マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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筒井町菅田比賣神社の大とんど

2015年11月07日 06時43分25秒 | 大和郡山市へ
大和郡山市では2月1日にとんどをされている地域は5カ所もある。

筒井町で行われる場は小字「シロ」に鎮座する菅田比賣神社だ。

かつての鎮座地はJA筒井があるところだった。

現在地より500m北方だった。

時代は不明だが洪水が発生したことにより神社が流れた。

そういうことがあり今の地に遷座したと宮司は云う。

今尚、「シロ」の地はかつて筒井順慶の平城郭があった処。

菅田比賣神社境内東には今でも内堀が現存している。

菅田比賣神社の氏子圏は北市場に北垣内東側に鎮座する八幡社の氏子圏は東垣内、南市場に新地域の筒井苑や南市場から独立した自由ケ丘がある。

朝6時に月並祭をされた宮司はキリヌサでとんどを祓い清めた。

氏子圏の北市場・北垣内神社役員が見守るなか朝7時に点火したのは宮司だ。

かつてのとんど場は神社北にある井筒家私有地。

今よりももっと大きなとんどだったと云う。

とんど火が燃え盛るころにも何人かが歳神さんを迎えた門松や習字の書が持ち込まれた。

書は束ねてそのままとんど火に放り込まれる。

「天筆(てんぴつ)」の習わしはどうもないようだ。



モチを焼くこともない筒井町のとんどは前日31日の早朝にも行っていた地区があるやに氏子が話す。

昭和55年ぐらいのことのようだが、いくつかは今尚していることを聞いたと云う氏子。

一方、菅田比賣神社のとんどは宮司さんが生まれたときから2月1日だったという。

神社と垣内地区は別の考え方があったのだろうか。

ただ、とんど場は現在地の境内でなく、アパートになる前は池だった。

井筒家のところでとんどを組んでいた。

藁をも入れたとんどは大とんどだったと話す。

1月31日に行われていた垣内単位のとんど。

各家が注連縄などを燃やしていたという。

住宅が建て込んだ市街地区域。

町屋が建つなかでは例え小とんどであっても火が広がらないようにしていたらしい。

たぶんに現在では消滅したと考えざるを得ない。

(H27. 2. 1 EOS40D撮影)


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