[31] 子どもの絵本の受けとめ (2002年03月12日 (火) 16時04分)
わが家のシュンランが、開花した。かつては里山に群生していた、野生ランである。花は、素朴な緑色である。
いよいよ春だ。各地から4月なみの気温だ、といった温かさが伝えられている。関東では例年3月に名残雪とでもいうものが降り、4月上旬に桜が咲く。今年は桜の開花が例年より早いという。桜が散ると春が終わり、夏に向かうのである。
さて私の専攻分野からして、保育現場の保育者との研究は欠かせない。単発的なかかわりもあるが、継続的研究会を2つおこなっている。愛知県のある町では、なんと15年間継続しているのだ。5年ほど前からは、絵本の検討をしている。もうひとつは川崎市のあるグループで、ここでも絵本を扱っている。 研究会では保育者が子どもに読み聞かせをし、その反応を聞けるのが、私にとって貴重である。私は新発売の絵本を紹介したり、絵本についての情報を提供する役割が課せられている。最近の研究会で取り上げた絵本の、一部を紹介しよう。
『ぶたぶたくんのおかいもの』(土方久功さく・え、1970年、1985年再版、福音館書店)
この絵本は、私はかなり前にさっと目を通したことがあった。たしかちょっと変わった無国籍的な絵という印象を持っただけで、本棚にしまいこんでいた。
報告した保育者は、『絵本・子どもの本』(赤木かん子著、自由国民社)で絶賛していたので、3歳児に読み聞かせをしてみた。大人は素通りしてしまいそうなこの絵本だが、やはりどもの心を捉えたとのことだ。
ぶたぶたくんが買い物に行く。パンやのおじさん、八百屋のおねえさん、お菓子屋のおばさんから買って帰るとき、からすとくまに出会い一緒に帰る。最後に買い物で歩いた道の地図が描かれている。
お店がそれぞれ特徴的であり、ストーリーがシンプルで、ゆっくり時間が流れるのである。何といっても絵が特徴的である。作者は1900年生まれで、パラオなど南太平洋に7年間住んでから帰国。その南太平洋をモチーフにした彫刻と絵を描いた。民俗学者としての著書も多い。63歳で絵本『おおきなかぬー』を出版したというから、この絵本は70歳頃の作と推定される。
私たちが気づかない、この絵本の持っている、おもしろさと不思議さは子どもに伝わるので、なんとも不思議な力を持っている絵本である。私は土方氏の作品である3冊の絵本に、そのうちじっくり向かい合って見ようと思った。
『あぶないよ!』(フランチェスコ ピトーぶん、ベルナデット ジェルベえ 2002年 ブロンズ新社)
発売まもない絵本である。見開きの左ページが「はさみでチョキチョキたのしいけれど ゆびまでチョッキン…」で、右ページが「あぶないよ!」となる。このパターンで日常生活の様々な危険を33の事例が繰り返される。なかには銃が出てきたり、いくつか私たちの文化にないものがある。作家は、ベルギーに生まれ住んでいるとのことだから、無理からぬこと。それにしても絵本作成技法として、ドラマ性のない繰り返しはくどい。内容の貧困からも、そのようにならざるをえないのだろう。
メディアのブックガイドでの絵本の扱いは、紹介が主ということもあり、ほとんどが絵本に好意的、あるいは購入誘導的といってよいのが現状である。一般的にはいまだに啓蒙が主で、評論が育っていないという事情も反映しているのだろう。
ところがこの絵本について珍しい評論らしきものを発見したのだ。『朝日新聞』(02・2・18夕刊)の「五味太郎の絵本館」である。長い紹介になるが勘弁を。
「どこの誰だか知らないけれど、うさんくさいんだよ、この人。つまりこの本を作った人。神経質の恐怖癖なのね、性格的に。 / とにかくいろいろあぶないっていうんだよ。(中略)…あぶないと言われると、こいつ少し変なやつだぜ、と思うわけさ。あぶないのはむしろこいつ方かもね、なんて。(中略)幼い人の身を案じているつもりであぶないよ、あぶないよ、と言って騒いでいる変な人の存在、生活上の安全には役立たないけれど、大人観察の一素材としてね。」
全文でも360字の文章、痛烈な評論だね。保育者にも評判は良くなかった。ところがこの絵本は、3月発売のいくつかの雑誌のブックガイドに、表紙写真が添えられてお薦め本となっている。というわけで多くの人は、有難く購入することになるのだ。
『カニ ツンツン』(金関寿夫ぶん、元永定正え、1997年、2,001年再版、福音館書店)
何冊か出版されている擬態語、擬音に、元永定正さんの絵という絵本である。『もこ もこもこ』が、多くの人に知られているところである。ところがこの絵本の文章、というよりは音といってもよいものは、擬態語や擬音でくくれないものである。言語学者の作者がいくつかの言語などをヒントにして創り出したことば、というのだ。ことばといっても意味をもたないので、音といったものである。
たとえば冒頭は、
「カニ ツンツン ビイ ツンツン ツンツン ツンツン」
「カニ チャララ ビイ チャララ」
「チャララ チャララ」
といった具合である。
昨年上製本として再販され、ブックガイドで掲載された。この手の本は、私には子どもがどのように受けとめるのかまったく予想できない。子どもの読みかかせの様子を聞くことが出来た。
ある人は3歳児が喜んだ、とのこと。ある人は2歳児では子どもに入っていかなかった。5歳児では、冒頭で意味を分かろうとするため反応は良くなかったが、だんだん本の世界に入りこんでいった。そして冒頭「いみがわからないよ!」と反応していた子どもが、終わってから「いみわかったよ」と耳打ちして満足そうだったとのことである。
元永定正の絵はモダンアートで、色が鮮やかであるが完成度が高いので、けばけばしいと言ったことはない。このような音と絵のコラボレーションによる不思議の世界は、子どもにどんな想像力をかきたてるのだろうか。覗けるものなら覗いて見たいものである。
わが家のシュンランが、開花した。かつては里山に群生していた、野生ランである。花は、素朴な緑色である。
いよいよ春だ。各地から4月なみの気温だ、といった温かさが伝えられている。関東では例年3月に名残雪とでもいうものが降り、4月上旬に桜が咲く。今年は桜の開花が例年より早いという。桜が散ると春が終わり、夏に向かうのである。
さて私の専攻分野からして、保育現場の保育者との研究は欠かせない。単発的なかかわりもあるが、継続的研究会を2つおこなっている。愛知県のある町では、なんと15年間継続しているのだ。5年ほど前からは、絵本の検討をしている。もうひとつは川崎市のあるグループで、ここでも絵本を扱っている。 研究会では保育者が子どもに読み聞かせをし、その反応を聞けるのが、私にとって貴重である。私は新発売の絵本を紹介したり、絵本についての情報を提供する役割が課せられている。最近の研究会で取り上げた絵本の、一部を紹介しよう。
『ぶたぶたくんのおかいもの』(土方久功さく・え、1970年、1985年再版、福音館書店)
この絵本は、私はかなり前にさっと目を通したことがあった。たしかちょっと変わった無国籍的な絵という印象を持っただけで、本棚にしまいこんでいた。
報告した保育者は、『絵本・子どもの本』(赤木かん子著、自由国民社)で絶賛していたので、3歳児に読み聞かせをしてみた。大人は素通りしてしまいそうなこの絵本だが、やはりどもの心を捉えたとのことだ。
ぶたぶたくんが買い物に行く。パンやのおじさん、八百屋のおねえさん、お菓子屋のおばさんから買って帰るとき、からすとくまに出会い一緒に帰る。最後に買い物で歩いた道の地図が描かれている。
お店がそれぞれ特徴的であり、ストーリーがシンプルで、ゆっくり時間が流れるのである。何といっても絵が特徴的である。作者は1900年生まれで、パラオなど南太平洋に7年間住んでから帰国。その南太平洋をモチーフにした彫刻と絵を描いた。民俗学者としての著書も多い。63歳で絵本『おおきなかぬー』を出版したというから、この絵本は70歳頃の作と推定される。
私たちが気づかない、この絵本の持っている、おもしろさと不思議さは子どもに伝わるので、なんとも不思議な力を持っている絵本である。私は土方氏の作品である3冊の絵本に、そのうちじっくり向かい合って見ようと思った。
『あぶないよ!』(フランチェスコ ピトーぶん、ベルナデット ジェルベえ 2002年 ブロンズ新社)
発売まもない絵本である。見開きの左ページが「はさみでチョキチョキたのしいけれど ゆびまでチョッキン…」で、右ページが「あぶないよ!」となる。このパターンで日常生活の様々な危険を33の事例が繰り返される。なかには銃が出てきたり、いくつか私たちの文化にないものがある。作家は、ベルギーに生まれ住んでいるとのことだから、無理からぬこと。それにしても絵本作成技法として、ドラマ性のない繰り返しはくどい。内容の貧困からも、そのようにならざるをえないのだろう。
メディアのブックガイドでの絵本の扱いは、紹介が主ということもあり、ほとんどが絵本に好意的、あるいは購入誘導的といってよいのが現状である。一般的にはいまだに啓蒙が主で、評論が育っていないという事情も反映しているのだろう。
ところがこの絵本について珍しい評論らしきものを発見したのだ。『朝日新聞』(02・2・18夕刊)の「五味太郎の絵本館」である。長い紹介になるが勘弁を。
「どこの誰だか知らないけれど、うさんくさいんだよ、この人。つまりこの本を作った人。神経質の恐怖癖なのね、性格的に。 / とにかくいろいろあぶないっていうんだよ。(中略)…あぶないと言われると、こいつ少し変なやつだぜ、と思うわけさ。あぶないのはむしろこいつ方かもね、なんて。(中略)幼い人の身を案じているつもりであぶないよ、あぶないよ、と言って騒いでいる変な人の存在、生活上の安全には役立たないけれど、大人観察の一素材としてね。」
全文でも360字の文章、痛烈な評論だね。保育者にも評判は良くなかった。ところがこの絵本は、3月発売のいくつかの雑誌のブックガイドに、表紙写真が添えられてお薦め本となっている。というわけで多くの人は、有難く購入することになるのだ。
『カニ ツンツン』(金関寿夫ぶん、元永定正え、1997年、2,001年再版、福音館書店)
何冊か出版されている擬態語、擬音に、元永定正さんの絵という絵本である。『もこ もこもこ』が、多くの人に知られているところである。ところがこの絵本の文章、というよりは音といってもよいものは、擬態語や擬音でくくれないものである。言語学者の作者がいくつかの言語などをヒントにして創り出したことば、というのだ。ことばといっても意味をもたないので、音といったものである。
たとえば冒頭は、
「カニ ツンツン ビイ ツンツン ツンツン ツンツン」
「カニ チャララ ビイ チャララ」
「チャララ チャララ」
といった具合である。
昨年上製本として再販され、ブックガイドで掲載された。この手の本は、私には子どもがどのように受けとめるのかまったく予想できない。子どもの読みかかせの様子を聞くことが出来た。
ある人は3歳児が喜んだ、とのこと。ある人は2歳児では子どもに入っていかなかった。5歳児では、冒頭で意味を分かろうとするため反応は良くなかったが、だんだん本の世界に入りこんでいった。そして冒頭「いみがわからないよ!」と反応していた子どもが、終わってから「いみわかったよ」と耳打ちして満足そうだったとのことである。
元永定正の絵はモダンアートで、色が鮮やかであるが完成度が高いので、けばけばしいと言ったことはない。このような音と絵のコラボレーションによる不思議の世界は、子どもにどんな想像力をかきたてるのだろうか。覗けるものなら覗いて見たいものである。