マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

続、下市の昔展から

2008年07月24日 07時48分54秒 | 楽しみにしておこうっと
一方の地蔵盆の御膳。

お供物と呼ぶそうだ。

広橋の峠(旧学校)から丹生へ下る道。

左へ細い道を下る四辻。庄屋の辻とされるところに会館がある。

花折地蔵と呼ばれる地蔵さんは新しくなった五体。

栽培した小さなナスビ、キュウリなどを椀に入れて供える。

8月24日に近い日曜日の昼ころまでに供えられるそうだ。

新住の地蔵さんではオニギリを盆に載せて供える。

田中町ではトヤ制度がなくなったがそれらしきお供物を並べるという。

下市の地蔵盆は市内中心部の街道筋に多く見られるが、7月に行う地域と8月に行う地域とに別れている。

大和郡山でも両月に別れている。

これらの分布を県内全域に亘って調べるにはたいへんな労力がいる。

いずれにしても訪れたい行事である。

(H20. 6.30 SB912SH撮影)

下市の昔展から

2008年07月24日 07時47分24秒 | 楽しみにしておこうっと
下市の昔展が下市観光文化センターで催されていると新聞記事があった。

宮座行事など地元の祭りごとがたくさんあるというので訪問した。

「太古踊り」に新住の宮座行事、地蔵盆、お大師さん、ほんこ、亥の子などなど興味深い写真が展示してあるが詳しい場所や祭事日が書かれていない。

太古踊りは丹生川上神社での雨乞い太鼓踊りであろう。

県指定民俗文化財になってはいるものの現在は中断中だ。

新住の宮座行事の写真は特徴ある形態のお仮屋。

また、地蔵盆には御膳らしきものが写っている。

大和郡山でも見られた御膳であろうか。

これらについて教えていただこうとセンターに問い合わせたら提供者を紹介してくださった。

当日は仕入れに行かれていたので、翌月5日にお伺いした。

下市文化連盟会長のKさんは御年80歳。

若いときに下市市史編纂者だったそうで、地域文化を記録しておこうと50年間に亘り写真を撮り続けているという。

文字化はしていないが頭のなかに入っているから次から次へと止め処なく話すんですよと奥さまは笑う。

2ヶ月に一回はテーマを変えて展示していたが、そうそう仕事を止めるわけにはかないので3ヶ月単位に伸ばしたそうだ。

宮座のお仮屋はというと、新住の八幡神社秋祭の行事のひとつで一ヶ月前の9月中旬ころにトヤの広い庭に建てられるそうだ。

氏子社中は7垣内。

トヤは7年にいっぺん回ってくるが、広い庭のある家でないと建てられないのでそのときには代替家となるようだ。

左右両座があった時代はそれぞれ1基ずつ造ったお仮屋。

大和郡山の環濠集落に似たものがあると聞いてでかけたが見つからなかったそうだ。

環濠でお仮屋、家型で考えられるのは番条町ではないだろか。

番条町のお仮屋は今ではすっかり変わってコンパクトな形態。

昔のものは民俗博物館に展示されている。

が、どうも感じが違う。

おそらく見聞きした人が似ていると思い込んだものではないだろうか。

思い込みは大きなズレを生じる場合がある。

秋祭りは本来15日だったが、集まりやすい日曜に替わったそうだ。

15日に近い日曜が本祭、前日の土曜日が宵宮。

その宵宮の夕刻、2、3基ほどのススキ提灯を掲げてお渡りするという。

昼過ぎの本祭では稚児装束の男の子と女の子が「シデ振り」所作。

いわゆる奉幣振り神事だと思われるが神主は行わないという。

(H20. 6.30 SB912SH撮影)