山南ノート4【劇団夢桟敷】

山南ノート4冊目(2008.10.3~)
劇団夢桟敷の活動や個人のことなどのメモとして公開中。

レポート(1)

2016-12-14 18:31:30 | 九州「劇」派2016
レポート(1)
九州劇派くまもと
拝啓 唐十郎さま「少女都市からの呼び声」より

公演レポートと言うより、これは私の感想文です。
以下、長文ですが綴ます。気を失わないようにして下さいね。
(1)まえがき
(2)ビバ!くまもと。
(3)わが愛する登場人物論
の流れで綴ます。

Space早稲田演劇フェスティバル2016参加のためにユニットとして立ち上げた九州「劇」派でありました。これは福岡の仮面工房と熊本の夢桟敷の有志で共同計画されたことだと認識しています。台本選びは仮面工房のG君(現在は仮面工房を脱退)が持って来たものに決定したのも事実です。
2月より月に3回程度の「少女都市からの呼び声」(唐十郎)の本読みや、唐十郎氏の理解を深めるための講座ワークショップを繰り返してきました。特権的肉体を理解することでの独自な劇作法を捉えなければ、集団として噛み合わなくなるだろうと懸念していたからです。とにかく、熊本地震に見舞われるまではオーディション形式のワークショップを続けていました。その場で参加の意思を確認したり、公演に向けてのアイディアや福岡と熊本での稽古をどうするか?なども検討していました。
熊本地震が4月14日と16日、2度に渡る震度6強から最大の7が起こりました。その後も震度3〜4の余震が歴史上類を見ない回数で続きました。
仮面工房は地震直後に公演を予定していたのですが、熊本市東区健軍商店街の会場ビルが壊滅状態に陥り公演中止に!夢桟敷の劇団事務所も半壊状態で移転を余儀なくされてしまいました。
地震から2〜3ヶ月は稽古の体制に入れず、一時は東京公演も危ぶまれました。地震ばかりでなく、体調を崩したり仕事や家庭環境の変化により参加できないことが判明したりで内部状況の危機もあったからです。
東京公演は流山児事務所と東京スタッフさんの御助力を頂きながらも実現できたことで救われました。
東京公演での出演は仮面工房からは無しになってしまい、劇団みちくさの玉垣君、福岡のフリーの女優、峰尾さん、東京からの客演=新大久保鷹さん、そして劇団夢桟敷の面々でした。

さて、先日公演が終了した熊本公演です。
当初は仮面工房が4月に公演を予定していた健軍商店街のギャラリーでしたが使用不可能になり、小屋探しに奔走するも、熊本市内の公共ホールや公民館もダメよダメダメでした。困り果てているところでゼロソーさんのアトリエ、花習舎が!灯台下暗しとはこのこと。捨てる神あらば拾う神あり。ゼロソーの山田夕可さんが福岡の峰尾さんと入れ替わりに加わってきました。プラトニックラブですね。外国語の関係になりました。翻訳すると「かわいい関係」です。
客席30で満杯状態になる小さなspaceですが、私たちは狭いspaceを活かすのは得意であります。これがアングラ劇よ、小劇場よ、とビンボー劇団の知恵が発揮できる最適の環境です。感謝、感謝で使わせて頂きました。
案の定、お客様との濃密なコミュニケーションがとれました。民間であるが故の会場での終演後の小パーチー。これが最高に良いのです。流れで近所の焼き鳥屋さんにもお客さんとも行けました。この流れができると、もう、お客さんと言うより身内の関係になります。他人ではないのです。
東京公演の直前に座長の父が亡くなり、座長の実家の町からも知人や親戚の方々が見にきて来れましたよ。初めて見るアングラ劇でしたが、この関係には言葉にならない程の思いがあります。
亡くなっても座長の父が呼んでくれたのだと・・・。

次は(2)ビバ!くまもと。に続きます。
国家論や愛国心より、地方都市に生きていることの面白さを綴ます。つまり、唐十郎氏は路地裏と海峡を超えた半島や大陸と繋がったマボロシを探検・探偵していたように、それは単純にマボロシではなく、熊本にも共通する未知との遭遇ではなく、概知としての劇の構造があることに気付いたからです。

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