母親に「本は財産だ」言われて育った。たしかに今のように本が多くなかった時代だったので、その教えをうけて家を出て大学に入ってからは本を買った。4年間で普通の本箱がいっぱいぐらいの量になったので、そうとう本にカネをかけたものだった。古本屋を回って歩くのにも、ずいぶん時間を使ったものだ。
その後も本を買うことは止まらず、増え続けた。引越しのたびに本が最大の荷物であった。機会を見ては廃棄もしたが、それでも今はあふれてしまってどうにかしなければならない。
出かける時でも本を必ず持つ。本に囲まれているのが好きなのだ。なかったら不安になるぐらいである。不安といえば、ある時期に引越しの際ピアノを他の家に置いたままにしたので、なかったら落ち着かなかった。急に思い立ってクラビノーバを購入したのだった。弾く訳ではないがいつでも弾ける状態が、わたしには必要なのだった。
さて、本が好きだからといっていわゆる趣味本蒐集をするわけではない。その世界は古書や豆本など、そうとうなカネをかけて本にふれて見る快楽を満足することになる。
わたしはささやかなぜいたくとすれば、普通の本よりは高額な美術や写真の本を買うぐらいである。
ところで次元の違うことだが、「ぐりこえほん」を集めている。ぐりこえほんは、幅5.8㌢高さ6.5㌢の豆本である。
豆本といえば、古くから豆本蒐集という世界がある。これは手作りのものが多いが、ヨーロッパの古いものは3桁ぐらいの値がつくという。日本の豆本でも数十万円の値がつくものもある。
このようなことからするとぐりこえほんは121円で比較体よくできており、豆本蒐集の気持ちも満足させてくれる。現在第5シリーズであるが、18冊中あと2冊足りない。これを手に入れるために、食べないキャラメルを買い続けている。
そういえば第4シリーズは4冊不足していたが、しかるべき人が提供してくれたので、ぐりこえほんをはじめてそろえることができて、満足した。ぐりこえほんの収集は、何人か仲間とやらなければ難しい。目下食べないキャラメルがたまるばかりである。
その後も本を買うことは止まらず、増え続けた。引越しのたびに本が最大の荷物であった。機会を見ては廃棄もしたが、それでも今はあふれてしまってどうにかしなければならない。
出かける時でも本を必ず持つ。本に囲まれているのが好きなのだ。なかったら不安になるぐらいである。不安といえば、ある時期に引越しの際ピアノを他の家に置いたままにしたので、なかったら落ち着かなかった。急に思い立ってクラビノーバを購入したのだった。弾く訳ではないがいつでも弾ける状態が、わたしには必要なのだった。
さて、本が好きだからといっていわゆる趣味本蒐集をするわけではない。その世界は古書や豆本など、そうとうなカネをかけて本にふれて見る快楽を満足することになる。
わたしはささやかなぜいたくとすれば、普通の本よりは高額な美術や写真の本を買うぐらいである。
ところで次元の違うことだが、「ぐりこえほん」を集めている。ぐりこえほんは、幅5.8㌢高さ6.5㌢の豆本である。
豆本といえば、古くから豆本蒐集という世界がある。これは手作りのものが多いが、ヨーロッパの古いものは3桁ぐらいの値がつくという。日本の豆本でも数十万円の値がつくものもある。
このようなことからするとぐりこえほんは121円で比較体よくできており、豆本蒐集の気持ちも満足させてくれる。現在第5シリーズであるが、18冊中あと2冊足りない。これを手に入れるために、食べないキャラメルを買い続けている。
そういえば第4シリーズは4冊不足していたが、しかるべき人が提供してくれたので、ぐりこえほんをはじめてそろえることができて、満足した。ぐりこえほんの収集は、何人か仲間とやらなければ難しい。目下食べないキャラメルがたまるばかりである。