アフガン・イラク・北朝鮮と日本

黙って野垂れ死ぬな やられたらやり返せ 万国のプレカリアート団結せよ!

ティファニーで朝食を。釜ヶ崎と非正規の解放を。

2021年06月14日 20時55分18秒 | 貧乏人搾取の上に胡坐をかくな

前回記事で紹介した例の旅行記ですが、今から思うと甘めの評価でした。旅行記がネットに公表された後、元ホームレス当事者の方の感想など読む中で、自分もいかにあいりん地区の事に無頓着であったか思い知らされました。

例えば、あいりん地区にやって来た旅行者の女性が、ひょんな事から野宿者の方と仲良しになり、一日限りのデートで彼に食事やたばこをおごる話の中でも。女性から自分の特技を聞かれて、「九九」や「ドッジボール」と答える野宿者の反応を見て、私もつい笑ってしまいました。当初はほほえましいエピソードにしか思わなかったその場面も、小学校の授業で習う「九九」や「ドッジボール」しか、彼には良い思い出が無かった事を思うと、笑って済ませられる話ではないのに。

そもそも、最初の居酒屋で見知らぬおっちゃんがこの女性に2千円おごったのも、彼女と楽しい時間が過ごせたからです。そのお礼の意味をこめておっちゃんは2千円払ったのです。多分、その場の勢いもあったのでしょうが。おっちゃんにとっては、あくまでフィフティ・フィフティのつもりで払ったのです。

それに対し、野宿者の方は、濡れタオルを入れるビニール袋を渡しただけなのに、890円の定食に560円のたばこ、130円の缶コーヒーまでおごられたのでは、もう女性に何も言えないじゃないですか。もう頭が上がらない。言いなりになるしかない。

そうやって、女性の言いなりになるしかない野宿者の人に、「缶コーヒーおごってやった代わりに私をほめてくれ」と、この女性は言ったのですよ。今までの人生の中で、ほとんどほめられた経験のなかった人に。見ようによっては、これほど残酷な事はありません。

しかも、よりによって「ティファニーで朝食を」という映画の名前を記事の題名にして(「ティファニーで朝食を。松のやで定食を。」)、ネットに公開してしまいました。この映画は、往年の大女優オードリー・ヘップバーンの名演技でヒットしましたが、その内容は新人女優の成り上がり物語です。おそらく、この女性は、そんな映画のあらすじとは無関係に、松のやの定食に引っ掛けて、この名前を記事の題名にしたのでしょう。しかし、それが更に油に火を注ぐ結果となってしまいました。「あんた、何を女優気取りでおんねん。しかも、野宿者を自分の引き立て役にして」と。

だから、元野宿者の方から、「珍獣扱いするな!」と、猛抗議を受ける羽目になってしまったのです。

でも、この旅行者の女性だけが悪いのでしょうか?一番悪いのは、この女性をここまでミスリードに追い込んだ、「新今宮ワンダーランド」「新世界・西成ワンダーランド!」の観光キャンペーンそのものではないでしょうか?

何故そう思うのか?ここで一つ質問します。皆さんは、どこからどこまでの範囲が「あいりん地区(釜ヶ崎)」だと思いますか?

そう聞かれると、大抵の人は「JR・南海と堺筋に囲まれた南北に細長い地域」と答えるはずです。住所で言えば、大阪市西成区萩之茶屋1・2・3丁目です。そのほとんどが日雇い労働者のドヤ(簡易宿泊所)街です。それに加え、堺筋より東側の太子1・2丁目も、民家の中にドヤが点在しているので、「あいりん地区」に含める人が多いはずです。

どちらにしても、JRより北側の新世界は含まれないはずです。あいりん地区とは違い、新世界にはドヤはありませんから。そもそも新世界は、浪速区の一部であって、西成区ですらありません。そういう、あいりん地区とは本来全く異質な地域であるにも関わらず、「優しい街、下町の人情が残る街」という多分に情緒的な言葉で、あいりん地区と一括りにして、大阪市の観光キャンペーン対象地域に含まれてしまいました。

左:あべのハルカスを動物園前商店街から望む。右:星野リゾートがJR新今宮駅北側に開業予定のOMO7(オモセブン)と、その横に建つ低所得者向けの大隅アパート。

※上図は、大阪商工会議所が阪南大学の研究室と共同制作した「新世界・西成食べ歩きマップ」。「新今宮ワンダーランド」観光キャンペーンの為に作られたものの一つだが、最初の曼陀羅の地図(同キャンペーンPR地図)とは違って、堺筋・阪堺線以西のあいりん地区はほとんど無視されてしまっている事が分かる。この事から、いくら同キャンペーンであいりん地区の歴史や日雇い労働の現状について力説しようとも、観光の重点はあくまで堺筋より東側の新世界・動物園前商店街にある事が、はからずも証明されてしまった。

だから、この旅行者の女性も、「優しい街、下町の人情の残る街」とホンワカ気分で、野宿者の人に接してしまったのです。野宿者の人にとっては、餓死や凍死と背中合わせで、不良少年の襲撃からも身を守らなければならない、およそ「優しさ」とか「人情」とは無縁の、生きるか死ぬかの毎日なのに。

大阪市は、何故そんなミスリードを誘発するような観光キャンペーンを敢えてしたのか?あいりん地区だけでは観光にならないからです。今から15年ほど前までは完全なスラム街で、麻薬の密売買も横行し、暴動もしょっちゅう起こっていた地域に、昔は観光に来る人なぞほとんどいませんでしたからね。今も年配の人は、この地域に近づこうとはしません。

ところが、交通の便が良い、宿泊代も安いという事で、外国から観光客が押し寄せるようになり、今までスラム街だった所が観光地に生まれ変わりました。近くには繁華街の新世界もあります。難波や天王寺のターミナルにも近い。行政や企業からすれば、まさに「ひょうたんから駒」です。だから「人情の街」というキャッチで、新世界もあいりん地区もお上の都合で全てぶっこみにされ、一大観光キャンペーンが張られた為に、旅行者の女性のミスリードを誘発してしまったのです。

確かに、あいりん地区にも「優しさ」や「人情」はあります。しかし、それは単なる「下町情緒」なぞという甘っちょろいものではありません。もっと過酷な、それこそ生きるか死ぬかのギリギリの所から生まれて来た処世訓です。

あいりん地区に「来たらだいたい、なんとかなる」(新今宮ワンダーランドのキャッチコピー)のは、そうしなければ、誰も生きて行けないほど、過酷な環境下にあるからです。早朝の午前4時に起きて5時にはあいりんセンターで職探しをしなければならない。その職種も、キツい、汚い、危険な建設現場の土工やとび職が大半です。そんな所には食い詰めた人しか来ない。雇う方も雇われる方も、従業員や仕事をえり好みなぞしていられない。それが「西成に来さえすれば仕事にありつける」「えり好みさえしなければいくらでも仕事はある」という事の本当の姿です。

そんな中では、お互い助け合わなければ生きていけない。ドヤには敷金も保証金も不要で一日の宿泊費さえ払えばすぐ泊まれるのも、住所不定の食い詰めた客ばかりだからだ。雑貨屋も、早朝から動き出す労働者の動きに合わせて、朝6時には商売を始めなければならない。ほとんどの住民は、風呂もトイレもない、洗濯機も室内にはおけないドヤ住まいだ。それを当て込んで、銭湯やコインランドリーが街中に乱立するようになる。工事現場の飯場を渡り歩き、狭いドヤには自分の荷物も置けない人も多い。それを当て込んでコインロッカー屋も乱立するようになる。単身者のドヤ住まいで、部屋の中にはキッチンも満足になく、自炊が難しい人も多く住む。それを当て込んで、弁当屋も乱立するようになった。

それを何も知らない観光客が見て、「ドヤは敷金も保証金も不要で、その日から泊まれる。店も朝早くから開いている。何て便利な街なんだ」「あちこちに弁当屋や銭湯があるとは、何て下町情緒にあふれた優しい街なんだ」と勝手に感動して、「人情味あふれる下町」神話が出来てしまったのです。

実際には、観光客で潤う表通りの小洒落たホテルと、その恩恵を受けない裏通りの古い福祉アパートやドヤという形で、あいりん地区内にも格差が広がっているのに。

本当にあいりん地区の事を知りたいと思うのであれば、新世界の串カツ屋や、あいりん地区の居酒屋だけ見るのではなく、野宿者支援の炊き出しや夜回りにも参加したら良いのです。あいりん地区では、いくつもの団体が、炊き出しや夜回りに取り組んでおられます。そこまで無理だと言うのであれば、見るだけでも良いです。

野宿者の人に中途半端に飯をおごって、その人に惨めな思いをさせてしまうくらいなら、まだその方がよっぽど為になります。そのどちらも嫌だと言うのであれば、もう西成なんかよりも有馬温泉にでも行ってくれた方が、観光客にとっても良いだろうし、地元の私達も珍獣扱いされなくて良いです。

何も見てくれの良い上辺だけ見せるのが観光キャンペーンではありません。幾ら見てくれの悪い「地域の負の遺産」でも、歴史的価値や社会的価値があるなら、それは立派な観光資源です。現に、原爆ドームや沖縄のチビチリガマも、そうやって観光地に立派に脱皮できたではないですか。あいりん地区の貧困も、その原因と対策を知る事で、派遣切り対策やブラック企業対策に活かせるなら、それは立派な観光資源となります。そこまでやってこそ、初めて「新今宮ワンダーランド」の観光キャンペーンをやる価値があると思います。

左:あいりん地区内にも建ちだしたオートロックのホテル。右:昔ながらの一泊500円のドヤ。


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