book475 花月秘拳行 火坂雅志 角川文庫 2009 (斜読・日本の作家一覧)
火坂氏の本は初めて読む。四国の城めぐりのとき藤堂高虎が何度も登場した。高虎を主人公にした本を探し火坂著「虎の城」を見つけたが貸し出し中だったので、西行(1118-1190)を主人公にしたこの本を読んだ。
西行の和歌は2300首が伝わっているそうで、教科書でも学び、P15・・月と花を愛した漂泊の歌人・・と理解していた。
しかし、育ちはP16・・俗名を佐藤義清ノリキヨといい、武家の育ちでP17・・18才で左兵衛尉、20才で鳥羽上皇の警護を務める北面の武士・・平清盛が同僚だったらしい・・に抜擢された。
ところが23才で所領、官職、妻子を捨てて出家し、漂泊の旅に出てしまう。
火坂氏は、P21・・のちに正二位大納言に出世した実在の藤原成道(1097-1162)を登場させる。成道は笛、和歌、漢詩、乗馬、今様、蹴鞠に精通していて、蹴鞠は蹴聖と呼ばれるほど優れていたそうだ。
この本では、佐藤義清が15才の元服と同時に成道に諸芸を学び始める設定である。20才になったとき成道は義清に、藤原氏に伝わる拳法を教える。
藤原氏に伝わる拳法は名月五拳と呼ばれ、和歌に封じ込めて伝承されてきた。義清は出家し西行と改め、吉野山で荒行を積んだ。
たくましくなった西行に成道はP29・・極意を和歌に詠み込んだ名月五拳の秘奥義を伝授し、巻物を授ける。さらに、暗花十二拳の秘伝書である花ノ巻を渡し、成道は十二首の和歌に隠された十二拳が謎であると告げる。
こうして暗花十二拳の謎を解く西行の旅が始まる。第1章 弓張の月は、こうした物語の設定と、P37・・花ノ巻十二首の最初のP36「足柄の御坂に立して袖振らば 家なる妹はさやに見もかも」に隠された秘拳との対決が展開する。
本の冒頭は、1146年、舞台は伊豆・黄瀬川の貧しい旅人が泊まる布施屋で、兄紀次郎・妹小菊が双六打ちの3人にからまれ困っているところを西行が助けるところから始まる。もう一人、浪人がいたが、これはあとに登場する。
西行が紀次郎・小菊の案内で足柄峠を上っていくと、山賊に滅多切りされた4人の武士が倒れていて、布施屋に泊まっていた浪人が西行に鹿島神宮大宮司への密書を渡し、息を引き取る。
前後で山賊との戦いが展開する。西行は円を描き、宙を飛びながら突く、蹴るで相手を倒していく。
山賊を倒し終わったあと、なんと小菊が暗花十二拳の一つ雷拳の伝承者と名乗り出る。「足柄の御坂に立して袖振らば 家なる妹はさやに見もかも」は防人に旅立たれ、残された妻の哀しい拳であった。小菊の攻撃は稲妻のように鋭かったが、西行は名月五拳の一つ、P69「弓張りの月にはつれて見し影の やさしかりしはいつか忘れむ」を秘歌とした「弓張りの月」の拳で小菊の拳を封じ込める。
第2章 山の端の月は舞台を霞ヶ浦、北浦の水郷地帯に変える。西行は第1章の浪人から預かった密書を鹿島神宮大宮司に届けようと、舟で阿是湖を渡っているとき、密書を狙う男たちに襲われるがすべて拳で撃退する。
密書を鹿島神宮大宮司に手渡し、歓待を受ける。P93あたりに鹿島神宮が陸奥の蝦夷征伐の軍神であり、中臣氏が世襲で神官を務めたこと、中臣鎌足も神官の出身で、大化の改新後、藤原姓を与えられ、春日大社に鹿島神宮を分祀したことなどが紹介されている。
西行は鹿島神宮の巫女との話しで、P99暗花十二拳第2の秘歌「あられふり鹿島の崎を波高み 過ぎてや行かむ恋しきものを」を思い出す。
巫女の教えてくれた鹿島神宮検非違使の栗林康国に会ったあと、P120暗花十二拳第3の秘歌「筑波嶺の小百合の花の夜床にも かなしけ妹ぞ昼も悲しけ」の歌枕である筑波山に向かう。
途中、巫女が西行に危険を知らせ、息絶える。西行は、追いかけてきた神官を木太刀で倒す。筑波山頂では栗林康国が待ち構え、暗花十二拳第2の秘歌に隠された風拳、第3の秘歌に隠された嶺拳で西行に戦いを挑むが、西行はP138名月五拳第二の秘歌「入りぬとやあづまに人は惜しむらむ 都に出づる山の端の月」に隠された山の端の月で栗林康国を倒す。
第3章 有明の月は白河の関に舞台を変える。P143暗花十二拳第四の秘歌は「都をば霞とともに立ちしかど 秋風ぞ吹く白河の関」で、少年と出会う。
西行は少年と、P161暗花十二拳第五の秘歌「安積山影さへ見ゆる山の井の 浅き心をわが思はなくに」の舞台である安積山に向かう。
P174暗花十二拳第六の秘歌「みちのくの安達の原の黒塚に 鬼こもれりと聞くはまことか」の安達の原で、女に薬草を飲まされてしまう。女は安積一族の生き残りで、薬をなめて鬼女に変身し、少年を切り、西行に襲いかかる。
西行は足裏の秘穴を自ら突き刺して力を取り戻し、名月五拳第三の秘奥義P198「有明の月の頃にしなりぬれば 秋は夜なき心地こそすれ」に隠された秘技で鬼女を倒す。
第4章 枯野の月では、P204暗花十二拳第七の秘歌「みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに 乱れそめにし我ならなくに」、同じく第八の秘歌P238「武隈の松も一本枯れにけり 風にかたぶく声の寂しさ」、第九の秘歌P243「契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波こさじとは」に隠された必殺拳が西行を襲い、西行は名月五拳第四の秘奥義P253「花に置く露にやどりしかげよりも 枯野の月はあはれなりけ」で相手を倒す。
第5章 冬の夜の月では暗花十二拳第十の秘歌P268「松島や雄島の磯にあさりせし 海人の袖こそかくは濡れしか」、第十一の秘歌P269「宮城野のもとあらの小萩露重み 風を待つごと君をこそ待て」、第十二の秘歌P306「たもとより落つる涙は陸奥の 衣川とぞ言ふべかりけ」に隠された必殺拳に西行は力尽きようとするが、名月五拳第五の秘奥義P331「ひとりすむ片山かげの友なれや 嵐に晴るる冬の夜の月」に隠された冬の夜の月の意味を悟り、自らを仮死状態にして相手を倒すことができた。
全編に数多くの和歌が登場し、まつわる歴史が紹介されていて、復習になる。和歌に疎いため秘歌と必殺拳との関係が分かりにくいが、万葉集を始めとするよく知られた和歌に近しくなった。史実に基づきながら西行を拳の達人にした活劇である。(2018.10)
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