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ある重大犯罪

「またまたクローンによる犯罪です。Aさんの容疑は晴れました」
 連続強盗殺人犯として拘留されていたAさんが釈放され、入れ替わりにAさんと同じ顔をした男が逮捕された。二人は同じ顔というより同じ人間といった方が正解。なぜなら真犯人はAさんのクローンだから。
「この事件の背景には大きな人間偽造グループが存在する思われます。個人細胞の厳重な管理が必要です。なおAさんには細胞漏洩罪により罰金七〇万円が課せられました」
 俺は爪を切りながら観ていたテレビを消した。そんなこというが個人細胞の完璧な管理なんて不可能だ。細胞なんかどこかで必ず剥離する。もし自分のクローンが作られたら、その時は身の不運とあきらめるさ。
 そう思いながら爪きり専用シートをたたみ始めた。そのシートは先月、昭和製薬から新発売された「ツメぱっちり」という製品。爪きりは爪きり専用シートの上で行わなければいけない。万が一切った爪のごく一部の細胞が外部に出ると、そこからクローンが作られ犯罪に使われる。この新製品で切った爪を包むと、従来の製品に比べて剥離細胞の飛散を大幅に防ぐことができる。説明書に従って「ツメぱっちり」で爪を包んで家庭用細胞焼却炉に入れる。まったく爪一つ切るのもめんどうなことだ。クローン技術なんて余計なものが発達するから、どんな小さな細胞の破片からでも人間一人偽造できるようになった。
 さて出かけよう。今日は午後からの出勤。出社する前に散髪して、昼飯は駅前で食おう。
 行きつけの散髪屋に着いた。おや、閉まっている。これは困った。散髪はあらかじめ役所に届けている散髪屋でないと散髪できない。俺はこの店で散髪すると区役所に届けてある。
 いうまでもないことだが、散髪すると髪の毛を大量に切られる。切った髪の毛は国家試験に合格した毛髪管理士が法律に定められた手順に従って処理する。この毛髪管理士は理髪師と兼任することはできない。だから理髪店を開業するには理髪師と毛髪管理士の二人の資格所有者が必要。
散髪屋の隣のラーメン屋で聞いた。なんでも昨夜壮烈な夫婦喧嘩をしたらしい。この店は主人が理髪師、奥さんが毛髪管理士の資格を持っているが、奥さん、喧嘩のあげく出て行ったとのこと。で、今日は店はお休み。しかたがない。この店が再開するのを待つか、使用理髪店変更届を区役所に出して別の店で散髪をやってもらおう。
 駅前の定食屋。とんかつ定食を食べる。満腹した。お腹に物を入れると出したくなるのは自然なこと。大をもよおしてきた。
 テーブルのメニューの横にある排泄物処理依頼書を取った。
 住所、氏名、年齢、性別を記入する。いかん、もれそうになった。しかし、この書類を作成しなくてはトイレに入れない。えーと、大、小、大にマル。食後三〇分以内にマル。処理方法、焼却処理にマル。うう、がまんできなくなった。必要項目をすべて記入。
「おやじ。トイレ貸してくれ」
 店の主人は俺が出した書類に目を通しハンを押してくれた。
「どこだ」
「向かいです」
 道路の向こうに区役所の出張所がある。店の前の横断歩道で信号待ちをする。なかなか青にならない。もれそう。青になった。走って出張所にかけこんだ。
「トイレですか」
「そうだ急いでくれ」
 俺は窓口の女に書類を出した。女は書類に目を通していった。
「ああ、これは大便用ですね。私は小便担当です」
「大便担当者は」
「いま席を外しております。少しお待ちください」
 ううううう、くくくく、ももももも。
 コンビニ弁当をぶら下げた男がのんびりと帰ってきて女の横に座った。
「ぼくの好きなチキンナンバン弁当がなくてね。あ、うんこですか」
 男は俺から書類を受け取ると目を通し磁気カードをくれた。俺は磁気カードをひったくると大あわてで店に帰りトイレのドアのスリットに磁気カードを入れた。トイレのドアが開いた。ゆっくりと。うがががが。ぐぎゃあ。
 俺はその日は会社に行けなかった。今は拘置所で裁判をまつ身となった。不規則排泄の罪で逮捕されたのだ。
 あの時、結局、間にあわなかった。盛大にもらしてしまった。そんな物が犯罪組織の手にはいるとどんなことに使われるか。おもらしは重大犯罪なのだ。

 
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
お願いです (もぐら)
2013-06-07 16:07:40
こちらの作品 さとる文庫でお借りしたいのです。
よろしいでしょうか。

配信予定は次々週の16日を予定しております。
どうぞよろしくお願いいたします。m(__)m
 
 
 
もぐらさん (雫石鉄也)
2013-06-07 20:15:48
さとる文庫に貸出OKです。
どうぞ、どうぞ。
16日を楽しみにしております。
 
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