寺院の清酒醸造について
お正月に神社に行き、お盆にお寺にいかれる方が多いと思います。クリスマスを祝ったり、節分を祝ったりとすっかり本来の宗教的意義は忘れて日本では風俗化しています。これは日本の神仏習合思想の影響です。
神仏習合思想とは、神も衆生の一で、人間と同じく迷界に流転する存在ですので、覚りを求め仏法を尊び擁護するという思想です。そこから、神様のためのお寺の建立(神宮寺)、納経、僧侶による神前読経、果ては神様に菩薩号(八幡大菩薩など)を付けるなどのことが行なわれました。(春日大社・興福寺)
奈良の僧坊酒として有名なのは興福寺配下の菩提山正暦寺です。ここで初めて[諸白(もろはく)]のお酒が造られたと言われています。お酒は米から造りますが、麹を造るための米と、仕込みに使うお米=(掛米)、この両方ともが白い、つまり精白したお米を使ったということです。それまでは[片白]といいまして、一方が黒い米、つまり玄米を使っていました。ただ、当時の精米方法では精米率は92%ぐらいで、現在の飯米程度でした。大量の米糠がここで発生したと思われます。 16世紀末、奈良で仕込み用の桶が作られ、かめや壷で少しずつ仕込む少量生産から大量生産の時代に入りました。
お酒は仏教徒、特に出家者には飲酒戒として自制することが定まっています。ところが、戒律の条文には酒造の事が記されているのです。もとより酒を禁止する目的で書かれているわけですが、酒造りの格好の技術資料となったことでした。
この寺院等の酒つくりは神社で神に捧げるものに酒がありました、その神社を支配している寺社で酒を醸造する必要がありました。平成の現在でも税務署の許可を受けて、神社で酒を造っています。酒税法により明治32年10月5日酒醸造免許を得る。御神酒清酒醸造免許神社は、全国で 伊勢神宮、出雲大社、莫越山(なこしやま)神社(千葉県安房郡丸山町)、岡崎八幡宮(山口県宇部市)の4社だけである。その他数十の神社が、 ”どぶろく”の醸造神社である。
神仏習合思想と食文化
日本に浸透した仏教思想は、肉食の否定と神道の穢れの思想が結びついたと考えられています。また、支配者が民を税収確保のため、狩猟や漁労から米作農耕へ向かわせるための方策となりました。
お正月に神社に行き、お盆にお寺にいかれる方が多いと思います。クリスマスを祝ったり、節分を祝ったりとすっかり本来の宗教的意義は忘れて日本では風俗化しています。これは日本の神仏習合思想の影響です。
神仏習合思想とは、神も衆生の一で、人間と同じく迷界に流転する存在ですので、覚りを求め仏法を尊び擁護するという思想です。そこから、神様のためのお寺の建立(神宮寺)、納経、僧侶による神前読経、果ては神様に菩薩号(八幡大菩薩など)を付けるなどのことが行なわれました。(春日大社・興福寺)
奈良の僧坊酒として有名なのは興福寺配下の菩提山正暦寺です。ここで初めて[諸白(もろはく)]のお酒が造られたと言われています。お酒は米から造りますが、麹を造るための米と、仕込みに使うお米=(掛米)、この両方ともが白い、つまり精白したお米を使ったということです。それまでは[片白]といいまして、一方が黒い米、つまり玄米を使っていました。ただ、当時の精米方法では精米率は92%ぐらいで、現在の飯米程度でした。大量の米糠がここで発生したと思われます。 16世紀末、奈良で仕込み用の桶が作られ、かめや壷で少しずつ仕込む少量生産から大量生産の時代に入りました。
お酒は仏教徒、特に出家者には飲酒戒として自制することが定まっています。ところが、戒律の条文には酒造の事が記されているのです。もとより酒を禁止する目的で書かれているわけですが、酒造りの格好の技術資料となったことでした。
この寺院等の酒つくりは神社で神に捧げるものに酒がありました、その神社を支配している寺社で酒を醸造する必要がありました。平成の現在でも税務署の許可を受けて、神社で酒を造っています。酒税法により明治32年10月5日酒醸造免許を得る。御神酒清酒醸造免許神社は、全国で 伊勢神宮、出雲大社、莫越山(なこしやま)神社(千葉県安房郡丸山町)、岡崎八幡宮(山口県宇部市)の4社だけである。その他数十の神社が、 ”どぶろく”の醸造神社である。
神仏習合思想と食文化
日本に浸透した仏教思想は、肉食の否定と神道の穢れの思想が結びついたと考えられています。また、支配者が民を税収確保のため、狩猟や漁労から米作農耕へ向かわせるための方策となりました。