近畿地方の古墳巡り!

歴史シリーズ、第九話「近畿地方の古墳巡り」を紹介する。特に奈良盆地・河内平野の巨大古墳・天皇陵の謎などを取上げる。

縄文人の謎・ロマン 土浦市の“上高津貝塚”とは!

2007年08月15日 | 歴史
上高津貝塚は、霞ヶ浦沿岸に点在する多くの貝塚の中でも最大規模を誇り、保存状態も良いことから昭和52年に“国史跡”に指定された。

当貝塚は、土浦市の西部に広がる台地上に所在する貝塚で、現在まで何回となく発掘調査が断続的に実施され、縄文後・晩期(約3,000~4,000年前)に創られた関東地方を代表する貝塚と云える。



写真は、本貝塚遺跡現場。
4.4haに及ぶ貝塚史跡は「上高津貝塚ふるさと歴史の広場」として整備・保存されている。

史跡の復元整備に当たっては地形測量をはじめ、地中レーダー探査、縄文当時の古環境を推定するためのボーリング調査、花粉分析など最大限の調査を行ない忠実に再現したと云う。



写真は、当貝塚の貝層断面。
貝層断面は展示施設で公開されている。

楽しみながら学べる施設の一つで、公園内には復元された竪穴住居・掘立柱建物・土壙、展望デッキ、塩作りをした復元大型炉や考古資料館など、屋内外に観察できる諸施設を充実整備している。



写真は、本貝塚から出土した貝類。
ヤマトシジミを中心にハマグリ・シオフキなどが見られる。
 霞ヶ浦の最奥に位置していることから、海水性・淡水性・汽水性の貝類・魚類が併存していることが分かる。

魚骨ではクロダイ・スズキの出土例は、湾内の海水性・汽水域を合わせ持っていた証左と云える。

当貝塚遺跡から出土した魚骨・貝・獣骨製のアクセサリーの一部を、以下紹介する。







写真は上から、上高津貝塚から出土したアクセサリー3点。
石と骨製のペンダントやカンザシ、腕輪やヒスイ製大珠、そして土製耳飾り類など多種に及んでいる。





写真は上から、埋設土器及び死者被土器。
この埋設土器の一つは、そのサイズから幼児のモノと見られ、もう一つは土地に蘇えし、再生を祈願して、死者に土器を被せたと考えられる。
 当時の埋葬方法の一端を窺い知ることが出来る。

霞ヶ浦の南岸、浜辺を望む高台に居住していた上高津縄文人は好環境にも恵まれ、物心共に豊かな縄文文化を満喫していたと見られる。


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