この紋所が目に入らぬか!!
御三家筆頭尾張徳川家三つ葉葵の許し紋なるぞ。
江戸の昔は享保年間、
八代将軍徳川吉宗の質素倹約政策は庶民にも倹約を強いたため、景気は悪化し文化も停滞した。
同じ時期、尾張徳川家第七代当主徳川宗春は幕府の倹約経済政策に対し独自の自由経済理論で立ち向かった。
名古屋城下では東照宮祭、若宮祭、天王祭、盆踊りを奨励し、夜に女性子供でも安心して出歩けるように提灯を数多く掲げた。
自らのマニフェスト「温知政要」によれば、
「行き過ぎた倹約はかえって庶民を苦しめる結果となる」 「守るべき規則や決まり事は少なければ少ないほど良し」 消費税軽減税率なんて複雑怪奇な制度はダメということ(笑)
芝居小屋や遊興施設を許可して、その結果名古屋は活気づき「名古屋の繁華に京(興)がさめた」とまで言われた。
大都会にあって束の間ながら見せてくれる「芸どころ名古屋」の華やぎ。
山車祭りの宝庫愛知県には自由人であり風流人でもあった徳川宗春の美意識が散りばめられている。
2018年10月 名古屋市中村区