世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

橋下徹と渡辺喜美のみせかけのバトル 二人とも理解していない或る勢力の影

2013年01月30日 | 日記
日本をダメにしたB層の研究
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橋下徹と渡辺喜美のみせかけのバトル 二人とも理解していない或る勢力の影

 本題に入る前に、時事が気になる情報を報じている。日本政府が、自主的かアメリカに頼まれたのか、あろうことかアルジェリアにおける「日揮社員殺害事件」の誘因とも思われる仏軍のマリ内乱介入状況のマリ政府に、1.2億ドルの支援を行うと発表した。名目は避難民への人道支援とか、治安部隊の強化などを謳っているが、少なくとも、イスラム勢力やアルカイダに対するメッセージとしては、日本がNATO軍への協力を表明した事になる。石破の自衛隊の日本人救出の為の「集団的自衛権」導入的言動と云い、自衛隊がいつの間にかNATO軍の勢力下に組み入れられる、なし崩し的軍国化が進捗している危惧を憶える。

 さて、毎度バカバカしいお笑いを一席なのだが、橋下と渡辺が、お互いに挑発し合い、口喧嘩を繰り返している。正直、お互いの人格にまで食い込むような丁々発止のやり取りをしていると云うのに、お互いに傷つかないと云うのは不思議なことである。まさかこれが、米国流のディベートと云うわけではないだろうから、奇妙と思うべきだ。そして裏では、松井と江田が着々と選挙における棲み分け作業を行っているのだから、茶番なのは間違いがないだろう。

 渡辺のみんなの党と橋下の維新の会は、どの部分が一致し、どの部分が違うのだろう。日本維新の会の政策は、規制緩和を通して行政統治権力を構造的に変えようとしている。橋下のブレーン達の顔ぶれからすると、その解放された行政の舵取りを、グローバルな勢力に任せると云うか投げ出そうとしている。みんなの党も、その辺は同じだ。多少大雑把な捉え方だが、大筋間違ってはいない。自由な市場の創出は、国籍など問わないわけで、閉塞した日本と云う国を世界の力で、変えようとする意思を感じる。つまり、国家として自立的に立ち直ろうとするよりは、グローバルな力に依存するグローバリスト的である。

 日本維新の会に於いて注意すべきことは、情緒的感覚(右翼的情緒)と合理的整合性(市場原理グローバリスト)が同居している点である。この辺が、橋下が石原と共鳴し合った部分なのだが、この共鳴が勘違いである可能性も相当あるのが悩ましい。なぜかと云うと、平沼のような民族右翼と、身元不明の石原と云うグローバル右翼が混在している維新の会と云う政党は、政党としての性格があまりにも曖昧すぎる。石原はご都合主義的傾向があるので、どうにでも動くのだろうが、平沼はそういう動きにどのように反応するのか、今ひとつ見えてこない。

 日本維新の会に比べれば、みんなの党の方が規制緩和による民間への市場開放と云う合理的整合性(市場原理グローバリスト)の点で一致しているので、理解の埒外と云う不安はない。問題は彼らの示す民間が、主に民間外資(世界金融資本)になる点の問題なのだろう。また、双方が主張している首相公選制と首相の権限強化は、かなりの部分で首相の独裁制的なニオイを感じさせる。敢えて個人的感情を排して考えてみると、彼らの首相の権限強化は、民主主義のプロセス重視によるスピード不足を補おうとするものかもしれない。しかし、その結果が法治国家の基本であるデュー・プロセス・オブ・ロー(due process of law)無視の、強権国家の道を開くものでもある点は警戒を擁する。仮に、橋下や渡辺が考えていなくても、次なる誰かが、その権限を利用する危険はあると云うことだ。

 まぁ以上のように簡単に両政党の政策の方向性や情緒的側面を覗いてみたのだが、安心して国政を任せるには安倍・石破自民党政権以上に危険な政治集団である可能性は捨てきれない。また、今回の橋下と渡辺の鞘当て合戦も、早々と「休戦合意」するなど、如何にもヤラセ的合戦である。どうも、このように、いがみ合っている風を装う言動自体が胡散くさく思われるのだが、彼らが阿吽の呼吸で行っているとも思えない。筆者の勘から行けば、かなり練達な演出家の存在を窺わせる。可能性としては、電通的演出を感じさせる。陰謀論好きならば、維新もみんなの党も、自分達が本当は何をしているのか、何処に向かうのかも判らず、どのような勢力に加担しているかも判っていないのかもしれない。

 つまり、一定の役割を或る勢力が、橋下、渡辺、石原らに個別に命じ、保険契約約款のような、“あれもやるこれもやる”と長ったらしい約定を並べ立て、真の目的を覆い隠している可能性さえある。彼らの政党が政権を握った暁に、複雑だった約定は取捨選択され、トンデモナイ或る勢力にとってトンデモナク都合の良い日本という国家が国民の前に示されるのかもしれない。この或る勢力はアメリカ一点張りとも言えない、正体不明の勢力に支配されているのかもしれない。その正体不明の勢力が何であるか、考えても大した意味はない。精々、日本人の富が終戦直後程度に剥がされるだけで、剥ぐべき身ぐるみがなくなれば、夢のように消えてくれるだろう。貧困とは、大変に強い味方でもある。怖いものがなくなるのだから…。

 まぁ陰謀論は別にして、橋下と渡辺の鞘当てを、もっと俗っぽく矮小化して考えると、メディアの露出が少なくなる度に、その都度、提供する話題作りという見方も出来る。仮にそうだとなると、あまりにも馬鹿げた振舞いなわけだが、案外、そうする事で、橋下、渡辺に国民の目が向くのが現実の、日本の民度の低さなので、無碍に馬鹿げた行為だとも言えない点が腹立たしい(笑)。そう言えば、昨日居酒屋で議論し合っていたサラリーマン風の3人づれは、この茶番合戦を話題にしていた。まかり間違えば、この二つの政党が政権を握る可能性がゼロではないのだから、末恐ろしい。


未来は過去のなかにある─歴史を見つめ、新時代をひらく
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