若い纐纈あや監督の第一回監督作品「祝の島」には、大切な日常が描かれていた
12日に観た映画「二重被爆 語り部山口彊の遺言」の感想を書く前に、既に少しだけ書いたが、映画「祝の島」と纐纈あや監督について、もう少しだけ書くことをお許し願いたい。
周防灘に浮かぶ山口県上関町・祝島(いわいしま)。周囲12キロの小さな島に原発の誘致話が持ち上がったのは1982年。500人の島民は二分され、工事が始まった今も反対運動は続く。纐纈(はなぶさ)あや監督の「祝(ほうり)の島」は、そんな原発に揺れる島の暮らしを丹念に追った記録映画だ。
今年は参加できなかったが、私は「ゆふいん文化記録映画祭」にほぼ毎年参加していて、たくさんの文化記録映画(=ドキュメンタリー映画)を見てきている。私は劇映画も好きだが、記録映画も大好きだ。
そんな中で、去る8月5日に観た纐纈あや監督の第一回監督作品「祝の島」には、私たちのかけがえのない日常の大切さが描かれていてとても魅力的だった。
若い纐纈あや監督は、島の空き家を借りて住み、島の人たちの暮らしを撮り続けている。漁船に乗り込む老齢の漁師はつぶやいた、「私たちは祖先が守った海や山に育てられた。だから、次は私たちが子孫に残してやる番だ」。棚田を耕す老人は、「米さえあれば生きられる。だから子や孫のために耕作しやすい広い棚田を築くんだ」と語っている。まさに宝石のような、きらきらと光る言葉が紡がれている。
「原発がなければ静かな島であり、連綿と日常は続く」、そんな島民たちのの暮らしを、纐纈あや監督はていねいに描いている。すばらしい作品だった。
上映終了後、パンフレットにサインをしていただき、厚かましくも記念写真もお願いした。今後の纐纈あや監督の活躍を心から期待する。
新装なった「ええじゃろう」で、寿司好きの友人と語らいとランチを楽しんだ
もう書くのもいやになるが、昨日も暑い一日だった。そんな昨日は、上映が12日限りとなっていた映画「二重被爆 語り部山口彊の遺言」を観に行った(このことは、後日書かせていただく)。
その映画を観た後に、切っていた携帯の電源を入れると、友人から「ランチのお誘い」のメールが入っていた。この日のランチはどこにするか、考えていなかっただけに飛びついた。
選んだお店は「ええじゃろう」。改装する前には何度か楽しませてもらったが、新装なっては初めてだ。このお店のランチはお寿司がメインであり、寿司好きの友人のお気に入りの店でもある。
食事も美味しいが、友人との語らいは楽しい。あっという間に、時間は過ぎていった。美味しい料理を楽しみ、かつ友人との語らいの時間はとても嬉しい時間だ。
さてこの日、お店から「サービスです」と言って、ランチでもディナーでも使える「1000円券」をいただいた。期間は今月中なので、再度行かなければと思っている。
「『柿食べたい』ではなく『柿育て隊』なのだから、もっと柿育てに愛情を」
もうずいぶんと前になってしまったが、私も参加している「沢田の柿育て隊」の、第三回目(たぶん今回が最終回)の予防が、8日の月曜日に行われた。私はこの日は、手術後最初の診察を大学病院とわかくさ診療所で受けることとなっていて、今回だけは失礼させていただいた。
何しろ暑いさなかでの柿の予防は作業は厳しい。わずか1時間の作業で、汗で着ているものはグッショリと濡れてしまう。ホント、今回はみなさんにご迷惑をおかけしてしまった。
それにしても、柿を育てるのは大変だ。私は、先に摘果作業に行った後、入院・手術などもあり、まだ柿山に上れていない。お盆が過ぎたら、朝の涼しい時期に、柿山に上ろうと思っている。
私たちの柿育てをご指導いただいているKさんは、「もっと柿山に上って、柿の木の育ちを見てあげて。みなさんは『柿食べたい』ではなく、『柿育て隊』なのだから」と、過日優しく言われた。
まさに、至言である。私たちの名称は確かに「柿育て隊」であり、私ももう少しだけ柿育てに愛情を注がなければと、反省した次第だ。