蒼穹のぺうげおっと

-PEUGEOT in the AZURE- マンガ・小説・アニメの感想を書き流すファフナーとエウレカ好きのサイトです

機動戦士ガンダムOO(ダブルオー) 2ndシーズン 第16話 「悲劇への序章」 感想

2009-01-26 01:03:12 | ガンダム00(ダブルオー)2ndシーズン
軌道エレベーターを破壊することがあるとすれば、それはアロウズ主導(イノベイターの目論見)で成されるんじゃないかと思いながら観ていた第16話「悲劇への序章」。
まさかメメントモリがもう1基あったとは。
#たしかにグッドマンがカタギリさんに準備ができたので宇宙(うえ)にあがると言っていたけど、そのことだったんだね・・・。

先週からの流れだと、僕はオートマトンを使って内部からの大虐殺も有り得るかな、と思っていたのですが、その斜め上を行く展開に。
あれは6万人の人質=目撃者もろとも消滅させてしまって、無かったことにする&統一政府にあだなすものを一掃する作戦、ということになりますよね。

軍隊は抑止力、という言葉とは対極にあるメメントモリ=大量破壊兵器の使用。
もう戦争にルールもへったくれも無い状況なのか・・・。

これを撃たせるかどうか、というのが次回の最大のポイントになるのか?

いずれにしてもセルゲイさん、かなり死地に赴いている感じです。危ないです。
#多分アロウズに楯突く古参の存在として危険因子排除という感じで売られたんだろうな・・・。

そういう意味で今回、一番印象に残ったのがアンドレイで、今の彼と母親であるホリーを失ったときのセルゲイさんは考え方、立場が実は非常に近かったんじゃないか、つまり、アンドレイは父親と同じ轍を踏む可能性がある、というところでした。

世界の平和を望むなら生半可な覚悟ではできない、そのためにアロウズの力が必要である、というアンドレイの考え方。
それは何となく、ホリーを失うときのセルゲイの信念に近いのかもしれない、とも思ったんですよね。

父親のようにはなりたくない、と断言して軍人を志した息子。
しかし、現在の彼の信念は、同じようになりたくないと誓った父親の当時の姿と同じだった・・・、という展開はドラマとしては面白いと思うんですよね。

ホリーを失ったことがきっかけでセルゲイさんは自分の行いや信念を悔いることになり、現在では頑なにアロウズに入隊することを拒否している、というバックグラウンドだと面白いな。

似た者親子のすれ違い。
愛憎劇。

いずれにせよ、セルゲイさん、死地の際にいることには変わりありません。

セルゲイさん→ソーマ
アンドレイ→ルイス

と、戦いに身を投じることに疑念を挟まない(環境にいる)少女たちを救う立場にいるかもしれないスミルノフ家の男たち。

ダブルオーライザーのツインドライヴ&トランザムによって発生する無限大の輪が描く現象が指向性(思考性?)を持つのなら、現在は宇宙と地上とで離れている親子に、セルゲイの気持ちがアンドレイに届くと良いな、と思います。
#何その死亡フラグ!?
#でもね、作中の大人の役割って非常に大事だと思うのよ。
#現状では変化を諦めているようにも取れるセルゲイさんだけれども、若者を導くのはやはり大人の仕事の一つだと思うので、アンドレイを導いてやって欲しいと思うんだよね。

後はミスターブシドーの人。

この人もやっぱり仮面が外れるかどうか、というのもひとつポイントなのかもしれないな、と。
この人がミスターブシドーになる前、だけれどもその兆候を見せたのは、僕は彼がGNドライブ搭載型のフラッグを選んだときだと思うんですよね。
あのときに歪んじゃった。力に魅せられちゃった。
戦いの中にしか身の置き所がない。
現時点では刹那の反面教師、という形に。
#ガンダムという純粋な力の前に影響を受けてしまった、という点では刹那に似ているかも・・・。

カティさん含め、ミスターブシドーの人とか1stシーズンキャラが動いていくのはまだもう少し先なのかもしれないなぁ。
そのときはミスターブシドーの人は是非仮面をはずして登場して頂きたい。
#あの仮面は傷を隠す&プライドの問題というところと、ガンダムへの固執の表れ=象徴じゃないかと思っているので。

そういう中での刹那の言葉。
戦うことしかできない、と思っていたけれども、今の自分はそれだけではないと思っている、という言葉。
これはマリナ姫の歌が届いてからの心境の変化ですよね。
歌をもう一度聞かせてくれ、というのは今までの刹那には無かった表現ですから。

今回ハーキュリーさんが「民衆が変わらなければならない」と言って決起したのとは真逆的に、刹那が自ら変わらないといけないだ、とうわごとのように呟いた対比というのは非常に興味深かったです。


今回のクーデターではアロウズのヴェーダによる情報統制もあって、完全にコントロールされてしまっているけれども、これを表現したということは、逆にダブルオーライザーへの期待が高まるというか、それしかないような気がしてきました。

人の気持ちを伝えていく。
マリナ姫が歌に想いを込めて皆に伝えようとしたように。

情報統制されている中で、唯一、その影響を受けない手段があるとすれば・・・、

それはダブルオーライザーが描き出すツインドライヴとトランザムによる無限大=∞(ダブルオー)の輪によって導かれるGN粒子の海が、全人類へ平和とそれこそ革新(イノベーション)をもたらす鍵になるのではないか、という感じです。
#それこそ、人類の革新をもたらすのはイノベイター(リボンズたち)ではない!!真のイノベイターとは、というドラッカー的展開になるんじゃないかなぁ。

人と人の気持ちがダイレクトにつながっていく、そういうのが本当の「対話」なんじゃないかな、この作品を通じての主メッセージの一つなんじゃないかな、と思ったり。


また、そういうイノベイターたちも、実は結構人間っぽいところが多々ある気がしますね。
今回のディバインにしても、前回はあんなこと言ってましたが、内心ではブリングのことを気にかけていたり、他のメンバーだって嫉妬とかなんとかしてたりして、実は非常に人間くさい一面を持ってるんですよね。
同じイノベイターでもリボンズの考えは他のメンバーも共有していないみたいだし。

こういう表現を所々入れてくるところもヒントになるかもしれないですね。


さて次週、軌道エレベーターを巡る戦いはどうなるのか?
見ごたえありそうです。

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仮面ライダーキバ 最終話 感想

2009-01-25 00:02:11 | Weblog
先週最終回を迎えた仮面ライダーキバですが、毎週子供たちと一緒に(そして僕が一番楽しみに)観ていました。

序盤の過去と現在が混在して進むストーリー展開は非常に難しくて、毎回子供たちに僕が解説をしないといけなかったのですが、過去と現在がクロスしてくるあたりからはぐっと分かりやすくなって、なるほどー、と思いながら観てました。
終盤の展開はお見事!な感じでした。

特にラストでは、いろんな形の「愛」が作品を支えてきたんだな、というのが如実に現れて、それがぐっと来ましたよ。

引きこもり主人公だった渡がたくさんの人とかかわりあうことによって大きく成長していくのがポイントで、そこにはたくさんの「愛」の形があったのがポイント。

父親である音也から息子である渡へと受け継がれた「親子の愛」

クイーンである母親とその息子たちである太牙と渡への「親子の愛」

太牙と渡が実は互いを想いあっているという「兄弟愛」

数えていけばきりがないんだけれども、こうした数々の愛に支えられて引きこもり主人公の渡だけじゃなく、登場人物たちが成長していく、というのが最大のポイントだったんじゃないかと思います。

最終話では父である音也が残したイクサの腕が、22年のときを超えて息子である渡の腕を掴んで命を救う、なんていうにくい演出も良かったですよ。

次狼たちがラストで「音也との約束を果たす」と言ってラストバトルに参戦してくるところも熱かった。

当然、ラストの太牙のダークキバと渡のキバのそろい踏みは、その前にやっている音也のダークキバと渡のキバの親子共闘を彷彿とさせる兄弟共闘も熱かった。

過去と現代を行ったりきたりするストーリー展開の困難さも、ラストにはその分の感動が凝縮されるという、僕的には非常に面白かったです。

エピローグも面白くて、また時代を超えて続いていくのか、と思わせるところはさすが。
#全ライダーのそろい踏み+次狼たち3人もプラスしての勢ぞろいもサービス精神が利いている。


父親としての音也が非常にかっこよかったわけですが、音也と渡を中心として描かれた様々な形の愛がこの物語を根底から支えていたんだな、というのがラスト3話くらいの渡が過去へ「渡る」あたりから明確になっていく、というのが非常に素敵でした。

面白かったです。ありがとう!

で、僕は何よりイクサが凄く好きだったんですね、実は。

しかもセーブモードの。

あれは歴代ライダーの中でも僕は最高にかっこいいとおもってるんだけどなー。

バーストモードになるときは超・燃える。
#ライジング・イクサも良いけど、セーブモードからバーストモードになるときが一番かっこよい。

バーストモードになれない22年前のイクサも好き。
へたれイクサって感じ。

でもそのイクサの腕がラストで渡の腕を掴むのだから、最高にかっこいい。

やっぱりイクサはかっこいいのです。

仮面ライダーキバ 2モードバーストチェンジDX仮面ライダーイクサ

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機動戦士ガンダムOO(ダブルオー) 2ndシーズン 第15話 「反抗の凱歌」 感想

2009-01-19 00:59:07 | ガンダム00(ダブルオー)2ndシーズン
2ndシーズンに入ってからずっと刹那の中でわだかまっていた想い、世界は何も変わっていない、そして俺も・・・、というガンダムダブルオー的な大きなテーマの一つでもあるところにようやく本命として焦点が当たる感じの第15話「反抗の凱歌」。

つまりそれは都合1年という物語の中の4分の3を沈んで過ごしてきたマリナ姫にスポットが当たることと同義でもあると思うんですよね。

刹那は悩みに悩んできて、マリナ姫は落としに落とされてきて、その二人が今回ようやく語り合いを始める(それはそれぞれの生い立ちも含めて)、というのがこの先のクライマックスへの布石というか、暗示というか、二人の関係性が脚光を浴びて行くという展開を否応無く期待させてくれる感じ。

やっぱり主役カップルが感情面でグラグラ来ないと視聴者的にも感情移入しづらいもんねー(笑)。
#刹那がマリナ姫のことを「マリナ・イスマイール」から「マリナ」と呼び始めたのは非常に良い傾向。

ということで、リボンズが言う「対話」とは全く対極にあるんじゃないかと思う刹那とマリナ姫の「対話」。
これもひとつ大きな物語での鍵なんじゃないのかなー、と思いました。

イノベイターが人類の上位種と位置づけられる理由のひとつが、脳量子波を利用した相互意思疎通にある、ということであれば、それ以上互いを知ろうとすることも無いかもしれない、逆にそれはそれ以上の発展を示さない、という答えにつながるのかもしれない・・・。
今回ヒリングやリヴァイブが言っていた脳量子派を介した意思疎通ができないのは不便だ、とかの会話は今後の展開のヒントになるかも。
#視聴者的期待値としては、その不便であるがゆえに人間は互いを知ろうと努力できる、という方向性に向かって欲しいところ。

ダブルオーのツインドライヴが描き出す無限の輪=∞の中では、人類も本当に気持ちを伝えたい人のもとへ心の声を飛ばすことができている。
だからマリナ姫の声は刹那に届いたし、子供たちの歌声は、この歌を聞いて欲しいと思った人たち=戦場の人たちへと伝わった。

トランザム、そしてツインドライヴというイオリアがガンダムマイスターたちに託した技術は、それこそセットでその真価を発揮するのかも。

そしてそのセットはイノベイターの存在理由を否定するもの、にもなるんだろうなぁー、と漠然と思ったり。

今回、ルイスが脳量子波を使っている描写が明確に描かれていて(第1話でもそうかなーと思っていたけど)、残念ながらルイスは左手の義手化+脳量子波を使えるようにリボンズに手術をされているんだろうね。

ということは、脳量子波は超兵だけじゃなく、一般の人にも手術で利用可能になるということだし、イノベイターの目論見として、最終的には全人類が脳量子波を使えるようにする&トライアルシステムのようにコントロールすること、だったりして・・・。
#ルイスの薬はその副作用を抑えるためのものなのかもね。
#コメント欄でも貰ったんだけれども、まさにマクロスFでいうところのグレイスが考えていた全人類インプラント化計画の可能性も無きにしも非ず、というところかな。
#トライアルシステムについては個人的に消化不良のところもあったしなぁ・・・。

それが「対話」。

・・・だったりして。

うーん、妄想しすぎか。

とまあ、今回やっぱり一番気になったというか、これからきっと盛り上がっていくであろう刹那とマリナ姫の二人の「対話」と、リボンズの言う「対話」、きっとこれは正反対なんだろう、という点だけは多分直感的に間違ってないかな、と思ったり。


そういう意味では旧ロックオンが今回登場したけれども、新ロックオン=ライルと、そのロックオンのことを唯一ライルと呼ぶ(カタロンではジーン1だし)アニューという、人間とイノベイターのカップルというのも一つの可能性なんだよねー。
#今回のエンディングを見る限り、シーツの後ろに見えた髪の毛は淡い紫だったからきっとアニューの髪なんだと思う&何よりロックオンの制服とアニューの制服が対になっていたので。
#一瞬フェルトかなーとも思ったんだけど(バックが赤だから制服がピンクでも有りと言えば有り)、シーツの後ろの髪を見るとやっぱりアニューだと思う。


今回のエンディングは非常に好きで、無残に朽ち果てたガンダムがそれぞれ横たわっているんだけれども、何かを成し終えて力尽きた感がある、というか何よりも、2ndシーズンの最初のエンディングでもそうだったんだけど、時間が経って、朽ちた兵器にも花が咲いている、という表現が共通しているんですよね。

これは1stシーズンのOP曲である「Daybrake's Bell」の「澄み渡る未来が来たなら草花も兵器に宿るだろう」という歌詞にも共通する部分。

このガンダムダブルオーの2シーズンを通したイメージはここで共通しているので、目指すべきところ、こうであって欲しいと願う世界はきっとそうなんだろう、と思ったりするんですよね。

そして最後に少年兵の頃の刹那が、未だに見せたことの無い笑顔を見せて終わる。

これだけでも意味がある、と言う気がする。

過去は変えられない、と旧ロックオンが言った。
けれども(最期に私怨に走って命を落とした自分のようになるのではなく)、刹那は変われ、と言う。

EDで見せる少年兵の刹那の笑顔、これもひとつの到達点、なんだろうなぁ。

ということで、新ED。
非常に良かったです。


展開としてはいよいよ軌道エレベーターを舞台にしたクーデター勃発。
個人的にはもっと早く軌道エレベーター崩壊か!?というのを期待していたのですが(笑)、現在の人類の宝とも言える軌道エレベーターを挟んで、アロウズがどう動くのか、それも興味があるところ。
#オートマトン投下、とかやりかねない。

セラフィムの特性って何だ?とか、ブシドートランザム!!とか気になるところはまだまだたくさん。


そういう中で、もう一つ余談というか、多分本命だと思われる話を少し。

ランゲージダイアリーのあいばさんに記事を紹介してもらったので、お互いに紹介というのも恥ずかしいですが(笑)、イノベイターの位置づけと本当の意味でのイノベイターの違い、と言う点からこの物語のラスト、というかテーマの帰結を予想。

確かあれは11月だったと思うんだけど、出張中にとある経済雑誌でドラッカー関連のコラムを読む機会があって、そこには最近使われている「イノベーション」と言う言葉はドラッカーが提唱したものと違っている、もしくは正しく理解されていない、というものだったんですね。なるほど、と。

もともと「イノベイター」という言葉もドラッカーの著書タイトルなんだけれども、ちょうどダブルオーも2ndシーズンが盛り上がってきたところだったし、興味深く読んだんですよね。

「イノベーションは一部の天才によるひらめきではなく、誰でもどの組織でも活用可能な「体系」「方法論」である」というのが趣旨であるということ。

そしてもう1点。

ドラッカーは著名な経済学者であると同時に、彼自身を評して「社会生態学者」であり「社会幸福論者」でもある、という点。

ドラッカーの関心は、(彼の戦時中の体験などから)若いころから一貫して、社会的な存在としての人間の幸福に焦点があたっていて、社会が正しく機能し、かつそこに生活する個々の人間がそれぞれかけがえのない役割を持ち、充実した人生を生きるためには何が必要か、という探求こそが彼のライフワークなのだ、と。


ああ、これはまさにダブルオーの世界観だな、と。

今のダブルオーに出てくるリボンズをはじめとしたイノベイターたちは、自分たちが上位種だと言い、世界の変革を促すものだ、と言っている。
これはある意味間違った「イノベーション」の解釈で、ダブルオーのスタッフは逆にそれを狙って「真のイノベイター」とはお前たちに非ず、ということを示唆しているんじゃないか、と思ったので、あれは確かあいばさんの誕生日の後くらいだったかな、お祝いコメントをかねてこんなことをWeb拍手で送ったんだよな、確か。

それで先週の第14話「歌が聞こえる」

マリナ姫の歌が、子供たちの歌が戦いを止めた。

イノベイターたちじゃなく、切実に戦争なんかやめて、一緒に家に帰ろうと願う気持ちが戦場に届いた。

こういったひとりひとりの切実なる思いがダブルオーのツインドライブ&トランザムに乗って世界に届いていく。

無機質化する戦争への危機感の中、大切なのは、失ってはならないのは人の気持ち・感情であると。

「イノベイター」への誤解と、社会幸福論。

イオリア・シュヘンベルグは、最初僕はアイザック・アジモフのファウンデーションシリーズのハリ・セルダン(心理歴史学者、というかほぼ預言者)的位置づけかと思っていたんだけど、そのハリ・セルダン的雰囲気を残しつつも、でもまさに社会学者としての故P・F・ドラッカーなのではないか、と思うようになったんですよね。

そういう意味からも、そしてこの物語の流れからも、僕は個人的にこのダブルオーのラストを「真のイノベイター」とは?的解釈からリボンズたちイノベイターではなく、名も無い、平和を望む多くの人々の声が結集した形へと収斂していくんじゃないかと予想しています。
#この辺はあいばさんのラスト予想と全く同じですね。

というわけで、既に僕の中では数あるガンダムシリーズの中でもストーリー面で屈指の出来になっていて、実は一番好きかもしれない、と思うところなのです。
#ちなみにBlue-Rayは1stシーズンは買わなかったけど、2ndシーズンから購入することにしました。

ダブルオー、まじで面白いっす。

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機動戦士ガンダムOO(ダブルオー) 2ndシーズン 第14話 「歌が聞こえる」 感想

2009-01-14 02:41:33 | ガンダム00(ダブルオー)2ndシーズン
第14話「歌が聞こえる」すげー面白かったです。
つか、むしろ感動の領域に。

個人的には前半戦の見所である第13話「メメントモリ攻略」よりも、登場人物たちの感情がグラグラに交錯した今回の方がかなり見ごたえがありました。
そしてあのマリナ姫と子供たちの歌には、理由も分からぬまま直感的に感動してしまい、しばし絶句状態に。

作中所々に上手く演出的な見下ろす、見上げる演出が入ってて素晴らしいと思っていたのだけれども、マリナ姫が宇宙を見上げながら「今は歌うくらいしかできないけれど」と言うところでは無力感を漂わせ、しかしながらラストではその「歌」がダブルオーライザーのトランザムが作り出すGN粒子無限大効果で、人の意識をつなげていく、歌が戦いで疲れた人々の心に染み込んでいくようなシーン、あれは見上げる、見下ろすという演出を更に超えた、そういうことではないんだ、くらいの勢いで僕の心には響いてしまいました。

直感的な感動、と言ったら良いのか、とにかく心を揺さぶられてしまいました。

ガンダムダブルオーは、2ndシーズンに入ってから特にオートマトンに代表されるように、戦争の仕方がどんどん無機質化していっている現代を風刺するかのような展開がなされているんだけれども、その一方で、というか、無機質化が目立てば目立つほど、主人公たちの置かれている状況や、それに抗おうとしている人たちの人間の意志の力、みたいなものを描いていこうとするのが見て取れるんですよね。

今回の「歌」は(マクロスもそうだったけれども)人間の感情に直接訴えてくるものなんですよね。

歌うくらいしかできない、と言っていたマリナ姫。
だけれども、切実なる願い、想いが託された、純粋に平和を願う気持ち、それがみんなに届くように、そんな想いが込められた「歌」が、戦いの最中の刹那に届き、そして戦いを止めてしまう。
ダブルオーライザーのツインドライブによって戦いに疲れた人々へと「歌」が届いていく。

なんか、本当に感動してしまいました。

これはやはり全てを飲み込んで、マリナ姫の「宇宙へのエクソダス」も現実味を帯びる、という気がしてきました。

いやー、参った。
ガンダムダブルオーは僕の個人的なガンダム作品の中では一番になりそうな気配までしてきました。

小さな力が結集して、人の心に届いていく。

見上げる者、見下す者、そういう意図的演出をしつつも、今回の小さな力・願いの結晶である「歌」は、そういう構図をキャンセルして、ただひたすらに、切実に皆が願う、それが大きな流れになっていく、というすっごい意味があったんじゃないか、そんな風に思えてきました。

1stシーズンでは個人主義だったソレスタルビーイングが徐々にチームプレーになっていき、2ndシーズンではガンダムマイスターだけでなくクルー全体で戦うようになってきて、そしてそれを超越するように、武力を持たないものの切なる願いが、大きな流れを作っていく、そんな大きな物語に今なろうとしている、そんな予感を感じさせる後半戦の開始でした。

しびれた。


後は刹那が気になるところです。

今回はマリナ姫たちの「歌」が刹那の戦いを止める、という非常に大きな意味もあったんだけれども、刹那としてもその直前に、彼の運命を大きく変えた二人の人物、アリーとリボンズと対峙しているわけです。

特にリボンズ。

刹那にとって、11年前は絶望して絶望して神なんかこの世にいない、そんな果てに見た神がガンダムだった、という悲しいくらいに歪んでしまった、そしてそれが彼の新しい原点になってしまった事件、それがガンダム降臨だった。
けれども、そのガンダムに搭乗していたのは、歪みの元凶たるイノベイター・リボンズだった、という衝撃。

しかも、その男が自分をガンダム・マイスターに推薦したという。

4年前からいろんなことが変わってきた刹那だけれども、彼の原初体験たるガンダム降臨、これが全ての元凶であり、始まりであった、というのはそれなりに衝撃的な事実だと思うんですよね。

だからこそ、次週、マリナ姫と刹那の再会、というのは、冒頭の感想にも書いた刹那の戦いを止めた、という点と二つの意味で凄く興味があるんですよね。

マリナ姫に懺悔する、というか、刹那の今のこの苦悩と衝撃を告白する相手がいるとしたらマリナ姫しかいない、という展開だと思うんです。

これは凄いなぁ。


後は、ティエリア。

セラヴィーからセラフィムへ脱皮!!

僕も今、殻を脱ぎ捨てるぜ、キャストオフ!!みたいな。

ティエリアがイノベイターを否定して人間宣言するあの瞬間、ティエリアの位置取りが初めてブリンク=イノベイターよりも上位に位置取りするんですよね。
そしてイノベイター撃破、というのはかなり熱かった!!

何かこれもえらく感動。


アニューも凄く気になる。

実はアニューは自分がイノベイターというのを自覚していない、とかっていうのがあっても面白いと思うんですよね。
つまりスパイの自覚もない、みたいな。

だったら面白いんだけどなー。

ロックオンのカウンターパートはアニューで決まりのような気もしてきた。
イノベイターと人間の恋愛があってもいいじゃない、という気がしてきた。


あとブシドーの人。

マスラオ登場。

僕は最初、ミスターブシドーってすげーノリだな~と思っていたんだけれども、今回の感想やこれまでにも戦争が無機質化していくなかで、人間の感情にスポットを当てている、というのがずっとテーマ的に気になっていたんですよね。
無機質化、ルールが限りなくなくなっていく虐殺的な戦争へと近づく中で、ミスターブシドーというのは、それこそそういう状況の中で忘れられていく武士道精神、騎士道精神、戦争は虐殺をするためなのか、人が人を殺すことにためらいを無くして良いのか?というアンチテーゼ、というか、テーマそのものになっているんじゃないかとも思えてきました。

それを面と向かってやるのもなんだから、ミスターブシドーみたいにちょっと笑えるキャラにしようぜ、みたいな(笑)。

セルゲイさんなんかは最初からそういうポジションにいたんだけれども、カティさん、ブシドーの人、と戦争はルール無用ではない、人が人を殺すことの意味を考えるべき、という人たちの力の結集というのも、クライマックスへ向けてそろそろ観たくなってきたところです。

ガンダムダブルオーも折り返し地点。
今回、物凄く奮えました。

いやー、まじで面白いっす。

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あけましてもやしもん 2009

2009-01-01 00:54:37 | Weblog
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年はオフ会明けの31日に愛車が動かなくなるというアクシデントが発生。
実家に車で行こうと思っていたのに、急きょ電車で帰ることに。

もう買換えかなー、と思いながらも、そうしたらブログ名も変わるんだろうか、なんてことをぼんやり考えつつ、もやしもんを読みながら帰りました。

そしたら、実家にフランスからのお土産で、グランクリュのワインがあったのです。
もやしもんの6巻(フランス編)を読みながら帰っていたところだったので、あまりのタイムリーさにビックリ。

そしてそのグランクリュの美味しさにまたビックリ。

すげー美味しかった。

グランクリュを冠するワインはブルゴーニュ地方では最高峰、そしてワイン豊作の年であった2004年もの。

通常、あまりワイン飲めない人なのに、一人でほとんど飲みきってしまいました。
#もちろん父親と一緒に飲んでいたのですが、彼はウィスキー派でした。

いやー、車の故障とか、吹っ飛ぶほどでした。
#いや、忍法先送りとも言う…。

ということで、2009年の最初、今更ながらに「もやしもん」にはまっています。

これは本当にすごいマンガですね。
日本を代表するサブカルチャーとして日本人が誇りに思える、とか僕は勝手に思っちゃってるんですが。

いろんな考え方、国による文化、そして何より日本文化を菌という視点で描いた、まさに傑作だと思うよ。

うーん、ほんとに世の中、マンガの世界ってのは奥が深い。
素晴らしい。

…、ということで「もやしもん」で明けた今年、どうぞよろしくお願いいたします。
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