例えば飛行機のキャビンアテンドたち。乗客の顔を見るなり、即座に話かける言語を切り替えて行く。これまで、いろんな航空会社の飛行機に乗ったが日本語以外で話かけられたことはない。
・・・喜ぶべきなのだろうか。たまに 成田空港の出発ロビーでボーディング待ちの韓国からの団体旅行の アジュンマ(おばちゃん)にマジで韓国語で話しかけられたりするから、特にぼくがガイジンばなれした顔の持ち主ということはなさそう。。。.
やはり驚くべきは、スッチー(死語?)達の人種を身抜く能力の高さだ。
という話を現地の旅行エージェントにしたら、大陸の中国人たちを簡単に見わけるコツを教えてくれた。
曰く、原色の服装の団体客は、間違いなく大陸の人たちなのだそうだ。
台湾人の彼女が大陸の人達を「中国人」と呼ぶのもなにか不自然な気がしないではないが、その口調に複雑な思いが込められていそうなのでよけいな質問はやめておいた。
そうとは言え、観光客が足を踏み入れることはめったにないという地元のマーケットに友達に連れてってもらった時、地元客がごったがえすまさに混沌としたアーケードで、英語で会話をしているのはぼく達だけで、この人ごみの中で日本人はぼく一人と言われると、なんだが愕然とする思いがしたりする。
・・・そう。合法的なエイリアン。
スティングはEnglish man in NewYorkと歌ったが、Japanese in Taiwanという感じ。ウーロン茶よりもコーヒーだし、屋台のメシは恐くて食えない。
何でもありの、それでも日本でなじみある食材がほとんどないというこのカオスの中で一人だけ本質的に異質な存在。こうした孤独感を感じつつ、人々は海外で生活を営んでいくのだろうか。
気に入った写真や記事がありましたら応援のクリックよろしくお願いします。
にほんブログ村