4月1日です
「えぷりるふーる」だからと言って、うそは言いません
さて今日も交通安全運動から始まりましたが、なんか雰囲気が違うのです
年度初めという事で、部署が変わったせいだと思います、交差点に立っていて違和感というか、何かを感じるのです
この感じるというのはとても大切なことだと思っています
私はPTA会長(妻中、妻高、妻北小)をさせていただきました
初めて会長になった時、会長は何をすればよいか迷いました
それで私が尊敬する村上牧雄先輩に尋ねました
言われたのは①先生方の応援団であること②先生方が持っている能力(先生は教えるプロです)を存分に発揮できる環境を作る事③そしてその力を子供たちに十分注ぎ込める環境を作る事 それらのことを言われました(西都市のPTAは先生方への圧力団体でなく、先生方と親とが力を合わせて子供たちの健全な成長を図る団体であり、会長はその先頭に立つ)
それが会長としての役目であると牧雄さんから学びました、そしてそれをスムーズに進めるためには、信頼関係を作る事が大切だと言われました
そのためには口で「俺は会長だ~」と威張って言ってもダメ、会長として働く後姿を両者(先生と保護者)に見せていかねば、本当の信頼関係は結べない、だったら毎朝校門に立ち子供たちに挨拶を続けていこうと思い
校門での挨拶運動をつづけました、これは効果がありました(効果という言葉は何かいやらしいですが)、なんか両者に問題が起きたとき、私の話を聞いてくれるのです
あの時代は学校が荒れることがオリンピックのように4年おきに起きていた時代でした、その時でもなんとかなったのは毎朝の挨拶運動の効果が大きかったと思います
さて立っていると、登校してくる子供たちの表情や態度で、学校内部の雰囲気を肌で感じるのです
「何かおかしいな・・」校長にそれとなく聞くと、問題が発火しそうな前触れだったりしたこともありました(事前に防げました)
物事が起こってから、学校側から報告を受け、それを修正するのは大変な労力がいりますが、自ら事前に察知すると案外スムースに解決することが多かったです
毎日同じ時間に同じ場所で立っていると、そんなことを「感じる」ようになりました
それで今日も立ちはじめて数分経つと、いつもと違う違和感を感じたというわけです
4月で移動になった皆さんが、新たな部署で頑張れることを願っています
さて終了したらすぐに宮崎に行きました、今日は辞令交付式があり立ち会いました
辞令を受けた皆さん新たな部署で頑張ってください
その後は部課長会議に参加し、4月の計画等を話し合いました
終了するやすぐに西都に戻り、政治活動報告を行いました
市民の皆さんにいろいろとお話を聞くことができました
勿論選挙前ですから、他の議員さんも同じことをやっています
皆自分のやってきたことや自分の理想とする故郷の姿を語っているものと思っていたのですが
何人もの市民の方から「・・・・は人の悪口ばっかり、3,40分言って帰ったよ、あれが議員なの・・」
とがっかりした様子で言われました、同じ議員として残念です(私も気を付けよう・・)
夕方まで皆さんとお話しさせていただきました(ありがとうございました)
夜は稽古です、小学生ばっかりの稽古で寂しかったけど、逆に基本をみっちりできる良い面もあります
私は怪我の防止と要である下半身強化(中学生以上になった活きてくる)のためにスクワットを毎回やっています
準備体操補強運動基本と一時間やって、今週末九州大会に行く子たちはそれらの稽古、初心者は先輩の指導で基本の稽古をしました
終わったら掃除
この武道場を使わせていただき市には感謝しています、来月から補修工事が始まるとのことでしばらく使えなくなりそうですが
改修後が楽しみです
さて市民と話をしているとき、聞かれたのです
西都児湯医療センターの収支の事です、ある議員から、医療センターはずっと赤字だったんですよと数字を並べられて説明されたんだけど
どういうこと?というものです
これは以前私の一般質問でも答えていますが、再度センターの役目と数字をもとに説明します
まずセンターは民間病院がなかなかできない(いろいろな理由で)夜間救急を担っています
これは100%赤字となる部門です
なぜならばいつ来るともわからない患者さんに対応するために、スタッフを待機させています
お医者さん、看護師さん、薬剤師さん、レントゲン技師さん、事務方さんなどなどです
当然、通常勤務外ですから、人件費も高いです
そしてその夜間に来る患者さんは一日4人から6人ぐらいだったと思います、そして医療単価は1人当たり7千円ぐらい
計算するまでもなく、超赤字になります、ですが市民にとっては大切な医療なので、政策医療として市町村は負担金を出しています(これは来られた患者さんの住所によって分類され、赤字をその割合で負担することになります、当然西都市が一番多いですが)これを運営負担金と言います
勿論それ以外にも保育所補助等もあるようですが、一次救急赤字分の補填が多いと理解して間違いないです
もう一つ共同利用型補助金というものがあります、これはざっくりいうとセンターが持っている検査器具等を民間病院等も利用するから、その分を市が補助しましょうというものです
ここからは数字です、たくさん並べてもわかりにくいので、平成30年度(常勤医が揃っていた時)と令和二年度を比べます(千円単位)
営業収益(医療によってもたらされるもの)は主に三つです、①入院収益 ②外来収益 ③その他医業収益 そして④合計です
平成30年、令和2年、差の順で書きます ①926,556千円 423,485千円 +503,071千円 ②359,337千円 296,406千円 +62,931千円
③42,764千円 33,665千円 +9,099千円 ④1,328,656千円 753,556千円 +575,100千円 (平成30年が5億7千万円収益が多かった)
営業費用①給与 ②材料費 ③経費、その他費用 ④合計 同じように平成30年、令和2年の順で書きます
①752,540千円 680,705千円 +71,835千円 ②335,972千円 201,672千円 +134,300千円 ③278,452千円 245,620千円 +32,832千円 ④1,366,964千円 1,127,998千円 +238,696千円(平成30年が2億3千8百万円費用が多かった)
④の数字を引き算すると分かりますが、純粋な医療行為での収支は平成30年は-38,308千円の赤字 令和2年度はなんと374,442千円の赤字です(たぶん某議員はこれのことを言っていると思いますが、これで収支を見るのは完全に(もしくはわざと)片手落ちです)
先ほど書いたように夜間救急(一次救急)は赤字にしかなりませんから、運営負担金①が出ますし、共同利用型等助成金②もあります、またその他収益③もあります これらを営業外収益④と言います、これを含めて、病院自体の収支をみなくちゃいけません
病院だけでなくどのような事業においても企業体の収支を考える場合は同じだと思います、それでは営業外収益です
①131,605千円 107,135千円 +24,470千円 ②32,009千円 111,060千円 ー79051千円 ③6,183千円 2,992千円 +3,191千円 ④169,797千円 221,187千円 -51,390千円
ここで着目すべき点は医療実績の悪かった令和二年度の方がはるかに営業外収益を得ているという事です、これはコロナ対策援助金の一億円(②の数字です)が入っています(もしなかったらさらに1億円の赤字が出ていたことになります)
上の結果ですが、医業収益+営業外収益-営業費用-営業外費用に臨時損益を含み計算すると、平成30年度は7千6百万円の黒字、令和二年度は営業外収益が増えたにもかかわらず2億円の赤字です
(これは急性期疾患に対応できる医療があるかないかでできた差だと私は思います)
ちなみにですがセンターでは新病院建設積立金として毎年黒字分を積み立てていました、令和元年度には約3億になっていましたが、令和二年度の赤字で2億円使ってしまったようです(わかっているだけで今建設積立金は一億円しかありません、営業損失に使ってよかったのかな?と私は思う事もあります)
数字ばっかりでした、最後に一言、以前のセンター(長田理事長時代)は夜間救急の赤字分を二次救急の黒字分で補って、西都市を含めた自治体の負担金を減らしてました、市民になるだけ負担かけないように考えていますと言われたのを覚えています(先生方は私に言った事を忘れているかもしれませんが、私は覚えていますよ、感謝)
これらの数字や考え方は私がセンターから提出されたもので判断しているものです、解釈が少し間違っている部分もあるかもしれませんが、ほぼ大丈夫たと思います
政治活動報告をしていると、色々な市政や議会の疑問を聞くことになります。それらについては出来るだけ事実に基づいた説明をしようと思いますし、広く知ってもらいたい内容ならばこのブログで紹介していきます
楽しみにしていてください
(注 最初に書いたとき当期総損失利益の計算間違いをしました申し訳ありません、桁間違いと営業外費用等を含みませんでした。計算しなおしたもので訂正しました)
なおもう一度資料を読み直したら、質問で何度か出た建設積立金の増減が出ていたので報告します(積立の総額の推移です)
平成28年度 103,697千円 平成29年度 147,333千円 平成30年度 223,617千円 令和元年度 302,759千円 そして令和2年度102,279千円でした
毎年黒字分をコツコツ積み立てていたようです