19歳の冬
暗い浪人時代でしたね、それは(笑)。今となってはどれほど勉強していたかは覚えていないが、秋の終わり頃に翌春の2度目になる大学受験は失敗しないように無難な志望校を予備校のチューター(担任みたいなもん?)と選ぶ時期があった。
ZUYAは外国語学部志望だったのだが、当時の近畿圏の外国語学部のみの大学のランクを6段階(A~F)で考えると“D”ランクの大学が安全圏内、“C”ランクが“よく頑張ったね”と言う感じ。
でもZUYAは一年間浪人して“この程度なのか...”と自分の不甲斐無さを悔しく思った。Aランク(神戸市立外語大とか大阪外語大など...)は世界が違うが、それにしてもこんなものなのか...と。
で、どうしたかと言うと受験まであと数ヶ月と言う時に“B”ランク(ありえない)を第一志望として受けることにした。チューターは 『 お金(受験料)の無駄だから止めましょう 』 と言い、エリートのZUYAの長兄は鼻で笑っていた。こうなると今のZUYAにも通じる“雑草パワー”(もっとカッコイイ名前ないのか!?)で鼻を明かしてやろうと猛勉強したわけであります
結果、Bに合格


Cも一校合格。
でもなぜかDは全て落ちた(笑)
予備校の職員室に走って駆け込み報告した時の職員達のあの時の“どよめき”は一生忘れないだろうな。チューターは驚き・喜び・謝罪してくれたが、この方の“100%通りませんよ”の一言が起爆剤になったのだ。それに関しては今に至るまで恨み辛みもあるわけもない
結果的に、皆さんのご存知の通りその後の大学生活はZUYAには良いものにはならなかったが(わずか2週間の通学...)...
今回通関士試験の勉強をしていると、その当時の思いが時々頭に過ぎる。ある意味状況が似ているが決定的な差は当時と違い“脳ミソが固い”
残り13日。もう逃げ道はなく当たって砕けるまでである。何かの“試練”であるかのように(数年前の謎の病気を彷彿させる程の)頭痛、首、肩の痛みが酷いに襲われているが、文字通り“砕けてやろう”と思う。それがZUYAであり10代最後に身につけた“力”なんだから
そして今回の受験は19の時とは違い、 『 応援してくれる人 』 、 『 一緒に頑張る人 』 がケタ違いに多いということだ。
その人達の思いを受け、そして何より自分自身の“ステップ・アップ”のために頑張りたい
なぁ~んちゃって!