概ね先週の感想で書いたポイントであまり外れが無かったと思うので、今回はふむふむ、(皮肉が利いていて)上手いなぁ、なんて思いながら見ていました。
特にラストで往壓さんがアビをして本当の山の民である、と評するのは渋くカッコいいところでした(渋すぎるかもしれない)。
アビは「山の民」として帰属するカテゴリの戻ることもせず、そして「里の民=市井の民」として帰属することもせず、たださすらうのみ、ただ漂白するのみ、という道を選んだ。
それはアビがアビであるということを選んだということであり、それはまた寄る辺無き身であり、カテゴリを持たない、常にさすらうという孤独で辛い道を選んだ、それこそが本当の「山の民」=リスクを背負って生きる自由人である、と評したわけです。
作中ではそれを全て肯定、というわけではなくて、つまるところそういう覚悟を持っているからこそ、自由人と名乗れるのである、憧れているだけでは辿りつけない境地なのです、という形で、肯定も否定もしない、ただそれがアビらしい、というか、自由人の定義の一つでしょう、みたいに表現していたのが渋いですね。
#渋すぎて視聴者層に合わないのではないかといらん心配をする30代社会人です(笑)。
一応、先週皮肉が利いているなぁと思った部分に対しては、今週作中で回答が出ていたので、先週感想を一応再掲です。
==ここから再掲==
「山の民」かと思っていた人は実は「山の民」ではなかった、というミスリードがあり、彼は厳しい取立てを受ける「農民」という此処(ここ)ではなく、制約を受けない、自由である、食料もある「山の民」という何処(どこ)かに憧れた男だった、ということなんですね。
「山の民」は「山の民」でおそらく自分たちに何らかの制約を設けていたり、何者にも頼らず生きていくにはそれなりの覚悟と決意が裏側に隠されている、ということに彼はまだ気がついていない。
また、さらに神がなんだとか、「山の民」が神の子だなんだと言っている山崎屋については、偽者の「山の民」を囲って、それで悦に入っているという、なんとも皮肉な構図になっているわけです。
とにかくこの物語は皮肉が利いている。
==ここまで==
ということで、今回の個人的なポイントは、先週の感想でもニナイについては先週までで全く情報が開示されていないので予測不能、ゆえに今週はニナイが何を考えている(いた)のか、それと邂逅する異界経験者の往壓さんはどう思う?実の弟のアビはどう感じるのか?がポイントでした。
ここについても渋く表現されていて、ニナイから取り出した漢神は「異」。
「異」とは、鬼の頭をした者が両手を挙げている姿をあらわしている。
「鬼」とは、この世の人を惑わせる冥界の住人。
これは上手い。
ニナイは、農民と争いになったとき、「山の民」の暮らしも、「里の民」と争うことも、全てに嫌気がさして現実逃避し、この世ならざるところ=「異界」へ行った訳です。
そんなニナイがこの世に残した「呪い」。
それが涙孥で、食べ物を争って生きるこの世の人たちに、冥府の食べ物を食させ争わせる、そういう呪いだったと。
ここでまた上手いのが、古事記を引用していて、山崎屋がちょうど涙孥を狂気に満ちて食べようとするシーン、あのシーンで山崎屋が呟いていたのが、かの古事記でも非常に有名なシーンで、イザナギとイザナミが黄泉の国で問答をしているシーンの台詞なんですよね。
ヒノカグツチ(ホノカグツチ)を生んで、そのときの火傷が原因で死んでしまったイザナミ。
そのイザナミを忘れることができず、黄泉の国まで迎えに行くイザナギ。
どうか戻ってきて欲しいと訴えるイザナギ。
しかし、黄泉の国の食べ物を食べてしまったので戻ることはできません、と伝えるイザナミ。
ちょうどこの「黄泉の国の食べ物を食べてしまった」というくだりのところで、山崎は涙孥にかぶりつくわけです。
上手いですね。
#この人はこの人で古事記に狂ってしまい、そうでなくてはならない、古事記の通りでなくてはならない、と自分でかせをはめてしまっているわけです。
まあ、この後古事記では、イザナミが黄泉の国の王に戻れるかどうか伺いを立てる、だからどうかその間この扉は開けないで欲しい、と伝えて去ります。
で、待てども待てどもイザナミは戻って来ず、開けるなと言われれば開けたくなるのが心情というもの、イザナギは開けてしまうわけです。
そこには腐敗したイザナミの姿があり、その姿を見られたイザナミは怒り、黄泉比良坂まで逃げるイザナギを追いかける、というお話。
脱線しましたけど、涙孥はどっちかっつーと、イザナギとイザナミの間に出来た「ヒルコ」に近いイメージもありますね。
と、まあそこで冒頭の感想に戻るわけですが、今回も皮肉が利いておりました。
個人的にこういうお話は好きなんですが、微妙にこの時間帯の視聴者層として理解し易いか?というのがちょい気になりますかね。
何気に小笠原さんが今回もいい味というか、面白い台詞(本来仕官したのはこういう目的があったからだ)があったので、そっち側にいずれストーリーが傾くと思うので、その辺が個人的には楽しみですね。
天保異聞 妖奇士 一 (完全限定生産)
特にラストで往壓さんがアビをして本当の山の民である、と評するのは渋くカッコいいところでした(渋すぎるかもしれない)。
アビは「山の民」として帰属するカテゴリの戻ることもせず、そして「里の民=市井の民」として帰属することもせず、たださすらうのみ、ただ漂白するのみ、という道を選んだ。
それはアビがアビであるということを選んだということであり、それはまた寄る辺無き身であり、カテゴリを持たない、常にさすらうという孤独で辛い道を選んだ、それこそが本当の「山の民」=リスクを背負って生きる自由人である、と評したわけです。
作中ではそれを全て肯定、というわけではなくて、つまるところそういう覚悟を持っているからこそ、自由人と名乗れるのである、憧れているだけでは辿りつけない境地なのです、という形で、肯定も否定もしない、ただそれがアビらしい、というか、自由人の定義の一つでしょう、みたいに表現していたのが渋いですね。
#渋すぎて視聴者層に合わないのではないかといらん心配をする30代社会人です(笑)。
一応、先週皮肉が利いているなぁと思った部分に対しては、今週作中で回答が出ていたので、先週感想を一応再掲です。
==ここから再掲==
「山の民」かと思っていた人は実は「山の民」ではなかった、というミスリードがあり、彼は厳しい取立てを受ける「農民」という此処(ここ)ではなく、制約を受けない、自由である、食料もある「山の民」という何処(どこ)かに憧れた男だった、ということなんですね。
「山の民」は「山の民」でおそらく自分たちに何らかの制約を設けていたり、何者にも頼らず生きていくにはそれなりの覚悟と決意が裏側に隠されている、ということに彼はまだ気がついていない。
また、さらに神がなんだとか、「山の民」が神の子だなんだと言っている山崎屋については、偽者の「山の民」を囲って、それで悦に入っているという、なんとも皮肉な構図になっているわけです。
とにかくこの物語は皮肉が利いている。
==ここまで==
ということで、今回の個人的なポイントは、先週の感想でもニナイについては先週までで全く情報が開示されていないので予測不能、ゆえに今週はニナイが何を考えている(いた)のか、それと邂逅する異界経験者の往壓さんはどう思う?実の弟のアビはどう感じるのか?がポイントでした。
ここについても渋く表現されていて、ニナイから取り出した漢神は「異」。
「異」とは、鬼の頭をした者が両手を挙げている姿をあらわしている。
「鬼」とは、この世の人を惑わせる冥界の住人。
これは上手い。
ニナイは、農民と争いになったとき、「山の民」の暮らしも、「里の民」と争うことも、全てに嫌気がさして現実逃避し、この世ならざるところ=「異界」へ行った訳です。
そんなニナイがこの世に残した「呪い」。
それが涙孥で、食べ物を争って生きるこの世の人たちに、冥府の食べ物を食させ争わせる、そういう呪いだったと。
ここでまた上手いのが、古事記を引用していて、山崎屋がちょうど涙孥を狂気に満ちて食べようとするシーン、あのシーンで山崎屋が呟いていたのが、かの古事記でも非常に有名なシーンで、イザナギとイザナミが黄泉の国で問答をしているシーンの台詞なんですよね。
ヒノカグツチ(ホノカグツチ)を生んで、そのときの火傷が原因で死んでしまったイザナミ。
そのイザナミを忘れることができず、黄泉の国まで迎えに行くイザナギ。
どうか戻ってきて欲しいと訴えるイザナギ。
しかし、黄泉の国の食べ物を食べてしまったので戻ることはできません、と伝えるイザナミ。
ちょうどこの「黄泉の国の食べ物を食べてしまった」というくだりのところで、山崎は涙孥にかぶりつくわけです。
上手いですね。
#この人はこの人で古事記に狂ってしまい、そうでなくてはならない、古事記の通りでなくてはならない、と自分でかせをはめてしまっているわけです。
まあ、この後古事記では、イザナミが黄泉の国の王に戻れるかどうか伺いを立てる、だからどうかその間この扉は開けないで欲しい、と伝えて去ります。
で、待てども待てどもイザナミは戻って来ず、開けるなと言われれば開けたくなるのが心情というもの、イザナギは開けてしまうわけです。
そこには腐敗したイザナミの姿があり、その姿を見られたイザナミは怒り、黄泉比良坂まで逃げるイザナギを追いかける、というお話。
脱線しましたけど、涙孥はどっちかっつーと、イザナギとイザナミの間に出来た「ヒルコ」に近いイメージもありますね。
と、まあそこで冒頭の感想に戻るわけですが、今回も皮肉が利いておりました。
個人的にこういうお話は好きなんですが、微妙にこの時間帯の視聴者層として理解し易いか?というのがちょい気になりますかね。
何気に小笠原さんが今回もいい味というか、面白い台詞(本来仕官したのはこういう目的があったからだ)があったので、そっち側にいずれストーリーが傾くと思うので、その辺が個人的には楽しみですね。
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