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つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

1986年、三重県阿児町で「隠居慣行」をさらに発展させた住み方の知恵を発見

2015年12月19日 | studywork

2015.12.19  2004 「三重県阿児町に伝承される隠居慣行」 民俗建築誌126号 /2004.9記
 三重県阿児町出身のH君は1年のころから研究室のゼミに参加していた。4年になり、卒業研究で地元の特徴的な住まい方をテーマにすることになった。私をはじめ、研究室の多くが現地調査に参加した。受け入れの実家や近在の姻戚の方々にはすっかりお世話になったが、得られた成果はきわめて大きい。
 この調査で、はじめて柳田国男氏のいう「隠居慣行」を目の当たりにし、地域コミュニティにとっても大家族が円満に暮らすうえでもきわめて優れた仕組みであることを知らされた。
 その後、各地に伝承される隠居慣行をいくつか取材、調査した。どれもその地域に適した仕組みであるが、阿児町の隠居慣行は地域コミュニティの継続においてよりすぐれていると思える。
 その仕組みを広く知ってもらいたいと、2004年、日本民俗建築学会に報告し、同年、民俗建築誌に投稿した。
 近居、隣居といった住み方も広まっているが、三世代家族の住み方の参考になればと「隠居慣行」を現ホームページに再録した。
 柳田国男氏の「隠居慣行」とは、別居、別財、別食が基本であるが、阿児町での「隠居慣行」は、長男が結婚と同時に戸主になるのが特徴である。
 たとえば、長男が25才で結婚した場合、両親は50代ぐらいだが隠居することになる。両親はまだまだ中堅で仕事も地域コミュニティでも活躍を続けるが、戸主として地域コミュニティを担うのは長男夫婦である。これがすごい知恵である。
 現代的には、長男ではなくて次男、三男や、長女、次女でもいいと思えるが、要は結婚した子どもが責任をもって地域コミュニティを担う点が優れている。
 もちろん、まだまだ若い両親は、子ども夫婦を陰で支えるのは当然である。
 親夫婦たちがまだまだ元気なときに子ども夫婦たちが地域コミュニティで責任を持ち、助力が必要なときには親夫婦たちが支援する、これが地域コミュニティの継続の力になるとつくづく感心した。
 論考は少し長いが、関心を持った方はホームページをご覧下さい。

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