蒼穹のぺうげおっと

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超個人的お勧め小説 第1位 『マルドゥック・スクランブル』

2004-12-29 16:00:00 | 小説 感想
超個人的お勧め小説も最後の1作品になりました。
恐らく「蒼穹のファフナー」の感想を読んでくれて、僕がどんな作品が好きかを知っている人は既に予想ついてるんじゃないかと思うんですが、改めてその傑作をご紹介したいと思います。
今回はいつものコンセプトをちょっとだけ逸脱します。
しかし、それでも推薦したい、それほどの作品です。

■超個人的お勧め小説 選定コンセプト■
1.広義のSF系作品
2.男女ともにお勧めできる作品
3.3巻以内で完結する作品

このうち、2番の項目ですが今回は女性にはちょっとハードかもしれない。
それでも「攻殻機動隊」や「マトリックス」「LEON」の世界観がOKな人は是非読んでみてください。今一番お勧めの作家さんです。
それではご紹介します、超個人的お勧め小説 第1位は、

■冲方丁(うぶかたとう) 『マルドゥック・スクランブル』 ハヤカワ文庫JA
第1巻「圧縮」 / 第2巻「燃焼」 / 第3巻「排気」
-第24回 日本SF大賞受賞作品-

近年読んだSF小説の中で最高傑作!!と声を大にして言いたいのです。
既に私は今年だけでこの小説を3冊×3回読み返していますが、それだけ読み返してもまだ面白い、まだ新しい発見がある、とにかく緻密に計算された構図とそれによって浮かび上がるシンプルなテーマに酔いしれて下さい。
つい最近、素晴らしい盛り上がりを見せて放送終了した「蒼穹のファフナー」の後半部分の脚本を担当していたのも記憶に新しいですね。
冲方さん本格参入後のファフナーの面白さを観ても彼が稀有の才能を持った作家さんだと言うことがお分かり頂けると思います。

■少女と黄金のネズミと銃
本作の主人公はある事件に巻き込まれて瀕死の重傷を負い、特殊な科学技術によって九死に一生を得た15歳の少女と、その相棒となる金色のネズミ。
しかもただのネズミではなく、こちらも特殊な科学技術によって奇跡的に誕生した人間よりも人間らしいネズミ、そしてユニバーサル・ウェポン=万能兵器としてどんなものにもターンできるネズミとその使い手となる二人の物語。
めちゃめちゃSF的要素が強いですが、実はこういった設定すら本作のテーマを浮き上がらせるために練られた設定に過ぎないと言えます。
本作のテーマは「果てない自分探し」にあり、全ての描写、全ての壮絶な銃撃戦、全ての鋭敏な神経戦、がここに収斂していくプロセスは読み終わった瞬間に、しばらく他のことを考えることができないほど感動的です。

■緻密に計算された対比構造(これは絶品!)
本作では暴力的な表現や、(今の世間に共通するような)悲惨な世界観が描かれたりするのですが、それによって逆に鮮烈に浮かび上がるのは倫理観だったりするわけです。
銃撃戦の最中、銃弾を銃弾で弾き返すほどの苛烈な緊張感に溢れたアクションシーンが目立てば目立つほど、そこに描かれるのは主人公たちが抱える心の「焦げ付き」だったりするわけです。
随所に隠されたこの対比構造に酔いしれて欲しい、そしてその対比構造が明らかにするテーマに気が付いたとき、この作品が終わりに近づくにつれ、1行1行、1文字1文字がいとおしく、ずっとこの作品を味わっていたい、そんな思いに駆られます。

例えば、主人公の少女バロットは抑圧された環境で耐えてきたにも関わらず冒頭で一度死んだも同然の状態に陥ります。
その彼女が力を得て復活し、こともあろうに暴走してしまいます。しかし暴走し、絶望することで少女はひとつひとつ学びます。大事なことは何かを。
それは子供がひとつひとつ、親に怒られながら何かを学んでいくプロセスのように。
そういった成長が過激な描写の中に丁寧に丁寧に盛り込まれているわけです。
そしてそれは温かさに満ちた表現なのです。

■信じられないほどの緊張感
本作の構想というか執筆は「マトリックス」より前だそうですが、「マトリックス」をご覧になった方は銃撃戦の最中、飛来する銃弾をかわしていく、そして銃弾を銃弾で叩き落す、こういうシーンがいかに緊張感があるかお分かり頂けると思います。
そんな映像の緊張感を超えていく緊張感があるとしたら?、しかもそれが文章の中にあるとしたら信じられますか?
銃撃戦だけでも悶絶しそうなレベルなのに、それの上を行く表現があるとしたら信じられますか?
しかもそれが、カジノでのルーレットでの真剣勝負であったり、カードが飛び交うブラック・ジャックの勝負の中にあるとしたら信じられますか?
ここにありました。
もう驚愕するほどに。
主人公バロットと黄金のネズミ=ウフコックは、銃撃戦でももちろん命を削るギリギリの戦いを演じますが、特筆すべきは自分達の運命をかけた勝負をカジノで行い、文字通り精神をギリギリまで削っての勝負を演じる、このシーンは恐らく他の作品に類を見ないほどの興奮と感動を与えてくれることを保証いたします。
冲方 丁(うぶかたとう)さんがあとがきで「精神の血の一滴」という表現をしているのですが、まさに本作は著者の「精神の血の一滴」を存分に流し込んだ傑作という他ありません。

■何故、自分なのか?
主人公バロットはもともと、戦うことを放棄した存在だったんですが、それによって自分を失い、命を失ってしまいます。
そんな彼女は蘇生した今、自らの意思で戦うことによって自分を一つずつ掘り当て、見つけていくことができる。
もう一人の主人公、黄金のネズミ=ウフコックは、自らは戦いを好まないのに、万能の武器であるがゆえに、戦うことでしか自分の存在意義を表現できない。
そして最大の敵となるボイルドもまた、戦いの中で自分をすりきらせ、自分を消失していくけれど、そこにしか自分の居場所を見出せない。
彼らは戦いの中に自分の心の「焦げ付き」を投影していて、戦いの中にしか自分を見つけていく術を持たない、そんな悲しい側面を持ちながらも、やはりエンディングで辿り着いていくプロセスは救いに満ちている。
ここが本作の対比構造のキモであり、テーマを浮かび上がらせるポイントになっています。
SF的描写や暴力的な表現が鋭さを増せば増すほど、こういうポイントが研ぎ澄まされ見えてくる、こんな感覚に酔いしれて頂きたいですね。

■最後に
「蒼穹のファフナー」で冲方 丁さんにはまった人や、攻殻機動隊の世界観が好きな人(イノセンスは別ね、あれほど哲学的ではないから)、そしてジャン・レノ、ナタリー・ポートマンの「LEON」が好きな人には本作、非常にお勧めです。

1年間に3冊×3回=9冊も読み返した作品はこれが初めてです。
そして何度読んでも面白い、何度読んでも緊張感を味わえる、何度読んでも切なくなる、私燕。自信を持ってお勧め致します。
#購入するときは3冊同時に購入することをお勧めします。もともと3冊で1作品(原稿用紙1800枚分!)だし、すぐに続きが読みたくなることは間違いないし、何よりタイトルが似ているので順番を間違えて買う可能性があるから(笑)。

本当は昨日この記事アップしようと思っていたのですが、仕事納めの駆け込み需要、遅くなってしまいました。
これにて「超個人的お勧め小説」も終わりになりますが、皆さんの年末年始の本選びの一助になれば幸いです。
では皆さん良いお年を。


マルドゥック・スクランブル「圧縮」
著:冲方丁(うぶかたとう)
第24回日本SF大賞受賞作
イラストは寺田克也氏

¥693 (税込)
Amazonで購入
「燃焼」/「排気」の同時購入がお勧め