交う大型貨物船が、ゆっくり進んで行く。温かな部屋で、そんなゆっくりした時間をおくることもできる。
 黄昏時の太陽は赤々として美しい。夕日は三重の山脈にぼんやり沈むので、日本海のそれとは違う。太陽は地域によって様々な顔をするものなのだ。ここの夕日の太陽はおだやかである。
 ところで[13]の「少女ぽいリカちゃん出産」であるが、ボクはリカちゃん遊びについて知りたい。誰に買ってもらって、どのように遊んだかといったことを「だれでも掲示板」に書いてもらえないだろうか。「だれでも掲示板」が、リカちゃんのことで盛り上がるとおもしろいな。
 また「いざない」の『どこへいくの? ともだちにあいに!』の評論は、辛口になってしまった。この絵本は、おそらく注目されて好意的に迎えられるだろう、と予想している。絵本は、主として要約紹介が多く、本格的評論はまだ確立していない、といってよい。ストーリー、絵、制作技法など総合的な読み解きが必要なので、絵本評論は簡単そうでなかなか難しいものなのだ。


少女っぽいリカちゃんが出産

2001-11-25 08:14:16 | 子ども・子育て・保育
[13] 少女ぽいリカちゃんが出産 (2001年11月25日 (日) 08時14分)

 リカちゃん人形をタカラが発売して、34年になるという。ということは、新人類といわれた40代前半までの女性は、通過儀礼のように幼児期から小学校中学年ぐらいまで、この人形で夢中で遊んでいるはずだ。なにしろこれまでの販売数が、4800万体ということでも実証できるというもの。
 グラマーなアメリカのバービー人形に対して、痩身美のリカちゃん。幼いときからの痩身美の刷り込まれが、今日のダイエット願望と無関係ではないだろうと考えるのだが。それに深層部分で、ジェンダー形成にも一役かっているのではないかとも。
 刷り込みといえば、20年余り前、文具に当時としてはマイナーなNFLのヘルメットのデザインが、子どもたちに流行した。子どもたちは、アメフットとは結び付けられなかったはずだ。なにしろ頂点を決めるライスボールは、学生チームが勝っていた時代である。文具のデザインで受け入れられたそのころ、日本でも将来はアメフットがメジャーになるかも、とボクは考えていたものだ。今はメジャーなったかどうかは別にして、日本ではXリーグを誕生させた。そして花田(元横綱若乃花)に、アメフットに憧れをもたせ、プレレイヤーにもさせた。ライスボールで学生チームが勝つことはなくなり、Xリーグの頂点を決めるスーパーボールの勝利チームが最強になっている。
 閑話休題。リカちゃんは時代とともに変身を重ねているが、今年は「こんにちは、あかちゃん」としてついに妊娠したという(『朝日』東京版コラム「青鉛筆」01・11・17)。おなかの大きなリカちゃんに、ガラガラや母子手帳もつくという。少子化と皇室の慶事が追い風と期待してなのだろうか。このことに無知なボクは、「ところで夫はどうなるのだろう」と学生に尋ねたら、そこは様々な付属品がありストリーが成り立つそうだ。でも、イギリスに昔からあるドールハウスとは、かなり内容は異なる。
 おもちゃの売上は、クリスマス前に年間50%近くの売上をする。リカちゃんの年齢が出産にふさわしいというストリーよりは、それを視野に入れての商品開発なのだろう。女の子に喜びをもって受け入れられるのだろうが、妊娠、出産、子育てを、どのように遊ぶのだろうか。性別役割分業としての女性の出産と、「母性」開発の刷り込みの役割をはたすのではないか、とは考え過ぎだろうか。
 かつて(97~98年)バンダイの「たまごっち」が大ブームを巻き起こした。海外では電子おもちゃであっても「命」を軽々しく扱うのはいけないと問題になり、受け入れられなかった。海外在庫処分のため60億の損失で幕を閉じたのだ。リカちゃんは永遠であっても、出産という女性にしか出来ないストリーは気になる。それが代々家族に伝えられてきている、ドールハウスとの違いでもあるのだ。

実習を終えた学生たち

2001-11-23 09:41:06 | その他
[12] 実習を終えた学生たち     (2001年11月23日 (金) 09時41分)

 保育課程の施設実習は、今週すべての学生が終える。20日(火)は実習を終えて大学へ戻った学生(80%ぐらい)に講義をした。多くの学生が疲れている様子で、咳があっちこっちから終始聞こえて来ていた。
 保育所実習を終えたばかりの講義のときは、保育所という世間の風をむしろ自分の推進力にし、教室は実習をやり終えた充実感にみなぎっていた。青年期のはつらつとした美しささえ感じたのだった。講義も現場をイメージ出来るようになったせいか、身を乗り出して聴くような勢いを感じさせた。
 施設実習は13日間に及ぶ宿泊、朝6時からの勤務などのシフトワーク、さらに寒さに向かう時期であり一日で10℃を超える気温差と乾燥も加わり、学生たちの日常とは大きく異なる生活だったに違いない。
 障害児系は、職員数がぎりぎりで仕事をしている所が多くなっている。養護系(とくに児童養護施設)は、子どもの暮らしの場でありながら困難な指導を必要とする子どもが増えているという。数年前は、養護系は少子化を反映しどこも定員割れであった。ところが今はむしろ待機児がいるところもあるという。今の社会と家族が抱えている状況を、子どもにするどく反映しているのである。
 学生たちは児童福祉を講義で学んで理解しているが、きびしい現実と向き合うことになる。子ども、職員の仕事(子どものかかわりと環境維持の実務)、運営などは、保育所のように自分を包み込んでくれるとは限らない。そのようなことが学生たちに疲労をもたらしたのだろう。しかし保育という児童福祉を担っていく学びのために、必要なことであるのだ。保育所実習とは異なる、実習体験を深く沈殿させ、時間をかけてからまった糸とを解きほぐしていくていくような学びになるのではないだろうか。
 実習先を訪ねて学生の様子で感じることがある。実習3日目ぐらでは、とまどいながら慣れようとしていつものその人とは違うぐらい緊張をしている。1週目の終わりは、からだ全身で必死に仕事をしているようにみえる。終了時期になるとその職場の風景になじんで、瞬間的には職員と区別できないぐらいのゆとりさえかもしだす。短期間に獲得するこの学びは、若さのなせるワザでもあるのだ。

晩秋

2001-11-13 07:17:10 | 身辺のこと・自然
[11] 晩秋            (2001年11月13日 (火) 07時17分)

 白みがかった空の右にめをやると、雪でおおわれた富士山の白い美しい輪郭がくっきりと浮き出てくるように目に入った。5時過ぎに家を出て、東名高速で目的地の200キロの地をめざしていた。冷え込みこそ厳しくないものの、日の出の遅さに冬至に向かっていることを実感した。
 家庭として、家族のために必要な用事のためだが、その地はナンキンハゼとモミジがが紅くイチョウが黄色と、ちょうど見ごろな紅葉であった。ホトトギスの花が残っていがムラサキシキブの実があっちこっちに輝いていた。といったことを、静かな空間でじっくり味わう間もなく、しかるべき仕事を集中的にやり帰路についたのだった。
 東名高速からみえる風景は、静岡という温暖の地でもあり、あちこちに落葉の準備のため緑を失っていく晩秋の山々であった。富士山は緩やかなすそのまでも白く雪で覆われ、太陽と交差しての輝きは、もう初冬を迎えていた。

美浜の風

2001-11-07 18:34:24 | 身辺のこと・自然
[10] 美浜の風            (2001年11月16日 (金) 18時34分)

 昨日の大学は、平日にしては静かであった。シーズン終了のせいなのか、いつもならラグビー、アメフット、ラクロス、サッカーがひしめき合って練習をしているのに、それがなかったから感じたんだろうか。
 夕方大学を出たら、美浜独特の強風に向かって歩くことになった。この地の晩秋を実感することが出来た。放送では、東京で木枯らし1号とか1000㍍クラスの山に初冠雪と報道されていた。晩秋とはいっても、この地は気温差が激しくないため紅葉はまだであり、ゆっくりそれそれの木の特徴に応じて落葉していく。
 温暖の地でありながら、半島という条件のため11月から2月までは強風が吹くので、体感気温は寒い。また、夏は日差しが強いという、海の気候の特徴を備えている。
 さてゼミは、半数の学生が保育課程なので2週間の施設実習に出かけているため休みとし、次回は30日(金)からであ。目下文献学習として、『はじめて学ぶ日本児童文学史』(鳥越信編著・ミネルヴァ書房)を輪読中。次回は、第3部芸術的児童文学の開花―第7章『赤い鳥』の出現、からとなる。いよいよ今日の児童文化(文学)と連続性が理解できる内容であり、大正期の子どもや教育への社会的関心の高揚に出会うことができ、面白くなる。報告(発表)担当者は期間をかけ、原作にもあったて欲しいものだ。
 このテキストは、これまでの児童文学の通史にない分担執筆で『はじめて学ぶ・・・』でありながらも濃密で確かな内容である。最新の通史であるということもあり、金子みすずの名が載っている。みすずが発掘されて19年、その詩はすでに教科書に掲載されており、このところテレビドラマ、映画そして多くの詩が作曲されて歌われ始めたり、その関心の高まりは時代が求めているということでもあろうか。
 第8章は、唱歌から芸術的童謡へ、である。ここはボクが例示されている歌(27曲)を歌唱付きで報告することにする。可能なかぎり、この時代の大衆文化にも触れたいと思っているが・・・。

はじめのいっぽ

2001-11-06 17:09:19 | その他
[9] はじめのいっぽ (2001年11月06日 (金) 17時09分)

 かねてからの念願だったHPを立ち上げられたことは、喜びである。ここまでこぎつけた担当者の労をねぎらいたい。このHPが、ボクとゼミ員からの情報発信と、ゼミ員どうしの学びの交流のためになっていくことを願っている。
 そのために、みんながパソコンに向かい、育てていくようにしよう。ボクはこのコラムが停止状態にならないよう、その時々の思いを書き続けることを自らの課題にする。
「だれでも掲示板」は、もじどおりどなたにも開放しているので、自由な書き込みを期待している。「絵本と児童文学へのいざない」は、月1~2回ほど絵本と児童文学の作品紹介、書評、評論などを掲載していく。「ゼミだけ掲示板」は、ゼミ員どうしの情報交換とおしゃべり場である。 軌道に乗ったらコンテンツを増やしていきたいので、みんなで育てていこう。