蒼穹のぺうげおっと

-PEUGEOT in the AZURE- マンガ・小説・アニメの感想を書き流すファフナーとエウレカ好きのサイトです

機動戦士ガンダムSEED スペシャルエディション完結編『鳴動の宇宙(そら)』 感想

2004-10-24 22:30:00 | ガンダムSEED DESTINY
機動戦士ガンダムSEED スペシャルエディション完結編『鳴動の宇宙(そら)』の出来が僕個人としてはかなりイイと思っているんですが、ぼちぼち他の感想サイトさんでも公開しているようなので、うちでも改めて感想です。
#今回は完全にネタバレ含んじゃうので、ネタバレNGな人は以下ご注意を。

今回は新カットも確かにあるし、一部アフレコし直したかなと思うところもあるのですが、今回の注目、そしてそれがあるからこそ満足度が高かったのは「新シーン」として追加された以下の3点だと思います。

■アズラエルの過去
「何で僕をコーディネーターにしてくれなかったの!?」
これは強烈な言葉ですね。
ブルーコスモス盟主のバックグラウンドはここにあったわけです。
彼はもともと富豪の生まれのようだし、矜持も人並み以上に高かったはず。
それを幼少期にコーディネーターとの能力の違いを見せ付けられ、かつ「本気でケンカしたら僕にかなうわけないだろ」とサイ・キラと同じ言葉を投げかけられてしまう。
これが彼の憎悪の原点だったわけです。

この辺、『機動戦士ガンダムSEED ASTRAY 小説版第2巻』のエリカ・シモンズのテーマと照らし合わせるとまた面白いです。
彼女は連合国の生まれで、オーブに来てからもコーディネーターであることを隠していたのですが、何故彼女はそのことを隠していたのか?
この辺の背景はナチュラルがいかにコーディネーターを妬んでいるか、そして差別しているかにかかっていて、この戦争の根が如何に深いか、というのをこのアズラエルの過去と同様示しています。

DESTINYでも語られたように、戦争がしたいのではなく、殲滅したいわけです。
これを乗り越えていかなければならないDESTINY、1年を通じてどのような展開を見せるのか今から楽しみです。

■ラウ・ル・クルーゼの素顔
これはある意味、か・な・り衝撃的でした。
レイ・ザ・バレルそっくりじゃないですか(えーーーーーってな感じで)。
見えたのは右目だけでしたが、成人したレイ・ザ・バレルそのものでした。
これはつまり・・・。

そして隠された左目、恐らくこちらが老化を食い止められなかった老人のような顔になっていると思われます。
小説第5巻読んでいない人には何でキラとムウが驚いていたのか理解できないかもしれませんが、老人の皮膚という表現がされていました(でも小説の設定とか無視されたりしますけどね)。
左目を隠していたのはそういう描写だったと思うんですが、それよりも演出としてはレイ・ザ・バレルに似ていることをアピールする必要があったため、インパクトのある皺は見せなかったと理解。

あまりの衝撃に何度も一時停止してしまいましたよ。
そんなのアリ?

■ラクスの告白シーン
今回僕がこの『鳴動の宇宙(そら)』を購入して最も満足している点はこのラクスがキラに告白をするシーンが追加されているからに他ありません。

「昔、母に言われました。世界はあなたのもので、そしてまた、あなたは世界のものなのだと。生まれ出てこの世界にあるからには・・・と。あなたを見つけて、私は幸せになりました。」
「あなたにいて欲しい・・・、私は・・・。」

このときのキラには、戦争の道具としてではなく、ただシンプルに「その存在が必要とされること」が必要で、この言葉が何よりも必要だったと思うのです。
そして、このラクスの台詞があるからこそ、最終出撃直前のシーン(正確にはフレイでもう一回ですが)でラクスがキラに指輪を渡すシーンが自然と盛り上がる。

このシーンを追加してくれてほんとうに嬉しい。感涙です。
#僕はCHAPTER 5、何度も観てしまいますよ。

新シーンは以上ですが、何度見ても泣けるシーンは
■フレイ・・・(泣)
前述のラクスとともに、キラの存在を理解した人がもう一人、それはフレイ・・・。
ドミニオンの脱出艇から重なるキラとフレイの視線。
#しかし、サントラ持っている人は分かると思いますが、この視線が重なる時点で既にBGMは「フレイの死」がかかっているのがまた切ない・・・。
そして・・・(涙)。

この後のフレイの魂の独白がまた切ない・・・。
そしてそれはキラには届かない、それが更に切なくて・・・。
このシーン何度見ても泣いてしまう・・・。

■この完結編によって
僕の中のガンダムSEEDは完全に消化(昇華)されたわけですが、機会があれば過去のSEED感想も時折DESTINY感想に合わせて公開していこうと思います。
ああ、満足。

みんな大丈夫ですか?

2004-10-23 19:04:58 | Weblog
かなりすごい地震でしたが、みなさん大丈夫でしょうか。
この記事を書いてる今もちょっと揺れています。
関東地方でこの状態ですので、新潟地方の方のご無事をお祈りします。

ガンダムSEED DESTINYについては中断になってしまったので、振り替え放送(ありますよね?)を観たら感想をアップしたいと思います。

地震範囲の皆さんも頭上・火気にはご注意くださいね。
では。

買っちゃいました

2004-10-23 16:18:57 | ガンダムSEED DESTINY
機動戦士ガンダムSEED スペシャルエディション完結編『鳴動の宇宙(そら)』

購入を迷っていたのですが、angelaのCD買いに行ったはずが何故か衝動的にこっちを購入してました。
今観終わったのですがはっきり言って「この購入に一片の悔い無し!!」です。

これは今までの総集編も割と良く出来ていたと思うんですが、それに比べても出色の出来ですね。
もともと第4クール自体、かなり面白かったと思いますが、総集編としてそのエッセンスを抽出しているだけでなく、新カット、さらには新シーン(と言った方がいいかな)が追加されており、僕個人としてはかなり満足の出来です。
#新カットについてはSEED DESTINYにつながると思われる部分が追加されています。

この感想については後日アップしたいと思います(ネタバレの配慮もありますし)。

構成やBGMも総集編として時間をかけているので、かなり自然な緊張感と感動を与えていると思いますし、違和感なくあの頃の熱い思いを思い出すことができると思います。
#つかむしろ余分な使いまわしシーンが排除されているので、同じ画を使っていてもこちらの方がクオリティーが高く感じます。

レンタルでも購入でも構わないと思います、見る価値はあると思いますよ。
僕個人としてはお勧めです(つか、かなり満足です)。

コズミック・イラの世界観について

2004-10-23 02:25:33 | ガンダムSEED DESTINY
コズミック・イラ、つまりガンダムSEEDの世界観なんですが、「前作見ててもここが良く分からなかった」という方も結構いらっしゃったんじゃないかな、と思いまして、ある程度共通の疑問について既出版物等で解説されている分について情報共有できればなと思います。
既出版物等からの情報なんで僕からあまり付加価値は付けられませんが、知っておいた方がSEED DESTINYの世界も楽しめると思いますので。

■フラガ家の能力について
まず、コズミック・イラというSEEDの世界においてニュータイプという概念は存在していません。
じゃあ、あのムウ・ラ・フラガやラウ・ル・クルーゼの「キュピーン」って反応は何だ?
また、ガンバレルやドラグーンシステムは何で使える人が他に(あまり)いないのか?
この疑問を持っている方も多いかと思います。

ガンダムSEED小説版によれば代々フラガ家は超能力に似た特殊能力を持っているらしく、一種の予知能力に近い「勘」が働くそうです。
経済界においてはその「勘」を利用してかなりの財をなし、「フラガ家に付けば損をしない」と言われていたそうです。
#ムウは幼少の頃豪邸に住んでましたし、クローン、スーパコーディネーターを創る資金も提供できるほど金持ちでした。

よってあの「キュピーン」って反応はそういった特殊能力を持った同族同士が感じあえる「勘」のようなものらしいです。
また、ガンバレルやドラグーンシステムは高度な空間把握能力を必要とするのですが、それもフラガ家の特殊能力があってこそ利用可能なものなんですね。
#外伝やMSVではガンバレル付きダガーやドレッドノートのようなドラグーン搭載のガンダムも登場してますので、完全にフラガ家オリエンテッドな能力ではないようです。

■アル・ダ・フラガという人物について
ムウ・ラ・フラガの父親であり、ラウ・ル・クルーゼのクローン元であるアル・ダ・フラガという人物は前述のフラガ家代々の能力に特に秀でていたようです。
しかしムウは母親によって普通に育てられていた(フラガ家では帝王学的な教えをするため、庶民と同じように育てる母親の方針がアルは気に入らなかった)こと、また息子であるムウは自分を超えるほどの能力は無いと判断したことから、このフラガ家を磐石のものとすべく、そしてまた自分が統治するためにキラの父親であるユーレン・飛鷹(ヒビキ)博士に違法であるクローンの製造を依頼したのでした。

■失敗作としてのラウ・ル・クルーゼ
この辺は前作でも割と語られていたので簡潔にしますが、アル・ダ・フラガのクローンを創ったのは良いが、当時のクローニング技術ではテロメアの長さもクローンしてしまう点を克服できず、ラウ・ル・クルーゼは早々に失敗作とされてしまいます。
ではテロメアとは何か、それは超簡単に言うと命のカウンターと呼ばれていて、細胞分裂するたびに短くなって行くわけです。

当時アル・ダ・フラガがクローニングを依頼した時点で既にある程度高齢だったと思われるので、テロメアの長さもコピーしたクローンのラウ・ル・クルーゼはアル・ダ・フラガと年齢的に同じ状態で生まれてきてしまったわけですね。
よって、作中クルーゼは老化防止薬を服用せずにはいられず、また薬をもってしても目の周りの老化は抑えられなかった、それで仮面をかぶっていたわけですね。
そろそろ発売されるガンダムSEED総集編『鳴動の宇宙』ではコロニーメンデルでの仮面が剥がれるシーンを描写しているそうです。

もうひとつ補足すると、クルーゼはナチュラルであるとされています。
運動能力、知能に優れたコーティネーターの中で隊長格まで上り詰めるには相当の苦労があったと想像できますが、またそれだけアル・ダ・フラガの能力が凄かったということにもなります。

■強化人間と連合のコーディネーター
前作ではオルガ、クロト、シャニという後天的コーディネーター(強化人間ともブーステッドマンとも呼ばれています)が登場しましたが、彼らは改造によって後天的にコーディネーター並の能力を身に着けた実験体で、薬によって制御されています。
制御用の薬はひどい副作用があり、皆さんご存知のとおり、服用が進めば精神崩壊を引き起こして行きます。
オルガ、クロト、シャニは順番にステージ2、ステージ3、ステージ4となっており、シャニなんかはかなり危ない状態だったと思われます。

次にこれは本編には出ませんでしたが、連合側もコーディネーターの開発に戦前から取り組んでいました。
強烈な暗示をかけてナチュラルに絶対服従するコーディネーターを作り出し、彼らを「ソキウス」と呼んでいます。
#中には暗示なしに、自ら進んで連合に協力するコーディネータもいるそうですが(SEED MSV)。
#コーディネーター排斥を訴えるブルコスが、強化人間やコーディネーターの研究をしているのは本末転倒ですが、兵器として割り切っているらしいです。
この辺の描写や設定は『ガンダムSEED ASTRAY(小説版)』にある程度詳しく記述されています。
ちなみに強化人間もソキウスも開発を指揮していたのはアズラエルです。
#アズラエルが何故コーディネーターを憎むのかもガンダムSEED総集編『鳴動の宇宙』に収録されているそうです。

ステラたちがいったい現時点でどんなカテゴリーに属しているかは全く分かりませんが、コーディネーター用にチューンした3機のガンダムをいとも簡単に操縦している点、コーディネーターとの銃撃・白兵戦で全く引けを取らなかったことを考えると、普通のナチュラルとは考えづらいところです。

■アスハ家について
DESTINYの第1話を見たときに「何故カガリが代表なの?」と思われた方もいるかもしれません。
一応オーブという国は5大首長からなる国家なんですが、アスハ家はその中でも最大首長なので、代々アスハ家が代表を務めてきたというわけです。
よってアスハ家の正統後継者であるカガリがその後をついで代表になっているわけです。
今はかなり頼りなく描写されているカガリが今後、為政者としてどう成長して行くかがやはりポイントですね。

他にもサハク家というのもあって、これはモルゲンレーテなんかを管轄しています。
連合とモルゲンレーテの癒着問題が発覚したのも実はサハク家が独断で実行していたので、ストライク等の開発をしていたのを当時のアスハ代表は(全くかどうかは分かりませんが)知らなかったんですね。
サハク家については『ガンダムSEED ASTRAY(マンガ版)』に登場しています。

■他にも
あるかもしれませんが、とりあえずはこんなところです。
ちょっとうろ覚えのところもあるのですが、補足があればコメント欄にお願いします。
既出版情報なんで全然文章に付加価値ついてませんが、ガンダムSEED DESTINYを楽しむうえでの予備知識として皆で共有できればと思います。

KURAU 第16話 感想

2004-10-22 21:15:54 | アニメ 感想
それは切な過ぎるよ・・・。
存在することを諦めたその淵から、互いを必要とする存在に巡り逢い、生きる意味を初めて知る。
しかしその刹那、互いを想うが故に、助けたいがためにやっと巡り逢えた「対」は消失してしまう。
そんなイヴォンに果たしてどんなテーマを背負わせていくのか・・・。

■存在することを
諦めたイヴォンが生きていたという描写と、生きること、独りでいることを諦めたジェシカが出会う冒頭のシーンは、これは二人に対して救いの道を描くのか、それはそれで観て見たい、と思わせるに十分な演出でした。
二人とも存在する意義を見失っていたところに、互いに必要とされる存在を得たことによって、再生していくプロセスを描いて欲しい、そんな思いでした。

■僕はもともと
このKURAUという作品のテーマは「家族、親愛なる者への思慕」だと思っていて、その表現のひとつとして「憧憬」「寂しさ」が随所に散りばめられているんだと思っています。
しかし、第13話以降この表現に加えて「別れ」という表現も同じように散りばめられていて、今回のイヴォンとジェシカのストーリーは残念ながら「別れ」を描くシーンとなってしまいました。
しかし、これは今までの「別れ」とは異なっていて、大切な相手を守るための「別れ」だったと解釈したいです。

■だからそこ
ジェシカの想いを胸にイヴォンがこれからどんなテーマを背負うのか、そしてこのイヴォンとジェシカの「別れ」がクラウとクリスマスにどう影響していくのか、これからも静かに見守りたいと思うのです。

イヴォンとジェシカの再生のプロセス、これがほんとに見たかったから、余計今回のエンディングが切ない・・・。
僕はもともと涙腺が弱いのですが、このKURAUを見るときはいつも涙目になってしまうのでした。

#KURAUのオープニングもエンディングも非常に好きなのですが、挿入歌もけっこう沁みるんです。
#サントラ買おうかな・・・。

太公望にみる小説(コミック)比較

2004-10-22 02:07:00 | 小説 感想
宮城谷昌光さんが『三国志』を出版されるということ、最近藤崎竜さんの『WaqWaq(ワークワーク)』が面白くなってきたということで、それに関連してちょっと本を思い出しまして、今日はお勧め?本の比較をしてみたいと思います。

■宮城谷昌光『太公望(上・中・下)』(小説)
太公望というと「釣り好き」の人を指すのが一般的ですが、中国の歴史に興味がある方だと有名な故事から「世俗を離れた老人」のイメージ、ジャンプを読んでいる方だと桃好きのおとぼけ仙人?というイメージでしょうか。
本書で描かれる太公望とは、そんなイメージとは全く違う、復讐というバックグラウンドを持ちつつも、どこかひたむきさを忘れない青年として描かれています(上・中・下で年代のステージは変わりますが、私の印象はずっと青年の印象でした)。

宮城谷昌光の描く歴史世界はどこかロマンティックというか、理想を追うひたむきさを描く感じなので他の歴史小説とはちょっと雰囲気が違います。だからこそお勧めというのはあるんですけど。
ただ歴史小説としては私は一級品だと思っていて、多くの歴史小説がそうであるようにこの人も膨大な量の資料を客観的に分析されていて、その上で宮城谷ワールドを展開しています。

登場人物の熱く真摯な思いが交錯し、中華史上でも有数の戦いである「牧野の戦い」に至るプロセスはかなり熱いです。
#ラストシーンは個人的にかなり好き。
歴史小説としてこれはひとつお勧めです。

■藤崎竜『封神演義』(コミック)
現在ジャンプで『WaqWaq(ワークワーク)』を執筆中の藤崎先生を世に広めることになったこの『封神演義』。
こちらは同じ太公望でも上記の太公望とはかなり違います。
何せ彼は仙人ですからね。人間ではありません。そして登場人物も殆どが仙人です。
「演義もの」なんで、史実ではなく御伽噺(おとぎばなし)として描かれるこの物語、宝貝(パオペイ)と呼ばれる不思議な力を秘めた武器を手に、中華統一を巡って仙人たちが戦いを繰り広げるいわゆる壮大な能力者バトルマンガです。

主人公である太公望は原作では掴み所の無いというか、ぱっとしない感じなんですが、このマンガでは前述の宮城谷太公望にぐうたら感を足して2で割ったような不思議な性格をしていて、物語全体としてはかなり中盤まではある程度原作に忠実に描かれて(いたと思)います(キャラクターの描写は別ね、ストーリー展開の方です)。

物語終盤、姐己(だっき)と女か(じょか:漢字が出ない・・・)が本性を現してくるあたりはもう藤崎ワールド全開だったのですが、何故か最終回の記憶がない私・・・。
今度漫画喫茶に行って確認してきます。
バトルエンターテイメント作品としてお勧めです。

■安能務/訳『封神演義(上・中・下)』(小説)
いろいろと『封神演義』の訳本は出ていると思うのですが、僕が読んだのは安能務版でした。
こっちの太公望は一般的な故事で登場する太公望らしく老人のイメージで描かれています(だからぱっとしない)。
それを補って余りあるのが登場人物数、なんと400人以上。
しかもほとんどが捨てキャラという大胆さ。

他の訳本は未読なんで単純比較は難しいですが、藤崎竜版『封神演義』は何となくこれをベースにした感じがします。
なんと言っても宝貝は乱れ飛ぶは、大殺戮だし、何かもうあきれるくらいにやりすぎな感じがするもんですから。

で本音を言うと、上・中・下構成は長かった・・・。
中盤からは仙人・人間・神入り乱れて「宝貝が乱れ飛び大殺戮」の繰り返しに突入するんで、そこで飽きちゃいました。
もし『封神演義』にご興味があれば、1巻に纏まったものを読まれた方がいいかなと個人的に思ったりします(でも他を読んでないから勧めようがないのですが)。

■読む順番としては
もし、藤崎版『封神演義』を読んだことがある人には、次は宮城谷版『太公望』を読むことをお勧めします。
全く違うストーリーだと捉えて欲しいのですが、藤崎版の主人公である太公望は宮城谷版太公望にスタンスが近い気がするので(あんなにぐうたらしてませんけどね)。
史実はこうで、その上で御伽噺はこうだったのか、そんな発見ができると思います。

もし、宮城谷版『太公望』を読んだことがある人には、次は藤崎版『封神演義』をお勧めします。
御伽噺版としてはかなり高レベルエンターテイメントになっているので、楽しめると思いますよ。
でも漫画はちょっとって言う人には無理にお勧めはしません。
全23巻(だったかな)なので、長いですから。

話の種に読むには原作って感じでしょうか。
上記3種類の太公望を読んだことがない、という人は逆にこれから始めると面白いかもしれません。
次に藤崎版を読むと絶対面白いと思いますね。
で、最後に宮城谷版を読んで、なるほど~、って感じになるのが宜しいかと。

こんな感じで比較してみましたが、いかがでしたでしょうか。
僕は今ジャンプで連載している藤崎竜先生の『WaqWaq(ワークワーク)』が好きです(無関係コメント)。

また本の紹介とかできたらやって行きたいと思います。
では~。

今週のマガジン 47号 感想

2004-10-21 13:10:00 | マガジン(とサンデー)感想
■エア・ギア
イッキ、ヤッタ、ブチ抜いたぁーーーーー!!
アキラとアギト、アキトをまとめて空へ連れて行く、ベヒーモス戦が始まってからずっとこのシーンが見たかった!!
しかもアギトとアキトの融合、そして更にイッキの前に開かれた「ウィングロード」。
シムカの「今度こそずるっこなしだね カラス君」という言葉は第2巻で初めて見えた「ウィングロード」のシーンにかかっていて、このシーンだけで今までのテーマが一度に3つも昇華された!!
細かいことは抜きにして今はこの感動に酔いたい・・・(涙)。

「飛べない方が幸せな鳥なんて本当はいないの」
この台詞が蓮から出たことで実はイッキは蓮の心までも解放してるんですね。
ああ、ここまでタメにタメた伏線を一気に解放。
もう大満足です。

残る課題はアギト(アキト)の兄、海人。
今回ベヒーモス戦でここまで顔をみせていないということは、勝負が終わるまで踏み込むのを待っている感じ(共倒れ待ち)。
ということは、今回海人の解放っていう話は無いってことですね。
あそこまでエア・トレック犯罪者を憎むというからにはきっと海人にもそれなりの過去があって、新生アギト(アキト)の本当の自立とともに、解放プロセスが描かれるんだろうか。
#海人自体もイッキによって解放される対象だと思ってるんで。

ベヒーモス、それはキューブを得意とする戦闘集団。
でもそれはエア・トレック本来の「楽しさ」や「空」という概念を拒絶してキューブ(勝負)という檻の中に閉じこもってしまった存在。
それをイッキをはじめチーム小烏丸全員で「空」へ引っ張りあげたこのベヒーモス編、大満足。
「風の王」とは「解放者」を意味する、そんな気持ちになった次第。

■涼風
涼風が173cmを飛んでしまったことにより、大和と共有していた未公認記録が公認記録となってしまったわけですが、これはつまり大和の中では共有事項の喪失にあたり、涼風が一般化される(公の存在になる)ことで、既に感じている距離感に拍車をかけてしうっていうのは何気に切ないところ。
この疎外感の塊と化した大和を再び復活させる鍵は何か?
個人的にはほのかがこの隙を突いて大和陥落というよりは、ほのかが大和を復活させるという展開を望みたいところ。
超個人的にはその大和復活イベントが合宿の風呂場シーンであれば言う事は無い(つか、諦めてないのかこの人は!)。

■ネギま
魔法剣士ならぬ、魔法拳士ですか。
敢えてこのスタイルを選択したからには、今後の展開にもそれが活用されるシーンがあると思うんですけど、剣士との違いが明確になると嬉しいところ。
赤松先生はストーリー展開が簡潔でよく構成されているなと感じます。
今回のヘルマン卿事件は、ネギに2つの目標を設定させました。
一つは前述の魔法拳士というスタイルを選択し、その道を目指すこと。
もう一つは故郷の人たちは石化されているだけで、強力な治癒魔法があれば回復するかもしれず、その鍵はこのかの成長にかかっている、つまり、このかを中心としたこのクラス編成の謎やアスナの出自なんかにもスムーズに話しを持っていける伏線を無理なく埋め込んでいる。
この辺の構成力ってさすがだなぁ。
アスナのもだ○シーンが先週で終わったのだけには納得がいきませんが(つか、諦めてないのかこの人は!!)

■チェンジング・ナウ
プロジェクトX・・・面白かった。
作画、構成とか安定してきたな~。
今僕のマガジンでの小さな楽しみです。

■スクラン
いつにも増して展開に無理がある今回のサバイバルゲーム編。
まだ乗れない・・・。
そしてそんなことやっているうちに学園祭の季節が終わってしまうのではないかという不安。
いや、これも小林尽先生の戦略に違いない・・・(今回自信なし)。

■輝
今回の輝の反応はどうなんでしょう?
良い反応であれば、最近の輝が発揮する超集中力で何かを気付いたか(透けて見えるという台詞)。
悪い反応であれば、直前に執刀したオペイメージが残ってしまい、逆位置のイメージが揺らいでしまった。
あるいはどっちもか。緊迫のオペ、待て次号。

■濱中アイ
僕も気になりませんから。

■ツバサ
阿修羅の作画の良さに見惚れそう・・・。
今回は阿修羅が像として祀られている世界に影響しあうような展開だと面白いかな。

■もうしませんから
漫画家さんへのインタビューを希望しまっす。

■巻末コメント
涼風の瀬尾先生とスクランの小林先生が飲んだらしく、互いに「イケメンでむかついた」とコメントしてます。
こんなとこでネタ合わせしている二人のマンガ、僕は両方とも好きです。
マガジンは巻末コメント始めて良かったと思っています(素直に)。

巌窟王 第3幕 感想

2004-10-20 23:30:33 | 巌窟王
嵐を伴って地上に降り立つ巌窟王ことモンテ・クリスト伯、そしてこの感想を書いている今、外は超大型の台風が接近していた。

第1幕、第2幕のカーニバルの喧騒とはうって変わり、静かな緊張感につつまれた第3幕。
モンテ・クリスト伯の目的は「復讐」にあるのですが、今回その対象と原因、またその手段についての伏線がかなり仕込まれていたと感じました。

■巌窟王とは
原作は読んだことないのですが、確か親友に裏切られ流刑となり岩の洞窟に幽閉されたことから巌窟王と名付けられ、その原因となった親友に復讐をしていく物語であると記憶しています。
今作の巌窟王 モンテ・クリスト伯もアルベールの両親と深く関わっており、惑星を放浪することになった原因を作っているのではないかと思われます。

■復讐の対象とは
アルベールの父親がモンテ・クリスト伯とアルベールの母親を巡っていろいろあったことは想像に難くありません。
そしてその結果として宇宙に放り出されることになったということも。
そのモンテ・クリスト伯が考える復讐とは?
最もつらい復讐とは?
それは最愛の人を奪われることではないか?
モンテ・クリスト伯が最も愛したのがアルベールの母親であるとするならば、奪った者の今最も愛するものを奪うこと、つまりアルベールを復讐の対象にすることでしょう。

■その方法とは
アルベールから大事なものを少しずつ奪っていく。そんな気がします。
今週アルベールの友人が紹介されたのも、その中にある微妙なゆがみを突いて友人関係を壊して行く、そんな布石に感じられました。
すでにそのゆがみは散りばめられていて、ヴァランティーヌとマクシミリアンの関係性や、ドプレーの人を見下す態度など少しつつけばこの均衡はいつでも崩せる、そんな感じ。

また、パリとそれ以外の世界を完全に隔離している点、これすらも復讐のツールというかバックグラウンドとして利用されそうな勢いです。

■その中でポイントとは
やはりアルベールとフランツの友情関係だと思います。
最もアルベールの心を崩しやすく、またその関係性も崩しやすいのですが、恐らく最終的にはこの二人の関係性こそがモンテ・クリスト伯にとって最大の脅威になる、そう思えた今回。

■ペッポは
作中狂言回しの役割か、意外と面白い役どころで使われるのではないかと。
つか、そうだと面白いな(男だけど)。

2Dテクスチャリングにも慣れてきて、この静かな緊張感、雰囲気の中で、復讐、嫉妬、不安、愛憎、信頼、こんな言葉が頭の中でぐるぐる回る、この巌窟王という作品はかなり僕の好みになりそうです。
#またこのショパンの別れの曲をアレンジしたようなオープニングと、2Dテクスチャリングの嵐で酔いそうなエンディングがまた秀逸。かなり好きかも。

『ガンパレード・マーチ 5121小隊 九州撤退戦 下』

2004-10-20 12:00:00 | 小説 感想
ラスト50ページ、絶望的な戦況の中で5121小隊の面々が見せる最後まで生き抜こうとする戦いを、僕は目に一杯の涙をためて読んだ。
傷付いた兵士たちが戦いの最中、最後まで残る士魂号に皆でガンパレード・マーチを唱和するシーンでは電車内にも関わらず、涙が溢れるかと思うほどに。
僕はこの「榊ガンパレ」大好きです。

■このブログを読んでい頂いている方の中で、
ガンパレのゲームはやったという方はいるかもしれませんが、ガンパレの小説を読んでいる方はいらっしゃるのでしょうか。
#少なくとも僕は僕を除いて一人しか知りません。
#しかも僕はゲームもやっていない、小説だけ読んだ超少数派だと思います。

だけど僕は書きたいと思います。
「どこかのだれかの未来のために」
#もこのネタ使ったな・・・。

■熊本城決戦の緊張感を
超えるエピソードがこの先あるのだろうか、そう思っていた僕はこの考えを改めました。
今回、この九州撤退戦(下)は最初から最後までまったく気が抜けませんでした。
時間刻みで推移していく戦場は、誰も彼もが必死に戦っていて、臨場感たっぷりでちょっとした脇役キャラでさえ、そのひたむきな姿に心を打たれる思いでした。

■今回はオールキャスト
これまで小説版で生き残ってきたキャラは全員参加です。
紅陵女子アルファ小隊(モコス隊)しかり、堅田女子戦車隊、もちろん島村百翼長も出ますし、なんとあの人(達)まで登場します。
『決戦前夜』『熊本城決戦』だけでなく『エピソードONE』『エピソードTWO』も読んでから本巻を読むことをお勧めしますよ~。

■やっぱり門司港でしょう
今回は撤退戦というだけあって、主戦場が熊本から福岡に移ります。
最後の脱出港は門司港になるのですが、自分に縁のある土地なんで(かなりリアルに)情景を思い浮かべながら読んでました。
#知っている土地だけに市街戦はゾッとします。
だからこそ、この土地から皆生き延びて脱出してくれ~、そんな思いで読んでいました。

■もはや
言うことはありません。満足の出来です。
テーマ性や社会風刺性というのは無い本作品ですが、それでも絶望的な状況の中で各キャラたちがひたむきに生き残ろうとする姿、それが本作品の魅力に他ならないのかなと。
ガンパレのゲーム構成はプレイヤー次第でどのようにもなると聞いています。
だからみんながそれぞれのガンパレ世界観を持っているのかもしれません。
そんな中、ゲームをやったことはありませんが、僕はこの「榊ガンパレ」大好きです。

プレステをもし買ったなら、たぶん一番最初にガンパレを買うと思います。
#それまで売っていればの話ですが。

今週のジャンプ 47号 感想

2004-10-19 13:00:00 | ジャンプ感想
■ワンピース
「信じるも疑うも・・・どっちかに頭を傾けてたら・・・真相がその逆だった時 次の瞬間の出足が鈍っちまうからな」
このスタンス、激しく納得。
シチュエーションは全然違うんですけど、仕事のときのスタンスはやっぱりこれ。
リスクマネジメントの基本だと思うし、こういうスタンスだからコンティンジェンシーを検討することができる。
これをゾロに言わせるのが熱い。
そしてゾロは既に「吉」と「凶」のコンティンジェンシープランを立て始める。
これはゾロの熱い予感がしますよ。
ロビンへの救いの手、一番近い位置にいるのはゾロなのかもしれません。

■WaqWaq(ワークワーク)
人・機械の想いを蓄積する「器」、それが護神像の役割。
人や機械の想いをエネルギーとして発動する装置であるならば、恨みや守りたいという強い想いは当然協力なエネルギーとなる。
つまり、(黒い血の)人も機械も、このためだけに生み出され、恨むことを刷り込まれていたという超理不尽な世界。
そんな超理不尽な世界だからこそ、赤い血を持つ女神、そしてその血によってデコードされたシオ、プラ(スパイだけど)、炎の防人やこれから先「変化」していくであろう登場人物たちには、こんな超理不尽を女神を中心とした「変化」によって打破していって欲しい。
最終的にはシオ、アールマティ、女神しか残らなかったとしても、そんな超理不尽の無い世界、それを再構築して欲しい。
#実はそれこそが絶滅した(と思われる)人類が託した装置なのかもしれない・・・(独り妄想中)。

追記:参賢者について
AZUSAさんのところで参賢者の名前についてヨキ・コト・キク=「善き事聴く」を想起する、とありました。
これって結構重要キーワードかも。
ちょっと気になったんで調べたら、
「善き事聴く」=「斧・琴・菊」=「謎染め」=「一見無意味そうな模様の中に謎を込めている染物」=転じて「善き事を聴く」という使われ方をするらしいです。
つまり三人の存在自体にも謎が含まれているということなんですね。
その謎が転じて「善き事を聴く」になるかどうかは、今のところ分かりませんがチェックするのが良いかもしれませんね。

■いちご
今週のいちご100%の楽しみ方。
まず、修正ペンを用意し、真中の顔が映っているコマを塗りつぶします。
次に、引き続き真中の台詞を塗りつぶします。
これでさつきのイラスト集の完成です。
これでさつきを120%堪能できます。
つか、今週のさつきすご過ぎです。

■ブリーチ
夜・一、わ・す・れ・て・た。
こうなってくるとほんとに、この騒動を仕掛けた側の狙い・真意が分からなくなってきました。
誰もが自分の信念に基づいて戦いに身を投じているのですが、それすらも仕掛けた側(市丸ギン(達)なのか?)の手のひらの上、そう動くように仕向けられたものなのか?全く分からない。
それぞれが胸に想いを秘めている(特に白哉はようやくその片鱗を見せた)のですが、それをルキア処刑というイベントをトリガーに、一護という異分子をその渦に投入することで各人の想いを弾けさせ、ソウル・ソサイエティ全体に混乱を引き起こす。
今もこの混乱をどこかで誰かが見下ろしている。
そいつは一体誰?
そして何が目的?
全く分からない・・・。
とりあえず、隊長格同士の潰しあいは仕掛けた側の思う壺なんで、春水が浮竹を連れて逃げたのは上策かなと。
あのおじさん、まだ役目がありそうですね。
できれば、一護と白哉まだガチンコで遣り合って欲しくない(でも確実にやりあう、越えなければならない壁だから)。
僕はほんとは一護と白哉が並び立つ姿が見たいのです(どうも無理っぽいですが)。

■武装錬金
3人で一つの傘を差すシーン、これイイなぁ・・・。
こういうの和月先生、うまいよなぁ。
剛太が加入したのは、色んな意味で面白い。
何より剛太というキャラに力の使い道を自ら悟らせた、斗貴子さんを守る、そのための力なんだと覚醒させるところが熱い。
己の信念のために力を使う、剛太はこれで錬金の戦士として独り立ちした、そんな感じを受けます。
剛太→斗貴子さんを守るために力を使う
斗貴子さん→カズキを生き残らせるために力を使う
カズキ→斗貴子さん、剛太を守るために力を使う
こんな循環が出来上がった、それが剛太加入の一番面白いところだと思います。
#ただカズキの場合、守るためとは言え、力を使えば周りを傷つけるというジレンマ、この辺もまた見所。

■リボーン
ハルちゃん、また可愛くなったのでは?
つか、ハルちゃんしか目に入ってないですよ。
リボーンは結構キャラを立てようとしている意図を感じるのですが、ハルちゃんが入ると締まると勝手に思っています。

■デスノート
あやうく感想書くのを忘れそうになった(焦)。
松田、死んじゃったよ、世間的に・・・(ぷぷっ)。

SBRとかH×Hとか(珍しく)掲載されていて、結構満足感ありかもです。
逆に言うと、上記2作品が無い場合に総合的な品質を満足させることができる連載がやはり欲しいと感じてしまう。
意外と今ジャンプは表面に現れづらいけど結構危機的状況にあるのではないかと心配してしまうところ。

■(おまけ)HOLIC
ヤンマガのHOLIC、やっぱり好きです。
今ヤンマガは僕の中でかなり没落しているイメージが拭えなくて(ヤンマガファンの皆さんゴメンナサイ)、安心して読めるはHOLICとバカ姉弟くらいかなぁ(人によって受け取り方が違うのであくまで僕個人の感想なんですが)。
特にHOLICは「猿の手」編とかにあった強引さが程よく抜けて、こういうのもアリって感じで応援しています。
月曜日発売の雑誌がもっと盛り上がると良いなぁ。