蒼穹のぺうげおっと

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機動戦士ガンダムOO(ダブルオー) 2ndシーズン 第20話 「アニュー・リターン」 感想

2009-02-23 00:20:21 | ガンダム00(ダブルオー)2ndシーズン
エンディング曲「trust you」が非情に切なく胸に響いた第20話「アニュー・リターン」。
アニューは最期の瞬間、イノベイターとか上位種とかそういうのを関係なく、ただ愛するライルのもとへ戻った、そういう意味でのアニュー・リターンだったと思いたい。・゜・(ノД`)・゜・。


非情に切ない。・゜・(ノД`)・゜・。

ライルとアニューは可能であれば最後まで生き残って欲しいカップリングだっただけに、今回非情に切ないです。
分かり合えていたけれども、それでもこの戦いの中では結ばれなかった二人。

だからこそ、アニューの最期の瞬間に響く「I love you, I trsut you」のエンディング曲にぐっと来てしまう。
いやー、これほんと切ないわ。・゜・(ノД`)・゜・。

最期のライルとアニューの「対話」はダブルオーが見せたささやかな贈り物。
自由意志を奪うというリボンズの支配から、刹那とダブルオーが一瞬だけアニューを解き放って本当の「対話」を届けたというのが憎い演出です。


今回非情に切ない結果に終わってしまったのだけれども、アニューの最期から、残り話数も少ないながら何となく直感的に分かってきたようなところもありました。

リボンズの「対話」がどこにあるのかはまだ分からないけれども、可能性の話だけであれば、今回のアニューの自由意志を奪う(そういう意味ではルイスの自由意志も実は奪われたまま)という行動は、以前ティエリアが使用したトライアルシステムと同じで、ヴェーダにリンクするシステムを利用するものの自由を剥奪することができる行為に似ている、とも思えます。

自由意志の剥奪、というのはこの物語におけるテーマの対極。

本来ならば、苦労に苦労を重ねて相手を理解していく、そうして得ていくもの、相互理解を成し遂げていくところに価値を見出していく、というのがひとつのテーマであるのに対し、この自由意志の剥奪、というのはコミュニケーションすらいらない、くらいの対極にあるわけです。

リボンズは他のイノベイターですら真のイノベイターではなく、自分こそが真のイノベイターであり「神」であると言う訳です。

それは他のイノベイターの自由意志を剥奪することができるほどに「神」だ、と。
#リジェネがおびえているのは自由意志を剥奪されることなのかも。
#そういう意味でリボンズは他のイノベイターよりも上から目線なんだよね。
#個人的には今回の表現から、(アニューの分身たる)リヴァイブあたりもリボンズに異を唱えてくれると面白いけど。

アニューだけじゃなく、ルイスも(第1話からそういう描写があったけれども)自由意志を剥奪されていて、彼女は人間でありながら、イノベイターになる第1号であるとリボンズは言うわけじゃないですか。

ひょっとしたら、赤いGN粒子を浴びて、その段階から薬なり外科手術なり何なりをすると、(刹那もそうなんだけど)脳量子波が使えるようになる、とかそういうことがあるのかもしれないけれども、イノベイターとして生まれなくても、後天的に脳量子波を使えるようにはなる、ということなんだよね。

ここから妄想がかなり飛躍するんだけれども、赤いGN粒子を全人類規模で被爆させて選別して、選ばれた人間をイノベイターとして、一度イノベイターになったなら、今回のアニューやルイスのようにトライアルシステムみたいに、自由意志を剥奪することができる。

そうなれば文字通りリボンズは「神」にも等しい存在になりうるわけで、全人類がリボンズの支配下にあるならば、紛争も起きない。

イノベイターは脳量子波を使って「対話」をするけれども、リボンズのいのままに動くとしたらもう「対話」ですらなくなるよね。
#かなり飛躍した妄想だけど、全人類にトライアル「審判」を下す、というのも「神」ならありうるかなぁ・・・、なんて。


そんな「神」にも等しい存在であるイノベイターが、人間と同等になるのが我慢できない。

それがリボンズの本音なんだろうね。

だからアニューがライルを選んだことが許せなくて、彼女の意識を剥奪してしまった・・・。
#逆にアニューは最期の瞬間はイノベイターでもなく、女性としてライルを選んだというのがかっこいいところなんだよな。

自分より下だと思っているものが、自分の理解を超えることをすることを許さない。

何故なら怖いから。
理解できないから。

だからトランザムやツインドライヴが許せない。
何故なら理解できないから。
自分より下だと思っている人間がそれを託されたから。
それが理解できなくて、認めたくなくて、怖いから。

これがリボンズの本質のような気がするなぁ。


でも、そんな自由意志すら剥奪するリボンズの支配を打ち消したのは、他でもないそのトランザムであり、ツインドライヴが描く無限大=∞の輪の光だったわけで、そこが実は一番かっこよく、ダブルオーこそが最後の切り札たるゆえんなんだ、というのは今回はっきりと認識できたような気がするなぁ。

刹那はアニューの場所を特定できたように、徐々にイノベイター化?が進んできて、新たな段階に入っているのかもしれない。

そんな刹那とダブルオーが、そしてその刹那が想いを向けるマリナ姫あたりがやはりこの物語的にも最後の切り札になるんじゃないのか、と思うんだけどね。


あと、アニューとライルは分かり合えていたけれども、それでも自由意志を剥奪されて結果的に結ばれなかった。
#逆に結果的には結ばれたのかもしれないけれども、good endを迎えることは出来なかった。

じゃあ、ルイスと沙慈はいったいどうなるのよ?

というのが視聴者的にも、物語的にも気になるところで、そこがクライマックスを迎えるに相応しいシーンになってくるんじゃないか、と思うわけです。

セルゲイとアンドレイは、「対話」を避けてしまったところに物語の分岐点があって、結果その溝を埋めることができずbad endとなってしまった。

アニューとライルは、「対話」も成立して分かり合えていたけれども、good endを迎えることができなかった。
#アニューが生来のイノベイターで、ヴェーダとのリンクも関係したかもしれないけれども、そこを断ち切ることができなかったということはあるかもしれない。
#でもヒントはあって、ダブルオーの光がリボンズの支配を打ち消した、というのはクライマックスへ向けて、もっと大きな展開でリボンズの支配を打ち消すシーンがあるかもしれず、そこがあるとするなら相当しびれる展開になりそう。

こうしたIFというか、分岐点を考えるに、まだいくつかのIFがあるかもしれないけれども、そうしてルイスと沙慈の小さいな物語のクライマックスへ突入していくんじゃないかと思うんですよね。

もう、この二人が幸せになってくれないと、やってられないよ。・゜・(ノД`)・゜・。


残り話数も少ないけれども、一つずつ個人にスポットが当たっていくというのはかなり盛り上がりそう。

僕は最後までルイスと沙慈、そしてマリナ姫と刹那というダブル主役を軸に、このダブルオーを観て行きたいと思います。

それにしても今回、ほんとに切なかった。・゜・(ノД`)・゜・。


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機動戦士ガンダムOO(ダブルオー) 2ndシーズン 第19話 「イノベイターの影」 感想

2009-02-19 01:11:27 | ガンダム00(ダブルオー)2ndシーズン
ダブルオーが描き出した「対話」の空間における沙慈とルイスの「対話」のシーンは、このダブルオーにおけるどんな戦闘シーンよりも見ごたえがあったんじゃないかと思った第19話「イノベイターの影」。

凄く面白かった、というか凄く良かった。
超・ありきたりの言葉ですが、これは本当に面白い。
僕の中でガンダムダブルオーは傑作化が確定した気がします。

すれ違いや不幸な偶然を乗り越えて、沙慈が叫び続けた声はダブルオーのGN粒子の輪=∞=00(ダブルオー)の輪を通じてルイスの心に届いた。
これだけでもかなりぐっと来ていたんですが、本番はここからというか、ここからがこの回の、このダブルオーのテーマの真骨頂だったわけですよね。

あの頃には戻れない、それでもルイス自体が変わってしまったのか?そうじゃないだろう?
沙慈がルイスを思う気持ち、それを伝えることで、ルイスの心に声が届く。

最後は時間切れになってしまったけれども、それでもこれだけの時間をかけて二人の「対話」を描いて、またそれはどんな戦闘シーンよりも見ごたえがあったように感じました。

叫び続けることしかできない、語りかけることしかできない。
それはまさに沙慈=些事=瑣末なことなのかもしれないけれども、それが結局は人を動かしていく。
その思いが交差するクロスロード。
沙慈・クロスロードとは良く言ったものだと思います。

沙慈の純粋な思いは、この戦いの中で刹那を始めソレスタル・ビーイングのメンバーにも(ソーマにも)何かしら伝わったんじゃないかな、と思います。
叫び続けることしかできないと言った沙慈が皆を変えていくかもしれない、そういう予感を十分にさせて気がします。

そしてそれがリボンズ曰く「変革を始めた」刹那にも影響しあっていく。

それってあまりにもかっこよくないか?と思ってしまいましたよ。

ダブルオーとツインドライヴ、そしてオーライザー。

ダブルオーライザーに刹那と沙慈が乗る意味。
これが作品の持つテーマ的にしびれてしまうところ。

刹那=その名の通り一瞬を生きるかのように自分を省みないかのように戦場で生きてきた少年と、沙慈=些事=瑣末なことではあるけれどもそれが日常の象徴で、それが平和の象徴だった少年。

本来交わることのない二人が、東京で壁一枚を隔ててわずかな時間を共有し、決して交わらないと思っていた二人が今、ダブルオーライザーで背中越しに座っている。

決して交わることのないと思っていた二人の考え方、思い。

生まれも育ちも全然違う二人が、今同じものを見て、同じ方向へ進もうとしている。

これを1stシーズンからやってきたわけだから、今回、刹那が変わろうとしていたり、沙慈が最後に自分もルイスを取り戻すために戦うと宣言したりした今回、何かこれまで積み重ねてきたものがじわーとにじむようにぐっとしびれてしまいました。

ダブル主人公。

あまりに離れたところから始まった関係が、ここで交わる。

いやー、しびれました。

刹那も何となく沙慈に賭けてるところがあるのかな、なんて。

ルイスを取り戻す、という沙慈の思いを成就させることに自分の何かを重ねて、それを成し遂げることがガンダムを持つ意味だ、くらいの感じで。

刹那と沙慈はクライマックスまでにもう一段二段くらい関係性を発展させそうな気がするなぁ。

これも楽しみ。
#刹那も脳量子波が使えるようになってきているみたいだし。
#これが細胞障害に拮抗しているのか?


後はやっぱりアニュー。

リヴァイブが捕虜になったのは、あの表情からして彼らの計算通りだったのかもしれないですね。
ダブルオーを欲しがるリボンズの一手は、ダブルオーを鹵獲するんじゃなく、トロイの木馬のように中に仕掛けてあった装置=アニューを動かすところにあったのかもね。
#直接コントロール(もしくは封印解除?)できる距離までリヴァイブを送った、とかね。

次の「アニュー・リターン」というタイトルも上手くて、リターナーだから、どこからか戻ってきた、という意味かと思っていたのですが、もっと直訳的に戻る人、というニュアンスになると思うけど、イノベイターとして戻るのか、それともソレスタルビーイングとして戻るのか、はたまたただのアニューとして戻るのか、ライルを介して、来週の見所は間違いなくここだよね。

ここにももうひとつの「対話」が見れるんじゃないかと密かに期待。
ありのままのアニューを受け入れようとしているライル。
でもそのアニューは(多分リヴァイブとの相関性にもいち早く気がついて)イノベイターじゃないかと思っていたりもするんだけれども、それでもありのままを受け入れる姿勢を貫くんじゃないかと期待しちゃうなぁ。
#それによって悲劇になるかどうか、というのもポイントなんだけど。

ライルがニールのIFとして登場しているならば、復讐のために死んでいった兄を、優秀だと言われ比較され続けてきた兄をいろんな意味で超えていけるか、というのも一つのポイントで、そこにアニューの存在が介在してくる、「対話」を絡めてくる、となるとこれまたしびれそう。


そして王留美。

ネーナ大爆発、みたいな感じだったけれども、紅龍が「留美!」と呼んだのもポイント高いよね。
兄と妹なんだけれども、これまでは執事のように振舞っていたわけで、咄嗟の危機には執事魂も忘れて本名を呼んでしまうあたり、やっぱり兄なんだろうね。
でもちょっといびつな兄妹関係。
きっと王家の事情によるものなんだろうけれども、来週あたりその辺も明らかになるんだろうか。

僕は個人的には王留美は兄紅龍のことが好きなんじゃないか、とか、王家のしきたりとかしがらみとかで本来兄である紅龍が継ぐべき家を継いでいないことや、その他もろもろ含めて、今の世界なんか壊れてしまえば良いのに、とか思ってると面白いのにな、くらいに思ってるんですけどね。

王留美と紅龍の「対話」なんかもあるんだろうか。
これも密かに期待してるんだけどな。


リジェネもなんかピンチっぽいし。

リジェネがあんなにリボンズを恐れるのは、トライアルシステムみたいにリボンズはヴェーダを介して他のイノベイターの自由を奪えたりするんだろうか・・・。

ダブルオーを欲しがるリボンズは非情に人間臭いというか、不満で不安なんだろうな。
自分に理解できないものがあって、想像を超えることが起きてしまっていて、上位種であるはずなのに、彼らからしたら下位種の人類がダブルオーを使ってしまっている。
それが理解のできない不安とか、自身の存在理由への否定につながるような気がしているんだろうなぁ。

物事を広い視野で考えている、と言っているけれども、その実、凄く人間っぽくて、その辺がヴェーダというコンピュータとイノベイターというヒューマンインタフェースの違い、なのかもしれないなぁ。

なんにせよ、だんだん分かってきたのは、イノベイターがイノベーションという言葉を誤用していることと、それに重ねるように「対話」の使い方も誤用している感じがすることかな。

今回沙慈とルイスが果たしたのが「対話」の走りであり、たぶんイノベイターが言う「対話」とは、これとは別のことなんだろうな。
この決定的な違いを描く、というのがクライマックスの面白さのひとつじゃないか、と個人的に思っています。


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涙腺が・・・

2009-02-14 23:06:17 | アニメ 感想
「CLANNAD AFTER STORY」の第18話「大地の果て」を見て、夜中に号泣していた燕。です、みなさんこんにちは。

原作をプレイしているからこそ、分かっているのに、分かっているのに、ラスト何分間かずっと泣き続ける始末。

最近こんなに泣いたことないよ、くらいの勢いで涙が止まらなかったですねぇ・・・。・゜・(ノД`)・゜・。

分かってるんだけど、分かってるんだけど、それでも涙で画面が見えないよ状態。・゜・(ノД`)・゜・。


やっぱあれだ。

CLANNADの第1期はルートが分岐しているところを一つのストーリーにまとめてきていたから、原作プレイ組の人(特にYukimiさんとか(笑))からは不完全燃焼のところがあったかもしれないけど(でも、僕はアニメ版を見て原作に手を出したので、アニメ版はそういう意味で凄く良かったと思う)、AFTER STORYはリフレインはあるけれども、それも1本の道として繋がっていくから、これは映像美としても、物語のイメージをそのまま映像化した印象も凄く良くて、今では僕も原作プレイ組(Yukimiさんと一緒(笑))になってるけど、やっぱりCLANNADって良いなと思わずにいられないというか、なんというかそんな感じです。

この後も、ああなって、こうなって、そしてまたああなって、と泣きポイントを自分で予想してしまって切ないんですが、最後までお付き合いしたいですねぇ。

最後まで見て初めて、第1期のCLANNADのOPの最初の映像の意味、これの凄さに改めて関心してしまうんだろうなぁ。



ちなみに、話題が変わって恐縮なのですが、この後録画していた「とらドラ!」を見ても不覚にも泣いてしまいました。
#どんだけ涙もろいのか!!

こちらも面白くて原作に手を出してしまったのですが、巻を増すごとに切なくなっていくのねー。
第9巻のラストとか、もうどうなっちゃうの!?みたいな。


ちゅーことで、最近なんだかんだで涙もろい燕。でした。
#歳とか言わない!!
#も、もとから涙もろいだけなんだからね!!
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機動戦士ガンダムOO(ダブルオー) 2ndシーズン 第18話 「交錯する思い」 感想

2009-02-10 02:21:28 | ガンダム00(ダブルオー)2ndシーズン
ガンダムダブルオーは(特に2ndシーズンは)戦闘シーンが少ないほうが実は物語的にはかなり面白いんじゃないか、というのを本気で思ってしまったくらい、今回は登場人物たちの気持ちがまさしく「交錯する思い」だった第18話。

いやー、まじで僕の中でどんどんガンダムダブルオーは傑作化している気がします。
めちゃめちゃ面白いです。


特に今回は本作の重要テーマであるところの「対話」について、ある意味の答えが提示されたという感じがしました。
イノベイターの、いや、リボンズの言うところの「対話」というのが依然明確にならないので、それが果たしてどんな意味を持つのか分かりませんが、逆に本来的な「対話」の重要性が高まったというのがここ最近のお話の中で浮かび上がったんじゃないかなぁ。

僕はこの物語自体は、裏主人公として沙慈とルイスの物語になっていて、平和で幸せなカップルだった二人が、戦争に否応なく巻き込まれて離れ離れになり、そして意図せず銃を向け合う間柄になってしまった、そんなすれ違っていく二人が、再び寄り添っていくことに希望を託したというか、視聴者的にもそこに否応なく関心が集まる、そうであってほしいと願う物語になってきていると思うんですよね。

そのためには超えなくちゃいけない壁がたくさんあって、しかもそれは戦争の真っ只中で、愛が憎しみに変わっちゃって、という非情な状況の中で、それでも沙慈はルイスに対して何ができるのだろうと苦悩しながらも、彼女に叫び続けるしかない、という答えを導いていく=それが沙慈の戦いになっていて、どんなに辛い状況でも、困難でも、気持ちを伝えなければ伝わらないんだよ、というそういうテーマを堂々と体現しているんだと。

日経ビジネスオンラインの水島監督のインタビューでも、「人と人のつながり」が監督のテーマであって、面倒を避けて人を知ることは出来ない的なコメントがあって、やはりそれはガンダムダブルオーの中でもまさにこれから描かれようとしているところなんじゃないかと思うんですよね。

沙慈とルイス。

この二人の物語がやはりこのダブルオーでの真のクライマックスだと思うな。

そう思うと、前回、セルゲイ大佐が散っていくというのも非情に大きな意味があって、前回の感想で書いたけれども、心を閉ざした息子のアンドレイにどう接して良いか分からず、心を開くための努力を怠っていたと本人が(アンドレイと、そしておそらくホリーに)懺悔するのですが、これはやはり対話を諦めてしまった結果が招いた、沙慈とルイスのIFの関係になっているかもしれず、そういったところを示唆したんじゃないかと思えるんですよ。

だから今回、沙慈がルイスに対して叫び続けることしかできないけれども、自分の意思で、自分の本心で、自分のためにオーライザーに搭乗していく、というところにぐっと来てしまうんですよね。

きっとマリーとアレルヤについても、もう一度本当の対話や、相手を理解したいと思うイベントが来るはず。
大佐の死は無駄じゃない、たぶん、きっと。

そのほか、ものすごく語りたいこともたくさんあるんだけれども(ライルとアニューとか、マネキンさんとか)、あとひとつだけ。


ラッセさんは1stシーズンラストで瀕死の重傷をやっぱり負ってて、きっとそれが擬似GNドライブによるもので、それが彼の寿命を縮めている(そういう意味ではブシドーの人もそうなのかも)だけれども、刹那の場合は何か違う要因が働いていて進行速度が遅いらしい。

これってやっぱりツインドライヴによるGN粒子の∞の輪による影響なんだろうか。

残り話数も少なくなってきたけれども、ダブルオー自身が最終兵器というか、最後の希望のような形になってきたという雰囲気が非情にかっこいいかも。

イノベイターであるリボンズも、自身が理解できていないことに対する畏怖や、上位種である自分が人間に劣るかもしれないという恐怖、そうしたものを抱えているかもしれず、それこそが上位に立ちたいと思う根源、見下ろす構図になる根源なんじゃないか、とも思うわけで、実は非情に人間臭いと思うんですよね。

こういった構図を全部キャンセルするのが「対話」であって、今回は登場人物たちが様々な問題を抱えながらも、心情を吐露しつつ、徐々にお互いをさらけ出すモードに入ってきたような気がします。
つまりイノベイターが目指す「対話」とは異なる、本当の、単純な、理解しあうための「対話」みたいな。

これがダブルオーのツインドライヴが描く∞の輪の中で、気持ちをダイレクトに伝えていくことが出来たなら、それこそ破壊兵器としてのダブルオーではなく、創り出すことができるツールとしてのダブルオー=∞の可能性、というかっこよさにつながって欲しい、なんて個人的期待度満載にしながら思ってしまうところ。

うはー、ダブルオーマジで面白いっす。

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機動戦士ガンダムOO(ダブルオー) 2ndシーズン 第17話 「散りゆく光の中で」 感想

2009-02-03 00:33:18 | ガンダム00(ダブルオー)2ndシーズン
誰もそんなことは望んでいないと、大災害を回避しようという想いが結集する感動も覚めやらぬうちに、ダブルオーという作品における最後の良心のようなスミルノフ大佐の退場という衝撃的な第17話「散りゆく光の中で」。

軌道エレベーターの崩壊という惨劇の中で、それを少しでも回避しようと、ソレスタルビーイング、カタロン、クーデター組、正規軍、そしてアロウズまでもが一つの目的に向かって結集していくシーンはやはりぐっと来ました。

命を救うんだ、そのために自分たちは軍人になったんだ、今は敵とか味方とか関係なく、自分たちの下にいる守るべき命の盾になる、そういう軍人の矜持がこの一致団結を生み出したかと思うと泣ける。

反目し合っていても、共通の目的とその矜持に照らし合わせればおのずと肩を並べられる、という可能性の一つを見た感じ。

しかしながら、そんな感動も覚めやらぬうちに、訪れる悲劇。

スミルノフ大佐。・゜・(ノД`)・゜・。


スミルノフ大佐がキム指令から密使として派遣された裏には、おそらくこのドサクサにまぎれて、アロウズ創設に反対していたであろうスミルノフ大佐を葬ってしまう、という筋書きがアロウズ内にあったと思われるけれども、それでも、そのとどめを刺したのが、息子のアンドレイだったというのは、悲劇というか運命の悪戯としか言いようのない出来事。

運命が巡ったのか、それとも心を閉ざしてしまった息子とのコミュニケーションを自分からも諦めてしまったツケが周ってきてしまったのか、それは結局巡った因果だったのかもしれない。

ソーマ・ピーリスに対するセルゲイさんの態度というのは、戦うことしか知らない、頑なに自分の心を戦闘にだけ、自分が生まれてきた証明をしようとするソーマに、自分の息子が心を閉ざしてしまったこと、そしてその息子に対してコミュニケーションを取れなくなってしまったことへの贖罪だったのかもしれないなぁ・・・。

いやー切ない。・゜・(ノД`)・゜・。

「ホリー、すまない」

という一言は、アンドレイを頼むね、と言われたのに、自分の気持ちの整理やホリーを喪失したことへの傷心もあいまって、心を閉ざした息子を結果的に放置するような形になってしまったこと、息子と最期まで意思疎通できなかったことに対する懺悔なんだろうなぁ・・・。

切ない。・゜・(ノД`)・゜・。

セルゲイさんはソーマ・ピーリスを通じて贖罪を果たしてきたけれども、アンドレイにはルイスを通じて、いつか父親が見たものを見てくれると良いなぁ。

今のアンドレイは、ホリーを見捨てざるを得なかったセルゲイの決断と同じで、恒久的な平和を望むためにはアロウズが必要である、と思っていて、自分は命を見捨てない、と言っているけれども、セルゲイだって命を見捨てたわけではなく、軌道エレベーター建造に携わる人たちの命を救っていたわけで、それが理解できるときが来ると本当に良いな、と。

セルゲイさんのご冥福をお祈りいたします。・゜・(ノД`)・゜・。



後は、ようやく本心を明かしたリボンズ。

やはり彼はイノベイターという集団すら信じておらず、創造主=神=リボンズ・アルマークである、と断言しました。

ドラッカー的に言えば、イノベーションとは一部の天才の所業にあらず、革新を導くことができる組織であり、体系化されたものであるべきで、逆に一部の人が革新的な行いをしようとするのはイノベーションという言葉の誤用なんじゃないのか、とも取れるわけで、やっぱり作中ではこのリボンズの考え方は否定されるべきものなんだろうな、と。

イオリアがどういう判断をしたのか分からないけれども、やはりソレスタルビーイング創設にあたり、イノベイターが廃棄されたという事実だけを考えると、やはり一部の人間だけが変えていくのではなく、人間が、より多くの人間が紛争根絶という方向性に向かって進んで欲しい、そうするためにはどうすべきなのかを考えないといけない、というのが本筋だと理解したんじゃないかなぁ。

トランザム、ツインドライヴというイオリアからの贈り物は、単に戦局を乗り越えるためのツールという意味だけではなく、(今回できなかったセルゲイ→アンドレイ間の意思疎通を例にしても)人間の意志疎通の重要性、面倒であっても時間をかけて意思疎通をしていかないといけない、伝えたいことがある相手にはダイレクトに想いをぶつけていく、つまりそれが「対話」なんだよ、というような願いが託されていたんじゃないかなぁ、なんて。

それはイノベイターとかソレスタルビーイングとかいうカテゴリじゃなくて、一般の普通の人レベルで重要なんだ、みたいな。

実は今回のセルゲイとアンドレイのエピソードというのはその「対話」の重要性の話でもあるんじゃないか、という気がしますね。
#アンドレイのIFとしてソーマ・ピーリスとの「対話」があったのかもしれない。

次回は4ヵ月後。
残り話数で本当に終わるのか、つか、終わって欲しくないかも、と思いつつ次回を待ちたいと思います。

切ねー。・゜・(ノД`)・゜・。

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